長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『システム・クラッシャー』

2024-04-14 | 映画レビュー(し)

 2021年の『消えない罪』でハリウッドデビューし、今年はシアーシャ・ローナン主演『The Outrun』がサンダンス映画祭で話題を集めたノラ・フィングシャイトの長編初監督作は、天才子役ヘレナ・ツェンゲルのパフォーマンスによって爆発的なエネルギーを得た1本だ。9歳の少女ベニーは幼児期の虐待のトラウマから怒りと暴力衝動を抑えることができず、実の親からも見捨てられ、児童養護施設をたらい回しにされていた。彼女に残された道は隔離病棟での薬物治療か、アフリカでのリハビリという名の厄介払いか。いずれにせよ、未だ幼い少女に課されるにはあまりにも酷な処置である。タイトルの“システム・クラッシャー”とは、「あまりに乱暴で行く先々で問題を起こし、施設を転々とする制御不能で攻撃的な子供を指す隠語」とあるが、言葉の定義は問題を表面化するとはいえ、その個別性を見失わせる。

 ヘレナ・ツェンゲルは9歳にしてこの難役を完全に理解し、ベニーのふとした表情には彼女が抱える孤独と希求が垣間見える(本作の後、『この茫漠たる荒野で』でハリウッドへ進出)。ベニーを囲む福祉には少ないながら手を差し伸べる大人たちもおり、中でも『西部戦線異状なし』のアルブレヒト・シュッフは非暴力トレーナー、ミヒャを巧みな人物造形で演じている。ミヒャもまたかつての非行少年であり、プロとしての確固たる使命感、職業倫理でベニーに相対するが、やがて内にある人間的な優しさが彼の規範を揺るがしていくのだ。シュッフは本作でドイツ映画祭助演男優賞に輝いている。

 安易な社会批評に留まることなく、子供を主人公としながらまるで『カッコーの巣の上で』のジャック・ニコルソンを思わせる反骨が宿った、刮目すべきデビュー作である。


『システム・クラッシャー』19・独
監督 ノラ・フィングシャイト
出演 ヘレナ・ツェンゲル、アルブレヒト・シュッフ、リザ・ハーグマイスター
2024年4月27日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
公式サイト

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