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2019年のカンヌ映画祭は格差社会をテーマにした作品が同時多発的に登場し、主要賞を席巻する事となった。いずれも共通するのがこれまで語られてこなかったマイノリティの声を持ち、そして映画として圧倒的に面白い事だ。最高賞パルムドールを獲得したのは近年、急成長を遂げた韓国映画界の『パラサイト』(最終的にこの年のアカデミー作品賞まで取る)。次点となるグランプリにはセネガルの幽霊譚と格差問題をマッシュアップしたマティ・ディオプ監督の『アトランティックス』。そして審査員大賞がフランスの移民問題と黒人差別を取り上げたラジ・リ監督による本作『レ・ミゼラブル』だ。
ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の舞台ともなったパリ郊外モンフェルメイユは多くの移民が住む犯罪多発地域だ。ある日、白人警官による黒人少年への暴行事件が発生し、それは街全体を揺るがす事態へと発展していく。
注目したいのはその圧倒的な“映画力”だ。ストリートに降りたカメラがあらゆる人種の入り乱れるモンフェルメイユの息吹を捉え、舞台となる低所得者向け団地を駆け抜ける迫力は同年、やはり犯罪多発地域ルーベを舞台にカンヌを競ったアルノー・デプレシャン監督作『ルーベ、嘆きの光』を“白人の映画”として一蹴する。自身も同地区で育ち、これまでも実情をドキュメントしてきたラジ・リ監督はここに新任警官の目線を入れることで『トレーニング・デイ』や『エンド・オブ・ウォッチ』といったデヴィッド・エアー映画や、さらにはスコセッシを彷彿とさせるギャング映画の文脈まで取り入れ娯楽性まで獲得しているのだ。ギャング共がサーカスから誘拐された子ライオンの行方を追う前半はユーモラスですらある。そして何よりアクション映画としてアドレナリンに満ちている。終盤、団地の狭い通路と階段を縦横無尽に使った活劇性に手に汗握った。
筋立てからもわかる通り、本作の強い原動力となっているのが“Black Lives Matter”だ。白人警官は日常的に暴力を振るい、特権的に振舞う(白人キャストがアレクシス・マネンティ唯一人というのも効果を上げている)。同地区出身の警官グワダは同郷人への暴力に良心を苛まれる。ギャング共はさも自治を行っているかのような顔だが、実質は警察との利益関係だ。それらの犠牲になるのはいつだって子供たちであり、彼らもやがて大人になれば子供を搾取するという負のスパイラルに絡め捕られている。かつてマチュー・カソヴィッツ監督はパリ郊外で人種差別に直面する若者達の怒りを『憎しみ』で描き、“落ちていると気付いた時にはもう社会の墜落を止められない”と糾弾したが、あれから24年を経て社会は今もなお底なしへ落ち続けているのだ。
それでも希望はある。事件を目撃するドローン少年バズはおそらくこの地で育ったラジ・リ監督自身の投影だろう。Netflixで2020年に配信されたリモートアンソロジー『HOMEMADE』でラジ・リは再び彼を登場させた。ロックダウン中の団地をドローンで撮影する彼の部屋にはアニメやゲームのポスターが所狭しと貼られている。スラムで育ったカメラ少年が『レ・ミゼラブル』を撮ったように、このオタク少年もいつかポップカルチャーを通じて未来を切り拓くかも知れないのだ。パワフルなメッセージを持った社会派映画ながら、多分に持ち得た“ポップ”さも魅力の傑作である。
『レ・ミゼラブル』19・仏
監督 ラジ・リ
出演 ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ、イッサ・ペリカ、アル・ハサン・リ、スティーブ・ティアンチュー
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