財務省事務方トップの矢野事務次官が雑誌「文藝春秋」11月号に寄稿した論文が波紋を広げている。矢野氏はそこで、10月末の総選挙に向けて与野党ともにバラマキ合戦のような経済政策をアピールしており、まるで財源が無尽蔵にあるかのような取り組みだと、非難しているのだ。
岸田新首相は数十兆円もの大規模な経済対策を主張し、公明党や立憲民主党も国民への10万円支給を謳っている。日本は国の借金が1100兆円を超えていると言うのに、コロナ後の経済不況を救うとの口実で、国の財政危機は全く考慮されていない。国民もお金さえ貰えれば投票するに違いないと、馬鹿にされたものだ。
国の借金の膨大さを鑑みれば、財政出動より増税のほうに力を注ぐべきであるのに、民主党政権時代に当時の菅首相が増税を言い出し、選挙で大敗したことがトラウマになっているのか、増税を言い出す党はいない。岸田首相は総裁選の際に金融所得課税に言及していたのに総裁になった途端引っ込めてしまった。また野党までもが消費税率の引き下げを提案している。このようなポピュリズムに、現職の財務事務次官が警鐘を鳴らしたのであろう。
これに対し、政府は11日、私的な意見を述べたにすぎないと沈静化を図ったものの、与野党から批判が相次ぎ、更迭論も出ているそうだ。安倍政権であれば直ちに更迭されていただろう。しかし、直ちに更迭すれば、幅広く聞く力を重視する首相の政治姿勢が疑われる。
さて、この件で理解に苦しむのは財務相だった麻生副総裁の姿勢だ。矢野氏は雑誌への寄稿を事前に了解を得ていたとのことだ。安倍政権下で財政健全化を軽視続けてきた財務省の責任者が、財政危機を認識していたとは思いもよらなかった。安倍氏は今でも財源はお金を印刷すればいくらでもあると主張しているようであり、財務省のトップである現事務次官が国の財政を心配していることに安心感すら覚える。
自民党の高市政調会長は矢野発言に対し、”大変失礼な言い方だ。基礎的な財政収支にこだわって、困っている人を助けないのはばかげた話だ”、と語ったそうだが、全く近視眼的な発想であり、将来財政健全化をどうするかも含めて発言すべきであろう。
岸田文雄首相は”議論した上で意思疎通を図り、政府・与党一体となって政策を実行していく。いったん方向が決まったら協力してもらわなければならない”、とくぎを刺したそうだが、岸田首相は矢野氏の言い分によく耳を傾けて貰いたい。
岸田首相は総裁選立候補当時、安倍氏と決別すると大いに期待していたが、衆議院総選挙を控え安倍氏擦り寄ってきているが、岸田氏の新鮮さが失せ、これでは選挙に大敗するに違いない。
財源はお札を印刷すれば無限にあるとする安倍氏、異次元金融緩和を推進していたが日本の財政危機に目覚め始めたと思われる麻生氏、権力を維持することにかまけ何を考えているか分からない岸田氏、今後の岸田・麻生・安倍の各氏の動向が注目される。2021.10.16(犬賀 大好ー755)