長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アメリカン・フィクション』

2024-03-02 | 映画レビュー(あ)

 セロニアス・“モンク”・エリクソンは大学で文学を教えている小説家。過去に3冊の本を上梓。そこそこの評価を受けたが、これで食っていけるような大成はしなかった。映画冒頭、フラナリー・オコナーの『人造黒人』について講義していると、白人の生徒が「その表現は間違っています」と手を上げる。やれやれ、またか。『TAR』のケイト・ブランシェットは「女性蔑視者のバッハなんて演奏したくない」と言う生徒を完膚なきまでに叩き潰したが、どうやらモンクも歴史的経緯から作家性に至るまで懇々と説き、教室から叩き出したのだろう。ところが長らく新作を書いていなければ何の権威もない彼では、単なるパワハラに過ぎない。あえなく休職を言い渡されたモンクは郷里に帰るのだが…。

 TVシリーズ『ウォッチメン』『マスター・オブ・ゼロ』などの脚本を手掛け、本作で劇場長編映画初監督となるコード・ジェファーソンの演出は、パーシヴァル・エヴェレットの原作を転がしきれていないところはあるものの(この座組ならアンサンブルはもっと弾んだハズ)、ダークな笑いに主人公のミドルエイジクライシスが掛け合わされた物語は思いのほか人好きがする。オスカー登竜門とも言うべきトロント映画祭では観客賞を受賞。アカデミー賞でも作品賞をはじめ、5部門でノミネートされている。

 モンクが帰省すると仲の良かった妹が急死。アルツハイマーを患った母を老人ホームに入れる費用もままならない。世のベストセラーリストに目をやれば、黒人社会の実情を生々しく綴ったというトンデもない駄作が話題を集めている。劇中で読み上げられることはないが、おそらくモンクの小説は所謂“純文学”で、白人社会の求める“黒人らしい”属性が皆無の普遍性を持っているのだろう。バカな大衆にオレの高尚さはわからないんだ、と酒を片手に貧困と暴力にまみれた悲劇の“黒人小説”を書けば、これが大ヒットしてしまい…。

 デビューから30余年、ついにアカデミー主演男優賞候補に挙がったジェフリー・ライトがケッサクだ。近年『ウエストワールド』シリーズで見せた神妙さもさすがだったが、この人は俗っぽくなればなるほどいいアクが出る。モンクは脱獄囚というニセの作家像を創り上げてしまい、ますますドツボにハマっていく。この滑稽さの根底にあるのが「どうせ世間がオレを正当に評価できるわけがない」という埃を被ったモンクのエゴだ。白人の免罪符としか機能しない“多様性”に応えることで商業的な成功を得るというアイロニーはあまりにも辛く、40歳も過ぎた三文文士の筆者にはなんとも痛ましい中年の悲哀ドラマなのであった。


『アメリカン・フィクション』23・米
監督 コード・ジェファーソン
出演 ジェフリー・ライト、トレイシー・エリス・ロス、スターリング・K・ブラウン、エリカ・アレクサンダー、レスリー・アガムズ、アダム・ブロディ、キース・デヴィッド、イッサ・レイ

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