長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『セバーグ』

2022-03-16 | 映画レビュー(せ)

 1959年のジャン・リュック・ゴダール監督作『勝手にしやがれ』でヌーヴェルヴァーグの寵児となった女優ジーン・セバーグの名を冠する本作は、彼女が1968年にブラックパンサー党と接近し、FBIから執拗なマークを受けた事件が描かれている。セバーグは飛行機内で出会ったブラックパンサー党幹部ハキーム・ジャマルに心酔し、彼の愛人兼党のスポンサーとなる。彼女が人種差別に憤っていることはセリフで描かれるが、アイオワに生まれ、フランスでスターとなった彼女がなぜこれほどまでにブラックパンサー党の活動に傾倒するのか、その真意とルーツに映画は踏み込んでいない。本作だけを観ても背景事情はさっぱりわからないため、サブテキストには同年の出来事を描いた『シカゴ7裁判』『ユダ&ブラックメシア』、そして『サマー・オブ・ソウル』の名前を挙げておきたい

 結果、映画は壊れゆくセバーグのパラノイアスリラーとなった。追い詰められるヒロイン像にクリステン・スチュワートは良く映えるのである。ポストモダン心霊ホラー『パーソナル・ショッパー』という代表作を持つ彼女には、ぜひともこのジャンルに定期的に挑み続けてほしい。臆することなくアイコニックな人物を演じた本作はオスカーノミネート作『スペンサー』の助走とも言えるのではないだろうか。
 その他、アンソニー・マッキー、ヴィンス・ヴォーン、ジャック・オコンネルら豪華キャストが揃う中、小さな役を演じるマーガレット・クアリーに目を見張った。後の代表作『メイドの手帖』でも発揮されていたリアクションの天才をここでも見せており、わずかな出演時間の全てをモノにしている。

 『セバーグ』は伝記映画と呼ぶには描き込みが足りず、近年の黒人映画にも接続し切れていない。劇中では言及されない彼女の悲痛な遺言を添えておこう。「許して下さい。もう私の神経は耐えられません」。1979年、40歳のことであった。


『セバーグ』19・米、英
監督 ベネディクト・アンドリュース
出演 クリステン・スチュワート、ジャック・オコンネル、アンソニー・マッキー、マーガレット・クアリー、コルム・ミーニィ、ザジ・ビーツ、ヴィンス・ヴォーン、イヴァン・アタル、スティーヴン・ルート

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