コンビニ経営相談室「あかり」

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コンビニの闇は、切り裂かれるか?鈴木会長引退。

2016年04月08日 07時33分58秒 | 日記

鈴木敏文セブン&アイHD会長が引退表明 会見で語ったセブン―イレブン社長人事の確執とは

The Huffington Post  |  執筆者: 吉川慧 投稿日: 2016年04月07日 19時09分

セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEO(83)が4月7日、決算説明会の席上で「引退を決意した」と述べ、役職から退く意向を明らかにした。グループ中核企業のセブン―イレブン・ジャパンの井阪隆一社長(58)を退任させる人事案が取締役会で否決されたため、鈴木氏は「責任をとる」と説明した。

鈴木氏によると、「井阪社長はCOO(最高執行責任者)として物足りなかった」として、「社長として7年務めたので退任するよう内示した」が、井坂氏は続投の姿勢を示したという。その後、社内の指名・報酬委員会に人事案を提案したが、「7年間連続で最高益を上げてきた井阪社長を退任させる理由が見つけられない」として結論は出ず、7日の取締役会では賛成7票、反対6票、白票2票で過半数の賛成が得られず否決された。

井阪氏は2009年に社長兼COOに就任。積極的な店舗展開や女性客など客層拡大、プライベートブランドの拡大などで、2015年2月期まで4期連続で営業最高益を更新するなど好業績を収めている。セブン&アイの大株主であるアメリカの投資ファンド、サード・ポイントも「井阪社長は会社の成功に貢献してきた」として人事案に懸念を示していた

■鈴木会長の辞職、背景に創業家の意向か

鈴木氏は会見で「取締役会で井阪社長が『いかに自分が一人でやってきたか』という話をしていて呆れてしまった。このままでは禍根を残すと思い、今日の取締役会後に退任を決意した」と語り、井阪社長との対立があったことを認めた。さらに「創業家の伊藤家の意向もあるが、世代が変わったということ」とも述べ、辞職の背景にはイトーヨーカ堂の創業家である伊藤雅俊名誉会長が、井阪氏退任に反対したことを示唆した。

後任については「指名する考えはないが、今日の取締役会で井阪社長が信任されたことにはならない」とした上で「改めて取締役会で今後の対応が決まる」と見通しを語った。ただし「新体制に立候補するつもりもない」と、執行部への復帰は否定した。

また一部で「鈴木氏が次男の康弘氏を後継者にしようとしているという噂がある」と報道された件については「なんでこんな話が出てきたのかわからない」「まことしやかに噂をささやかれたことについては、不徳の致すところ」と顔をしかめながら答えた。

■セブン―イレブンを育てた鈴木敏文氏とは?

コトバンクによると、鈴木敏文氏は1932年生まれ。東京出版販売(現トーハン)勤務をへて、1963年イトーヨーカ堂に入社。1971年に取締役となり新規事業を担当。アメリカのサウスランド社のコンビニエンスストアを導入し「セブン―イレブン」を5000店をこえる大型チェーンに育てた。1992年にイトーヨーカ堂社長、セブン―イレブン・ジャパン会長に就任した。

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セブンイレブンの鈴木会長が、引退表明、コンビニ業界にとっては朗報だろう。

彼が、コンビニ業界のリーダーとしてやってきたことは、コンビニ成長神話で

世間を欺いてきたこと。

 本当の成長を支えていたのは、地域最低賃金で雇用されたクルーさんと

なけなしの蓄えを捧げ加盟させていただき、夫婦で365日働いて、借金を

重ね、自己破産、自殺していった、オーナーの皆さん方。

コンビニを、商売ではなくFCビジネスに切り替え、利益のみを追求した。

その結果が、ブラック企業大賞受賞であり、創業者からの「NO」の通告だろう。

経営陣の多数からの指示を得られず、自ら身を引くことは、コンビニ経験者から

したら、当然のことと思う。

 このことで一番嬉しいことは、彼の出身母体、出版取次業「トーハン」への

締め付け力の低下が推測されること。

「トーハン」がコンビニへの納入を拒否すれば、せっかく取材した

記事の発表の場が失われる。そのためコンビニ、セブンイレブンの批判記事は「自粛」されてきた。

 発表してきたのは、お亡くなりになられた「渡辺 仁」氏のみ。

この鈴木会長の引退を草葉の陰から、喜んでおられると思います。

この誰もが予想しなかった、鈴木会長の引退劇が、コンビニ業界の

闇を切り裂く、端緒になることを期待します。