長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アテナ』

2022-10-05 | 映画レビュー(あ)

 『レ・ミゼラブル』で注目されたフランスの新鋭ラ・ジリが脚本、プロデュースを務める本作は同じく郊外の団地を舞台に移民にルーツを持つ住人と警察の軋轢をパワフルに描いたさながら姉妹編と言える1本だ。注目すべきは監督ロマン・ガヴラスによる並外れた群衆演出と、撮影マチアス・ブカールによる驚異的なカメラワークである。わずか99分の本作は冒頭、実に11分間に渡るロングテイクを敢行。警察署前で行われた謝罪会見に暴徒が乱入し、署内から銃器の収められた金庫を強奪、バンに積み込むと一路アテナ団地を目指し、カメラはいつの間にかバンと並走して…デジタル処理での疑似ワンショットと思われがちな昨今だが、さっそく公開されたメイキングによると何と巨大なIMAXカメラを手渡ししている様が映されており、現代の映画において制作風景も映画の一部であることを思い知らされる。カメラは曲芸に終始することなく、特にタイトルシーンのマスターショットぶりに本作の緻密なオペレーションを窺い知ることができる。画面には常に団地を埋め尽くさんばかりの群衆が収められ、ガヴラスのモブ演出、ミザンスの様式美はリドリー・スコットに匹敵すると言っても過言ではなく、HBOの『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』製作チームはすぐにでも連絡を取るべきだろう。

 女神の名が冠された団地で描かれるのはまさにギリシャ悲劇のようなフランス社会の縮図だ。幼い4男が警官に殺されたことをきっかけに憤怒に燃える3男は群衆を組織。一方、次男は軍属としてフランスに帰化しており、兄弟の怒りを理解しつつも事態の収拾に当たろうとし、3男と激しく対立する。そしてドラッグビジネスに手を染める長男は弟の死もデモも意に介さず、金儲けの事しか考えていない。この世代や経済格差による分断は多少の形は違えど他の国にも当てはまる事ではないか。

 本作はデモを起こす市民や移民にルーツを持つ者達を野蛮な暴徒と見なしており差別的だと一部で批判されているが、見誤ってはいけない。最後に明かされる事の真相を注視してほしい。弟を殺したのはネオナチのようなタトゥーを彫り込んだ集団であり、ここに最も差し迫った世界的イシューとして、先鋭化する極右組織と内戦への危惧が浮かび上がる。『アテナ』は紛れもない現在(いま)の映画なのだ。


『アテナ』22・仏
監督 ロマン・ガヴラス
出演 ダリ・ベンサラ、サミ・スリマン、アンソニー・バジョン、ウアッシーニ・エンバレク、アレクシス・マネンティ

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