長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ベルリン・アレクサンダープラッツ』

2021-06-08 | 映画レビュー(へ)

 アメリカ映画が人種問題に揺れる今日、ヨーロッパ映画の主題も同じく”移民問題”だ。カンヌを席巻したラ・ジリ監督『レ・ミゼラブル』や、ギャレス・エヴァンス監督によるTVシリーズ『ギャング・オブ・ロンドン』が多民族国家の分断と衝突を描き、そこには既得権益を奪われる事を恐れた白人社会の焦燥も込められていた。1929年にドイツの作家アルフレート・デブリーンによって発表され、1980年にはライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が手掛けた15時間に及ぶTVシリーズも存在する『ベルリン・アレクサンダープラッツ』もまた、主人公をアフリカ移民へと脚色し、2020年に再登場した。

 3時間3分もの長尺にたじろぐ必要はない。監督・脚本のブルハン・クルバニはPeakTVよろしく映画を6章のチャプターに分けており、まるでTVドラマをビンジウォッチするような感覚に近い。しかし、映画は巻頭早々レオス・カラックス監督『ポーラX』の血の川を思わせるショットなど強烈な画が相次ぎ、日本では配信スルーに終わったことが悔やまれる。長尺映画は映画館の暗闇に耽溺(そして時に酩酊)してこそである。

 原作では労働者階級であった主人公が本作ではアフリカ移民へと置き換えられているが、意味するところは変わらないだろう。不法移民となった主人公フランシスはベルリンの街で蔑まれ、搾取され、同郷の仲間とも分断されていく。そんな彼に「ウマい仕事がある」と甘い言葉を囁くのが売人ラインホルトだ。アルブレヒト・シュッヘが怪演するこの男は神出鬼没、人を意のままに操り、ほとんど『ダークナイト』のジョーカーである。人の欲望につけ入り、悪へと転落させる事に快感を見出すこの人物によってフランシスは数々の受難に見舞われていく。

 しかしそんなラインホルトにも恐れが垣間見える。汚れた金で身を成し、ついには「オレがドイツだ」とまで豪語するフランシスに何度も慄いているのだ。彼は人間を誘惑し、悪へと転落させる悪魔でありながら、いつか特権階級から追いやられる事を恐れる白人でもあるのだ。この”人の弱さに差別という悪魔が付け込む”というナラティブはリトル・マーヴィンのTVシリーズ『ゼム』でも行われており、時代に対する1つのアプローチと言えるだろう。2020年に生まれ変わった『ベルリン・アレクサンダープラッツ』は社会を分断する猜疑心に打ち勝ち、フランシスが心の平穏を取り戻すまでの物語である。


『ベルリン・アレクサンダープラッツ』20・独、蘭
監督 ブルハン・クルバニ
出演 ウェルケット・ブンゲ、イェラ・ハーゼ、アルブレヒト・シュッへ、アナベル・マンデン、ヨアヒム・クロル
MIRAIL(ミレール)、Amazon Prime Video、U-NEXTにてオンライン上映
https://www.star-ch.jp/starchannel-movies/detail_048.php
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『ペイン・アンド・グローリー』

2020-06-24 | 映画レビュー(へ)

 2019年のアカデミー賞で印象に残ったのが韓国映画『パラサイト』の席巻であり、ポン・ジュノの監督賞受賞におけるスピーチ“最もパーソナルな事が最もクリエイティブである”という巨匠マーティン・スコセッシからの引用であった。その『パラサイト』と国際長編映画賞部門を競い合ったのが本作『ペイン・アンド・グローリー』である。監督はスペインの名匠ペドロ・アルモドバル。齢70歳を迎えた彼の新作もまた自身の半生を反映させた自伝的映画だ。

 実際に体験し、その記憶を醸成させた者だけが描くことの出来るふくよかな映画である。冒頭、河原で洗濯をする女たちの輝きを見てほしい。きらめく陽光、翻る白いシーツ。人生を謳歌する彼女らの歌声はまるでミュージカルのような劇的瞬間だ。逞しく美しい母親を演じるのは今やアルモドバル映画における“母性”の象徴ペネロペ・クルスである。

 30年ぶりに再会した恋人が主人公サルバドールの顔を撫でる、あの愛おしげな仕草を見てほしい。サルバドール役はアルモドバルの盟友アントニオ・バンデラス。おそらくアルモドバルを模したであろうニュアンスに富んだ仕草は長年、付き添ってきた主演俳優だからこそできる名演である。ハリウッドでアクションスターとして大成し、母国で円熟に達した彼がアカデミー主演男優賞にノミネートされたのも、この年のオスカーを象徴する多様性であった。

 そしてアルモドバル少年が欲望の萌芽を抱く瞬間を見てほしい。アルモドバルの映画は欲望やエロスを決してタブー視してこなかった。ありのままに描くことでその粘膜に愛と美を見出してきたのだ。『ペイン・アンド・グローリー』はアルフォンソ・キュアロンの『ROMA』同様、個人史だけが持つ特異な強度と美を持ち、それが観る者の記憶に絡みつき、心乱すのである。映画は人生を映すのだ。


『ペイン・アンド・グローリー』19・スペイン
監督 ペドロ・アルモドバル
出演 アントニオ・バンデラス、アシエル・エチェアンディア、レオナルド・スパラーリョ、ノラ・ナバス、フリエタ・セラーノ、ペネロペ・クルス
 
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『ペーパーボーイ 真夏の引力』

2020-04-04 | 映画レビュー(へ)

 80年代ハーレムで肥満なばかりに地獄の青春時代を送るヒロインを描いた『プレシャス』。この映画で脚光を浴びたリー・ダニエルズは地場の空気を捉える事に長けた監督だ。ピート・デクスターによる同名小説を基にした本作で1969年真夏のフロリダのうだるような暑さと熱気、そして“臭気”を画面に持ち込む事に成功しており、それが映画の魅力へとつながっている。ザック・エフロン演じる主人公にとって生涯忘れられない夏となったように、強烈な思い出とは常に強烈な匂いを伴うものなのだ。

 未だ差別意識の根強いフロリダでジャックは新聞記者である兄ウォードの手掛ける冤罪事件の取材を手伝う事になる。憧れの兄は眩いばかりの社会正義で事件に挑むが、やがて闇は真夏の湿気のごとく彼らにまとわりつき、均衡を崩していく。

 『ペーパーボーイ』の欠点は具材と温度の割には一向に煮込みが足りない事だ。マシュー・マコノヒーは情念深くウォードを演じているが、主役は弟のジャックであり、彼のカミングエイジストーリーが主題だ。マコノヒーの演技は無視できないほど粘っこく、狂気を帯びており、実はホモでマゾというジェイムズ・エルロイも真っ青の強烈なキャラクター設定で映画のバランスを破壊している。これでは彼にさらなる転落のドラマを期待してしまうではないか。この情念でドロドロに融けたマコノヒーを僕たちは2014年のTVドラマ『TRUE DETECTIVE/二人の刑事』まで待つ事となる。

 残念なことにキーとなる殺人犯役ジョン・キューザックがかつての輝きを失っている事も大きな誤算だったかもしれない。どう考えても冤罪を晴らしてあげたいとは思えない異様なオーバーアクトはその生え際も手伝ってほとんどニコラス・ケイジのようであり、マコノヒーの狂気の前ではマンガ的だ。近年、作品に恵まれていない印象だったが、ついにここまでB級落ちしてしまったか。
 大人の俳優へのステップを上がるエフロン、『誘う女』を彷彿とさせるビッチ役でノリノリなニコール・キッドマンら強力キャストが揃ったが、マコノヒー1人のお陰で何とも食べ合わせが悪くなってしまった。


『ペーパーボーイ 真夏の引力』12・米
監督 リー・ダニエルズ
出演 ザック・エフロン、マシュー・マコノヒー、ニコール・キッドマン、ジョン・キューザック、スコット・グレン
 
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『ベン・イズ・バック』

2019-06-02 | 映画レビュー(へ)

 

珠玉の名作『ギルバート・グレイプ』脚本や『エイプリルの七面鳥』監督で知られるピーター・ヘッジズの最新作。突然の息子の帰還によるクリスマスの騒動が描かれる。前述2作のイメージが強いせいかハートウォーミングな映画を想像していたが、テーマに見合った過酷な映画であった

長男ベンが帰ってきた。薬物中毒の更生施設に入って3か月弱、予定にない帰宅だった。家族は戸惑いと嫌悪を隠せない。ヘッジズは名脚本家らしく多くの説明を排し、ディテールの積み重ねで背景を描き出していく。医療用の準麻薬から薬物中毒に陥ったこと、ドラッグディーラーになったこと、そして恋人をオーバードーズで殺したこと…ベンの帰還は家族に負の歴史を思い出させる。彼を支えるのは母ただ一人だ。

母親役はジュリア・ロバーツ。息子から薬物を断つためならあらゆる手段を取る優しさと厳しさをパワフルに演じる。年齢のもたらす深みと作品選択眼が近年『ワンダー』『ホームカミング』という秀作に結実し、若い頃にはなかった充実期にあると言っていいだろう。ベンを演じるルーカス・ヘッジズも好演。なんとピーター・ヘッジズ監督の実息というではないか。

映画は薬物問題が家庭内に留まらず、コミュニティの問題である事に目を向けている。舞台となる田舎町の大きさに対して薬物依存症の数は多く(この実態についてはドキュメンタリー『ヘロイン×ヒロイン』がサブテキストになるだろう)、一度町外れに足を運べばスラムがあり、ホームレスがいて、ジャンキーの溜まり場がある。この映画もまた辺境からアメリカを描いた映画であり、ヘッジズの筆致がこれまでになく厳しいのも困難な時代を見据えた覚悟ゆえなのだ。そして母子の本当の闘いは映画が終わってから始まるのである。

 

『ベン・イズ・バック』18・米

監督 ピーター・ヘッジズ

出演 ジュリア・ロバーツ、ルーカス・ヘッジズ、キャスリン・ニュートン、コートニー・B・ヴァンス

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『ヘレディタリー 継承』

2018-12-14 | 映画レビュー(へ)



古今東西、ホラー映画は異性、セックス、出産、子育て、ネグレクト等々あらゆる恐怖のメタファーとなってきた。本作のそれはズバリ“家族であること”だ。逃れようのない血縁という呪いに悩まされた事がある人はこの映画がもたらすストレスは耐え難いかも知れない。そんな不和がなかったとしても新鋭アリ・アスター監督の洗練された演出によって神経衰弱ぎりぎりの恐怖を味わわされる事は必至だ。不穏なコリン・ステットソンの前衛的スコアを背に、ミヒャエル・ハネケの冷徹さとロマン・ポランスキーの厭世、強迫観念を併せ持ったかのようなアスターの演出力は並外れている。

祖母の葬儀から映画は始まる。生前、多くを語る事がなかった彼女だが、娘のアニー(トニ・コレット)はそんな母の“人を操る”気質に気付いており、夫や子供たちに干渉しないよう細心の注意を払っていた。だが、唯一のおばあちゃん子だった末娘チャーリーの様子がおかしい。やがて一家を怖ろしい事件が襲う…。

おっと、ここまで。
 『ヘレディタリー』はぜひ一切の事前情報を断って見てもらいたい。前半約20分地点で起きるショックをきっかけに映画は全く先の読めない奈落へと転がり出す。アスター監督はこけおどしの恐怖演出を徹底排除し、俳優のリアクションを重視した演出で観客の想像力を煽って恐怖感を高めている。それに応えて俳優陣は皆、素晴らしい演技だ。コレットの神経症演技はいわゆるジャンル映画の域を超えた名演。長男役アレックス・ウォルフは同世代俳優とは一線を画すブレイクスルーであり、妹ミリー・シャピロは映画史に残るホラーアイコンとなった。アン・ダウドが手練れた怪演を見せるおせっかいな隣人ジョーンが出てくれば、僕らの脳裏にはポランスキーの初期傑作『ローズマリーの赤ちゃん』がよぎり…これくらいにしておこう。昨年、同じくA24からデビューした『ウィッチ』ロバート・エガース監督同様、アスターも抜群に耳が良く、右後方から聞こえてくる“ある音”には身の毛がよだった。この抜群の音響設定はぜひとも劇場で確かめてもらいたい。

 興味深い事に本作はアスター監督の身に起きたある実体験が基になっているという。劇中、アニーが行うミニチュア作りの“箱庭療法”は本作撮影と同義だったのかも知れない。そんな視点から見るとしがらみから解放されたかのようなラストシーンにはハッピーエンドとも思える祝祭感があった。



『ヘレディタリー 継承』18・米
監督 アリ・アスター
出演 トニ・コレット、ガブリエル・バーン、アレックス・ウォルフ、ミリー・シャピロ、アン・ダウド

 
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