長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

2022-02-12 | 映画レビュー(ふ)

 『グランド・ブタペスト・ホテル』でアカデミー監督賞他計10部門のノミネートを獲得し、名実共に現代アメリカ映画界を代表する監督の1人となったウェス・アンダーソン。その後、気負うことなく偏愛のストップモーションアニメ『犬ヶ島』で“ハズし”、待望の実写長編新作が本作『フレンチ・ディスパッチ』だ。20世紀フランスを舞台に架空の出版社フレンチ・ディスパッチを描く本作は、旧き良き雑誌カルチャーに愛が捧げられ、わずか108分という尺の中でその“誌面”が再現される唯一無二のウェス・アンダーソン映画になっている。“誌面”はモノクロとカラーを自由闊達に往復し、アンダーソン印の美術はもとより、仏はアングレームの街で敢行されたロケ撮影がセット以上の密度を獲得している事に驚かされた。そしてアンダーソンが敬愛する著述家達へのリスペクトは3つのエピソードを形取り、いったいどこへ向かうのか全く予想のできないスリルを生み出している。こんなエキサイティングなアンダーソン映画がかつてあっただろうか!

 中でも第1話『確固たる名作』には目を見張った。アンダーソン映画初登場のベニチオ・デル・トロ扮する囚人にして天才画家が、レア・セドゥ演じる看守にしてミューズを描き続け、それは刑務所の壁を超えて画壇を揺るがしていく。一糸まとわぬセドゥと彼女の下腹部に筆を這わすデル・トロの色気は映画を乗っ取らんばかりで、アンダーソンはこれまでになかったエロティシズムを獲得している。セドゥはジェームズ・ボンドを骨抜きにした『007/ ノー・タイム・トゥ・ダイ』といい、キャリアの高みに到達しつつあるのではないか。

 常連俳優を総集合させながら、新規参入組に主役を任せている事からもアンダーソンの成熟と余裕が見て取れる。第2話『宣言書の改訂』では満を持してティモシー・シャラメを迎え、ゴダールはじめフレンチカルチャーへのあふれんばかりのオマージュが炸裂だ。新鋭リサ・クードリのキュートさに若手女優を撮れるようになったのかと感慨深く(出番は短いものの、シアーシャ・ローナンの青い瞳を完璧なタイミングで見せている)、しかしながら彼の女優に対する審美眼とは初期作『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のアンジェリカ・ヒューストンから一転して演技派熟練女優であり、常連ティルダ・スウィントンに初合流のエリザベス・モス、そしてシャラメの相手役がフランシス・マクドーマンドであることは重要だろう。

 アンダーソンの過剰なまでのフレンチコンプレックスの正体は第3話『警察署長の食事室』で明らかとなる。思いがけない人物の口から出る“異邦人”という言葉。ヨーロッパを追われた流浪の作家シュテファン・ツヴァイクへのオマージュであった前作『グランド・ブタペスト・ホテル』同様、『フレンチ・ディスパッチ』もまた決して見ることのない、旧き良きヨーロッパに対する“異邦人”としての憧憬なのだ。その想いが立ち上がる瞬間、僕たちはどうにも無性に切なくてたまらなくなるのである。


『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』21・米
監督 ウェス・アンダーソン
出演 ベニチオ・デル・トロ、レア・セドゥ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、フランシス・マクドーマンド、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、クリストフ・ヴァルツ、ジェフリー・ライト、マチュー・アマルリック、リーヴ・シュライバー、ウィレム・デフォー、エドワード・ノートン、シアーシャ・ローナン、ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、エリザベス・モス、スティーヴン・パーク 

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