長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』『ねずみ捕りの男』『白鳥』『毒』

2023-10-07 | 映画レビュー(へ)

 新作『アステロイド・シティ』が公開されたばかりのウェス・アンダーソンが、今度はNetflixからロアルド・ダール原作の短編4本を連続リリースだ。アンダーソンは2009年にダール原作『父さんギツネバンザイ』をストップモーションアニメ『ファンタスティックMr.FOX』として映画化。アンダーソン映画のトレードマークである、AIまでもが模倣する絵本のような構図と、人を喰ったオフビートなユーモアは多分にダールからの影響も大きく、2021年にNetflixがダールの全作品の映像化権を入手したことに始まる今回の企画は、ウェスにとっても念願だった事だろう。ところがこの奇才、自身の偏愛に創作を任せることなく、ダールと彼亡き現在(いま)を冷静に批評したアンソロジーへと仕上げている。

 第1日目に配信された『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』のみが39分の中編。ウェス・アンダーソンのターニングポイントとなった重要作『グランド・ブタペスト・ホテル』の主演レイフ・ファインズが、ロアルド・ダール役として満を持しての再合流だ。ファインズ演じるダールが語るのはヘンリー・シュガー(ベネディクト・カンバーバッチ)の奇妙な物語で、そのヘンリー・シュガーは書庫から見つけた“目隠ししたまま物を見ることができる男”の話を語り、透視術を持ったインドの隠者ベン・キングズレーは技を習得した経緯をデヴ・パテル演じる医師に語り…と、前作『アステロイド・シティ』以上に何層もの入れ子構造が作られている。演劇に接近していたアンダーソンはさらにその距離を縮め、映画と同等、時にそれ以上に舞台に立つ英国俳優たちを招聘して、これでもかと“ウェス・アンダーソン節”を回させている。中でもモノローグ演劇に映えるカンバーバッチの話術は至芸。背景美術は舞台係が見切れる書き割りになっている凝りようで、アンダーソンが『アステロイド・シティ』からの作風を突き詰めていることがよくわかる。

 2日目以降に配信された『ねずみ捕りの男』『白鳥』『毒』は共に17分。レイフ・ファインズがワームテールならぬ鼠そっくりなねずみ捕り業者に扮した『ねずみ捕りの男』のダークなアイロニーや、ダールが実話にヒントを得てから執筆まで30年を要したという『白鳥』の悲痛さなどは、ダール作品をファミリー映画の“IP”(今年、ティモシー・シャラメ主演で『チャーリーとチョコレート工場』の前日譚『ウォンカ』が公開される)としか理解していない観客を戸惑わせるだろう。なぜアンダーソンは数あるダール作品からこの4作を選んだのか?

 去る2020年、生前ダールが繰り返していた反ユダヤ発言を遺族が公式に謝罪。2021年にはダール作品における差別的な表現を改訂しようという運動が起こる。過去の芸術作品を現代の規範に照らし合わせて検閲する行為の愚かさは言うまでもなく、また作家の人間性から作品自体が過度に貶められるのも行き過ぎたキャンセルカルチャーである。『毒』の不条理な17分の後、毒蛇とは全く異なる次元で人を傷つける“毒”の存在を見れば、ダールを差別主義者の一言で断罪することの無意味さは明らかだ。アンダーソンによる4作はキャンセルカルチャーへの反証、そして2023年におけるロアルド・ダールのリプレゼンテーションである。ウェス・アンダーソン、これは紛れもない巨匠の仕事ではないか。

『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』『ねずみ捕りの男』『白鳥』『毒』23・米
監督 ウェス・アンダーソン
出演 ベネディクト・カンバーバッチ、レイフ・ファインズ、ベン・キングズレー、デヴ・パテル、ルパート・フレンド
※Netflixで独占配信中※

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