長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『終わらない週末』

2024-01-13 | 映画レビュー(お)

 NYに暮らす白人の一家が、週末を過ごそうとハンプトンの海岸へやって来る。真っ白な砂浜に、透き通った青空。絶好のバケーション日和だが、心なしか観光客が少ない。水平線に目をやると大きなタンカーが見える。やがてそれは…TVシリーズ『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』『ホームカミング』で知られるサム・エスメイル監督の新作は141分の間、いったい何が起きているのかさっぱりわからない。携帯の電波が途切れ、インターネットは繋がらない。テレビもラジオも何かがあったことを示唆しているが、もはやその機能を果たしていない。そんな夜、戸口に裕福な身なりの黒人父娘が現れれば、ジュリア・ロバーツとイーサン・ホーク扮する夫婦はいよいよ心穏ではいられなくなる。彼らの話によれば、どうやら大規模なブラックアウトによって都市部は機能マヒに陥っているらしい。何かがおかしい。

 シャマランなら寓意に走り、ジョーダン・ピールなら意地悪く人種差別を風刺するところだが、エスメイルの偏執病的スリラー(マック・クエイルのスコアが素晴らしい)が不気味に形を成すのは、2024年のアメリカ大統領選挙を前にしたリベラルに内在する不安だ。生活インフラから締め出され、テスラは自動運転機能を失い、ストリーミングで映画を観ることもできなくなる。他国がアメリカを狙ったテロだとまことしやかに囁かれるが、北朝鮮にイラン、ロシアetc.とこれだけ世界中で恨みを買えば、今や誰が牙を向けているのか皆目、見当がつかない。そうして混乱に陥った国内で次に起こるのは…。

 Z世代の娘は90年代をして「呑気な時代ね」と揶揄する。そんな大人たちへの風刺はジュリア・ロバーツ、イーサン・ホーク、ケビン・ベーコンという80年代後半〜90年代前半にキャリアを築いた俳優たちのキャスティングからも明らかで、マハーシャラ・アリの役柄は当初デンゼル・ワシントンが配役されていた。『ホームカミング』に続くエスメイルとのタッグとなったロバーツは豪華キャストの中でもテーマを担う巧演であり、“サスペンスが似合わない”と酷評され続けたのも今や昔。ロバーツ演じるアマンダの「人が嫌い」というセリフこそ、この得体の知れない恐怖の根源だろう。本作のプロデューサーを務めるのはバラク&ミシェルのオバマ夫妻。彼らの主宰する製作会社Higher Groundは今年、Netflixで『ラスティン』も発表。こちらは公民権運動とアメリカの民主主義について紐解く夫妻ならではの政治映画だったが、『終わらない週末』には毎年、年間ベスト小説をアナウンスするオバマならではの文学的趣味が先立って見えるのも面白い。元大統領が政治家を辞めて映画プロデューサーに転身し、アメリカ内戦の不安を風刺する文化レベルに驚かずにはいられない。

 2024年にはA24が5000万ドルものバジェットをかけたアレックス・ガーランド監督の新作、その名もずばり『Civil War』が待機。2023年末に現れた『終わらない週末』はまさに“2024年前夜”の映画となった。果たしてこの不安に終わりはあるのか?劇中、末娘はストリーミングで観続けていた『フレンズ』の最終回が観たくて仕方がないと言う。始まった物語は完結しなければならない。ポップカルチャーは不安な時代に人を繋ぐ、生きる縁(よすが)だ。


『終わらない週末』23・米
監督 サム・エスメイル
出演 ジュリア・ロバーツ、イーサン・ホーク、マハーシャラ・アリ、ケビン・ベーコン、ファラ・マッケンジー、チャーリー・エバンス

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