森出じゅんのハワイ生活

ハワイ在住のライターが、日々のあれこれをつづります。

今日のダライラマ

2012年04月14日 | 日記


今日は待ちに待ったダライラマの講演会でした!
以前、ハワイ島やマウイ島でダライラマが講演したことはあっても、オアフ島では、私の知る限りでは初めて。お忍びではいらしていたのかもしれませんが…。なので、我が家ではチケットの発売とともにチケットを買い、講演会を心待ちにしていたのです。講演会は2日間あり、今日は高校・大学生のために設けられた講演会で、チケットは一律$10。私は今日、(学生ではないけれど)幸いにも仕事の一環で出かけることができたのですが、ハワイ大学のアリーナは子供たち&大学生でいっぱいでしたよ~。明日は家族4人で、プライベートで出かけます。

一応、ダライラマの自伝も読んだこともあり、私はダライラマの信奉者。実際に見、話を聞いたダライラマはユーモアのセンスにあふれ、チャーミングな方でした。だって、なんと衣とお揃いのカラーのサンバイザーを着けて講演したんですよ!(ハワイ風に装った…おつもりでしょうか?) 現人神ではなく人間、ダライラマという感じで、学生たちとの相性もバッチリで。でもダライラマを取り巻くもろもろの環境はご存知のように厳しいもの。警備はそれは厳しくて。バッグの持ち込みは一切禁止、でした。カメラもなしで、写真は撮れませんでした。

…昨日は、某ホテルまでメディア・キットを取りに行ったのですが。車寄せに停めた車の中で待機していた夫が言うには、20人くらいの兵士風の人が、5頭の大きなジャーマン・シェパードを連れて周辺をうろうろしていたとか…。ホテル前に停めた車を犬が一台づつクンクン。兵士は全員がサングラスをしていてシリアスな感じで、中には直径15センチくらいの鏡が先端についた長い棒を持っている兵士もいたそうです。車の下を、それでチェックするのですね。なにせダライラマはVIP中のVIP。それも当然でしょう。

そんなわけで、明日また、家族でダライラマにお会いしに行ってきま~す。明日の講演会のチケットは売れ切れとか。今から楽しみです!


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フラダンサーの御守り

2012年04月13日 | 不思議譚


皆さん、お元気ですか~? 首都圏の桜は…もうそろそろ終わりなのでしょうか。
さて、フラ界のオリンピック、メリーモナーク・フェスティバルが、いよいよ始まりましたね。昨夜のミス・アロハ・フラ(18歳~25歳までの未婚のフラダンサーによるソロ部門)も見応えたっぷりでした。2012年度のフラの女王に輝いたのは、マプアナ・デ・シルバのハラウ所属のレベッカさん。フラだけでなく笑顔もとことん上品な、素敵な女性でした。おめでとうございます!

それにしてもイーデス・カナカオレ・スタジアムの大舞台で、超満員の観衆の中、フラを披露するのは、若いお嬢さん方にとってものすごいチャレンジでしょうね。舞台に登場する直前、会場の片隅での様子をTVで拝見していると、皆さん、緊張して震えている様子で。でもひとたびステージに出た後は、見事なフラを披露! ふだんの練習の賜物でしょう。

もう一つ、TV観戦で感じたのは、ステージの袖で震えながら、MCに名前を呼ばれるのを待っているダンサーを見る周りの観衆の目が、とても優しいことです。厳しい眼差しは皆無で、皆笑顔。どれも「頑張ってね!」「大丈夫よ!」と、無言で語っているかのような優しい笑顔で。きっと会場のそういったマナ(気、霊気)が、ステージ上のダンサーにも伝わって、皆が皆、素晴らしい演技を見せるのではないでしょうか。

…そんなことを考えながらフと思い出したのが、ホノルルの某ハラウのダンサーの女性がシェアしてくれたこんなお話です。そのハラウからも過去にはミス・アロハ・フラが誕生しているのですが。ある年の夏、クムフラから、次年度メリーモナークのミス・アロハ・フラ挑戦者が発表になったそう。本人は驚き大感激し、周りのダンサーも皆、彼女を祝福したそうです。ミス・アロハ・フラ挑戦といえば、ハワイのフラガール共通の夢ですからネ。

ところが、その女性が翌週のフラの練習に現れると。彼女は小柄で華奢な身体付きのダンサーなのですが、首周りと両腕に、直径数センチはありそうな大きな石のアクセサリーをゴロゴロとつけていました。「それ、一体どうしたの?」。周囲の質問に答えて、彼女は言いました。「おばあちゃんが、これからメリーモナークまで、ずっとこれを付けていなさいって…」。

彼女の説明はこうでした。なんでも、彼女がハラウのミス・アロハ・フラ候補に選ばれたことは、家族をも大喜びさせたそう。ですが祖母だけは、孫娘の誉れを喜んだだけでなく、ある種の心配も抱いたとか。「ハラウを代表するダンサーに選ばれたのは素晴らしいこと。でもそれを悔しく思い、嫉妬と怒りの涙を流す人もいる」。そしてこのゴロゴロとした石のネックレスとブレスレットを、彼女に手渡したそうです。つまり、それは彼女を邪気から守るパワーストーンだったわけですね。

う~ん。孫娘を愛するおばあちゃんらしい発想ですね。まさかァと笑う人もいるかもしれませんが、私にはそれが気苦労というだけではなく、一理あるな、という気がします。何百人というハラウのダンサーからクムフラに代表として選ばれたのですもの。中には嫉妬する人もいるでしょう。「次こそ私だと思ったのに!」とか、「なぜあの子が? 私の方がよっぽど巧いのに!」とかって。そういう時、霊的に敏感な人であれば、そういうネガティブな感情に感応してしまうことも多いにあり得る話。その結果、思わぬ急病に襲われたりということも、人によってはあるのではないでしょうか(そういえば元ミス・ハワイでもある美人フラダンサー、アリアナ・セイユからも、似た話を聞いたことがあります。その話は新著で紹介しております!)。

…昨夜のミス・アロハ・フラ競技を観戦しながら、そんな、空恐ろしいことをつい考えてしまった私。人の念というのは、ある意味、恐ろしいもの…。美女や名フラダンサーも辛いヨ、ですね。



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これこそ「ハワイの中の日本」

2012年04月12日 | 日記


今日は日本に日帰り旅行していました…というのはモチロン、冗談です。上の写真、うちのすぐ近所で撮ったのでした。

昼間、ダウンタウンのフォートストリートを歩いていて、ひょいっとある横丁に目を向けたら…。写真のような日本語の看板がたくさん並んでいて、衝撃を受けました。

その瞬間、私の頭の中をよぎったのは…。
「あら、日本のショップがオープンするの? こんなにいくつも? 同じオーナーの店かしら」「それにしても、どうしてこんな巨大な外国語の看板なの? ここはアメリカよ。ロコに反感買うじゃないの。それにしてもあの看板、大きすぎて街の景観を崩してる!」「お寿司にミニシアター? ミニシアターって、そこのハワイシアターのこと? 寿司って、向かいにオープンした日本食のバーレストランのこと? じゃ、これ、店の看板じゃなくて道案内の標識なの?」などなど、さまざまな困惑。

そのうち、さらに奥に玩具店なる看板が出ているのを見つけて。ダウンタウンにおもちゃ屋が開店するわけない、ここはビジネス街なのだから、と思いいたり。ようやく、何かの撮影のため、その一角に日本のストリートを再現しているのだと気付きました。その間数分。にぶいですね、私。

今日のところは、それが何の撮影かわからなかったのですが…。今ハワイで撮影中なのは、「ハワイ・ファイブ・オー」くらいしか知りません。それとも?

いずれにしろ、日常生活の中で出会う驚きってイイですね。退屈知らずのハワイ暮らしのレポート、でした。
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今日のホノルル港

2012年04月11日 | 日記


早朝こそ雨が降り肌寒かったものの、今のホノルルは雨もやんで清々しい天気。波も大きいようで、きっと海はサーファーたちで賑わっていることでしょう。やっとハワイの冬も終わりに近づきあるようです。

え? ハワイの冬…だとか肌寒い…だとかって聞くと、笑えるって? …確かにハワイは南国なのですが、意外に冷え込むこともあるんです! 特に今年の冬は例年と比べてもグッと冷え…。何せヒョウが降ったほどなんですからね!(思わず威張ります)

もちろん氷点下になんてなりませんが、ここハワイには暖房なんてなくて。しかも薄着しか持ってないんですもの。寒い時には、なすすべがアリマセン。思えば、「ハワイの不思議なお話」の2度目の校正に励んでいた2月末~3月初旬(すみません、プロフィールにすでに刊行されたかのような書き方をしていますが、4月下旬に出版されます)。子供達も学校に行き、ガラーンとした居間で一人、仕事をしていた時の寒さといったら!

足元はソックスにスリッパ、長袖シャツにジャケット、長いパンツをはいて、膝に娘のキティちゃんの毛布をかけていたけれど、それでも寒いんです。「こうなったら窓を閉め切ろうか…」と家の中を歩いたら、すでに全ての窓は閉まっていて。朝からひっきりなしに熱いお茶を飲んで過ごさなければなりませんでした。そうでないと寒いんです! 冷蔵庫の中に座っているみたいで。

そのうち思い出して、ジャケットの下にもう1枚、トレーナーを着て、ようやく人心地つきました、とさ。夜は夜で冷え込み、家族と大型オーブンをつけようか、と冗談半分、本気半分で話したほど。オーブンをつけると家中暑くなって夏場などはイヤなのですが、我が家にある暖房器具?といえばあれくらいですからね…。結局つけませんでしたが。

雨も上がったようですし、今日はこれからワイキキに出かけてきま~す。皆さんも良い1日を!


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オブライエン・エセルの思い出

2012年04月10日 | ハワイアナ



オブライエン・エセルの思い出、なんて銘打ちましたが、あの偉大なるクムフラにお会いしたことは、一度だけ。それも、ほんの10分くらい…。今年1月のことでした。そしてあれが最初で最後になったんですね。4月4日に急逝したオブライエンさんの冥福を、心からお祈りします。

オブライエン・エセル率いるケ・カイ・オ・ カヒキといえば、強靭な肉体のカネ(男性)ダンサーが踊る古代フラで、何よりも有名なハラウ・フラ(フラの学校)。文字通り筋骨隆々の男達が踊るあのフラは、大昔の戦士のフラを踏襲したものだそうです。古代フラに関しては、彼らは世界一のフラの祭典、メリモナーク・フェスティバルをはじめ、出る競技会全てを総なめで。昨年のメリーモナークもしかり。まさに最強のフラ軍団といった印象の、カネダンサー達でした。

ですが、私がオブライエンさんに興味をグッと惹かれたのは、あのカネ達ではなくて(あの人達も最高に素敵ですが)、ある一人の女性フラダンサーがきっかけでした。…皆さんは、2006年度ミス・ハワイのラダーシャ・ホオフリをご存知ですか? とびきりの美人であるだけでなく素晴らしい笑顔の持ち主であるラダーシャは、オブライエンさんの下でフラを踊る、ケ・カイ・オ・カヒキの紅一点でもありました。以下、一昨年、ある仕事でラダーシャにお会いし聞いたのが、オブライエンにまつわる以下のような話です。

何でもラダーシャは昔、ものすごくシャイで、自分に自信を持てない女の子だったとか。高校卒業後間もなく、オブライエンがプロデューサーを務めるパラダイスコーブ・ルアウでフラダンサーとして働き始めたラダーシャ。オブライエンはいつも彼女を励まし熱心に指導してくれ、数カ月後にはソロダンサーにも抜擢してくれたそうです。

当時は大学に行く余裕がなかったというラダーシャ。そんな17歳の彼女に「ラダーシャはいつかミス・ハワイになれる子だ。だからその賞金で大学に行くんだよ」とミスコン挑戦をすすめてくれたのが、なんとオブライエンだったそうです。そうしてミス・ハワイ諸島などまずは小さめのコンテストを手始めに、オブライエンはラダーシャの心の準備をしてくれ、いくつかのコンテストを経て、ついには2006年に念願のミス・ハワイになることができました。 

ラダーシャはその奨学金で大学を卒業。今ではプロフェッショナルなキャリアを持つ傍ら、ケ・カイ・オ・カヒキのダンサーとしても年に数度日本にも赴くなど、世界を股にかけて活躍中です。「シャイで無口だった私が今こういう仕事についているのも、クム、オブライエンのお陰。クムが人生のあらゆる面で私の目を開かせてくれたの」と、しみじみ語っていたラダーシャ。きっとオブライエンは、17歳だったラダーシャがいい子で賢くてとびきり美しい子であることを、ほかの誰よりも先に見抜き、その可能性をとことん信じていたんですね。

さて、冒頭でふれた私とオブライエンの唯一の接点は、今年1月に行われた某フラショーでのことでした。記事のために、一言オブライエンからコメントをもらおうと、ショーの終了後、彼の近くをウロウロしていたのですが。彼は知り合いの女性と話しこんでいてなかなか話かけるきっかけがつかめず。しばらく二人の横で待つことになりました。

そんなこんなで、その二人の話を聞くともなく聞いていると、オブライエンは、「今年のメリーモナークには出ないんだ。生徒のハラウが初めて出場するからね。でも来年は行く。メリーモナーク50周年だもの」と言っているのが、耳に入ってきました。今年初めて、オブライエンのかつての生徒である、マウイ島のブランドン・イリアヒ・パレデスのフラ学校が栄えあるメリーモナークに出場するため、その手伝いをする、とおっしゃっていたんです。先生として、オブライエンもさぞかし張りきっていたことでしょう。でも。メリーモナークを目前にして、オブライエンは逝ってしまいました。なんとも淋しいことですね。

明日からいよいよハワイ島ヒロで、メリーモナーク・フェスティバルの中心となるフラ競技会が始まります(明日は前夜祭)。彼の弟子達はオブライエンの教えを胸に抱いて、落胆を乗り越え、多いに活躍してくれることでしょう。オブライエンの魂は、今も彼らとともに、ヒロにあるに違いありません! ラダーシャによれば、とことん面倒見のよい、優しい先生だったようですからね。

オブライエンさんのご冥福を、心からお祈りします。
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