オブライエン・エセルの思い出、なんて銘打ちましたが、あの偉大なるクムフラにお会いしたことは、一度だけ。それも、ほんの10分くらい…。今年1月のことでした。そしてあれが最初で最後になったんですね。4月4日に急逝したオブライエンさんの冥福を、心からお祈りします。
オブライエン・エセル率いるケ・カイ・オ・ カヒキといえば、強靭な肉体のカネ(男性)ダンサーが踊る古代フラで、何よりも有名なハラウ・フラ(フラの学校)。文字通り筋骨隆々の男達が踊るあのフラは、大昔の戦士のフラを踏襲したものだそうです。古代フラに関しては、彼らは世界一のフラの祭典、メリモナーク・フェスティバルをはじめ、出る競技会全てを総なめで。昨年のメリーモナークもしかり。まさに最強のフラ軍団といった印象の、カネダンサー達でした。
ですが、私がオブライエンさんに興味をグッと惹かれたのは、あのカネ達ではなくて(あの人達も最高に素敵ですが)、ある一人の女性フラダンサーがきっかけでした。…皆さんは、2006年度ミス・ハワイのラダーシャ・ホオフリをご存知ですか? とびきりの美人であるだけでなく素晴らしい笑顔の持ち主であるラダーシャは、オブライエンさんの下でフラを踊る、ケ・カイ・オ・カヒキの紅一点でもありました。以下、一昨年、ある仕事でラダーシャにお会いし聞いたのが、オブライエンにまつわる以下のような話です。
何でもラダーシャは昔、ものすごくシャイで、自分に自信を持てない女の子だったとか。高校卒業後間もなく、オブライエンがプロデューサーを務めるパラダイスコーブ・ルアウでフラダンサーとして働き始めたラダーシャ。オブライエンはいつも彼女を励まし熱心に指導してくれ、数カ月後にはソロダンサーにも抜擢してくれたそうです。
当時は大学に行く余裕がなかったというラダーシャ。そんな17歳の彼女に「ラダーシャはいつかミス・ハワイになれる子だ。だからその賞金で大学に行くんだよ」とミスコン挑戦をすすめてくれたのが、なんとオブライエンだったそうです。そうしてミス・ハワイ諸島などまずは小さめのコンテストを手始めに、オブライエンはラダーシャの心の準備をしてくれ、いくつかのコンテストを経て、ついには2006年に念願のミス・ハワイになることができました。
ラダーシャはその奨学金で大学を卒業。今ではプロフェッショナルなキャリアを持つ傍ら、ケ・カイ・オ・カヒキのダンサーとしても年に数度日本にも赴くなど、世界を股にかけて活躍中です。「シャイで無口だった私が今こういう仕事についているのも、クム、オブライエンのお陰。クムが人生のあらゆる面で私の目を開かせてくれたの」と、しみじみ語っていたラダーシャ。きっとオブライエンは、17歳だったラダーシャがいい子で賢くてとびきり美しい子であることを、ほかの誰よりも先に見抜き、その可能性をとことん信じていたんですね。
さて、冒頭でふれた私とオブライエンの唯一の接点は、今年1月に行われた某フラショーでのことでした。記事のために、一言オブライエンからコメントをもらおうと、ショーの終了後、彼の近くをウロウロしていたのですが。彼は知り合いの女性と話しこんでいてなかなか話かけるきっかけがつかめず。しばらく二人の横で待つことになりました。
そんなこんなで、その二人の話を聞くともなく聞いていると、オブライエンは、「今年のメリーモナークには出ないんだ。生徒のハラウが初めて出場するからね。でも来年は行く。メリーモナーク50周年だもの」と言っているのが、耳に入ってきました。今年初めて、オブライエンのかつての生徒である、マウイ島のブランドン・イリアヒ・パレデスのフラ学校が栄えあるメリーモナークに出場するため、その手伝いをする、とおっしゃっていたんです。先生として、オブライエンもさぞかし張りきっていたことでしょう。でも。メリーモナークを目前にして、オブライエンは逝ってしまいました。なんとも淋しいことですね。
明日からいよいよハワイ島ヒロで、メリーモナーク・フェスティバルの中心となるフラ競技会が始まります(明日は前夜祭)。彼の弟子達はオブライエンの教えを胸に抱いて、落胆を乗り越え、多いに活躍してくれることでしょう。オブライエンの魂は、今も彼らとともに、ヒロにあるに違いありません! ラダーシャによれば、とことん面倒見のよい、優しい先生だったようですからね。
オブライエンさんのご冥福を、心からお祈りします。