8月5日(日)、石巻市のホテルを出た私は、歩いて、田代島に行くためのフェリー乗り場に向かいました。途中に日和山公園という由緒ある所が有ることを知っていたため、まずはそこに寄ってからと思いました。
途中で、吉田松陰宿所跡との表示板を見つけました。
吉田松陰も石巻を訪れた際、日和山に登ったとのことです。
山の坂を登って行く途中で、石ノ森萬画館が見えます。手前の建物は建設中です。
「たい平桜」が有りました。
林家たい平師匠は、大学卒業後、プロの落語家になるかどうかを決めるための旅に出たそうです。石巻に来て、この桜が幼木の頃、ここでプロの落語家になることを決意したそうです。そこで「たい平桜」との名前がついたそうです。
日和山公園に着きました。
日和山は標高60.4mです。鹿島御児神社が有ります。
ここには、松尾芭蕉も弟子の曽良とともに訪れています。
昔から、眺めの良い所だったのだと思います。
しかし、今は、トップの写真のような状態です。
元は、下の写真のような眺めでした。
東日本大震災は、街の様子を全く変えてしまいました。トップの写真で、橋梁の下部工の工事が行われていますが、そこから先は人が住むことができなくなったようです。
時間があったので、下の東屋で休んでいました。
自転車に乗って、御老人がやって来ました。私にどこから来たのか、尋ねられ、お話を伺うことができました。御年は、93歳だそうです。かなりお元気なかたです。戦争でシベリアに抑留されたこと。東日本大震災では、店も新築したばかりの家も津波で無くしたそうです。でも、まだ頑張って生きなきゃと語られました。
フランクルの「夜と霧」でも、ナチス・ドイツの収容所を出ることができた人は、希望を失わなかった人だったと書かれていた記憶が有ります。この御老人との語らいはとても良い思い出になりました。
「がんばろう!石巻」
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