千艸の小部屋

四季折々の自然、生活の思いを、時には詩や創作を織り交ぜながら綴りたい。

七月のこぬか雨

2014年07月13日 | 日記



 こぬか雨が降り出した。
 濡れて困る雨ではない。
 しっとりと細やかに降る雨。
 手に持った雨傘を、広げたまま地面に置いても苦にはならない。
 訪う人もまばらな菖蒲園。
 盛りの季節は過ぎつつある。






 唐衣きつつなれにし妻しあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
                   (在原業平 古今和歌集)

 「カキツバタ」を図鑑で探せば、美男で有名な在原業平の歌が登場してくる。 かきつばたの5文字をちりばめた歌とある。
 花はふつう紫色で大きく、花茎は約12㎝になり、花弁の基部から中央にかけて白い線がある。

 アイリスの仲間(アヤメ科アイリス属)で、日本には、アヤメ、イチハツ、エヒメアヤメ、カキツバタ、シャガ、ハナショウブ、ヒオウギアヤメ、ヒメシャガ、ジャーマンアイリス、キショウブなど渡来の花もあるようだ。

 菖蒲といえば、雨期、浴衣姿を連想する。



 赤い番傘をさした素足の娘がやってくる。ヒメシャガを染めた藍色の浴衣。長い髪をくるりとまとめたうなじと足は抜けるように白い。番傘を畳み、手に持った紺地の巾着袋から白いタオルを取り出す。胸元にはさんでおいた無地のハンカチをそっと丸い腰掛けの上に置いた。下駄を脱ぎ、腰掛けを跨いだ素足に恥じらいとほのかな艶めかしさがあった。湯に足を入れると、熱くはないぬくもりが娘の身体中を支配する。心は満たされているわけではない。
 予感だけで、予感に糸惹かれるようにここに来た。





 池の小径を歩いてきた。

 あの人に会えるような気がして・・・

 7月7日だった。
 あの人に出会ったのは。




 来年の今頃、また来ます。
 娘は民宿の手伝いをしていた。
 曇りのない爽やかな男の笑顔。



 池の周囲を案内した。
 ジュンサイとハスの季節・・・
 湖面に映るみどりが鮮やかな季節・・・
 娘はひそやかに恋をした。


 人気のない菖蒲園、
人の心はうつろいやすい。
 花の季節が終わりに近いと見定めたように、心は紫陽花に思いを馳せているのだろうか。




 こぬか雨は、
しずかに降りつづく。




 赤い番傘をさして、娘は来た道を歩く。
 心の中から取りだして、刻んだ紙片が池の底に沈んでいくのを確かめるようにしばし佇んだ。
 心の中のひそやかな思いは、
池の底に沈んでいった。

 口元をきりっと結んで、客の訪れもない玄関戸を開けた。
 夕方になっていた。

 訝る母に、精いっぱいの微笑みを返した。

           


 読者の皆様へ。

 ブログを初めてから、昨日で3年となりました。
 つたない文をお読みいただき感謝申し上げます。

 「四季折々の自然、生活の思いを、時には詩や創作を織り交ぜながら綴りたい」
 そう願って、ここまで参りました。
 今後ともよろしくお願い申し上げます。

                            (azumi)