森出じゅんのハワイ生活

ハワイ在住のライターが、日々のあれこれをつづります。

ハワイのクリスマスシーズン、幕開けです!

2022年12月05日 | 日記


昨夜はダウンタウンのクリスマスツリー点火式があり、久々に行ってきました!

このツリーの点火式を皮切りに、ダウンタウン周辺のビルや施設が軒並みクリスマス飾りで埋め尽くされるクリスマスイベント、「ホノルル・シティライツ」が公式スタート。今年はコロナでキャンセルされていたエレクトリックパレードが3年ぶりに復活したのも、嬉しいニュースでした。

パレードにはオアフ島の学校のブラスバンドのほか、ホノルル市郡の各局や企業も参加し、たとえば消防車や救急車までが電灯飾りをつけて登場。そのルートをたまたま昼間通ったところ、道路脇にはテントやイスが並び、随分早くから場所取りが進んでいたよう。久々のパレード、見る側もずいぶん気合が入っていましたよ。



ホノルル・ハレ(市庁舎)前には、今年もまた裸足のサンタ夫妻がお目見え。相変わらずお元気そうで何よりです!



そしてホノルル・ハレ内の吹き抜きのホールでは、クリスマスツリー展示がキラキラ、見事でした。これらは市郡政府の各部署が工夫を凝らして作ったクリスマスツリーなのですが、実はコンテストなのですよね。なので毎年、個性豊かなツリーが登場します。











ちなみに最後の逆さツリーは、災害対策の部署によるクリスマスツリー。竜巻をかたどったものだそうです。ハワイでは竜巻が発生しませんが、それはよしとしましょうか。

このホノルル・シティライツの最終日は12月31日。ふだんは少しコワイ夜間のダウンタウンも、年内は見物客で賑やかになりそうですー。
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マウナロア火山噴火、その後

2022年11月30日 | 日記


マウナロア火山、アップデートです。

27日夜からの噴火による溶岩が、山麓へと流れ始めました。当初予想されていたコナ方面ではなく、ヒロ方面に少しづつ移動しているようです。

今はヒロ―コナ間を結ぶサドルロードまで約5キロほどの距離に溶岩が到達しているとのこと。サドルロードまで到着する可能性が高いようですが、当局はあまりその後の展開について懸念していない模様。山麓といってもこれからはかなり平坦な箇所に差しかかるので、溶岩の流れが鈍化するだろうと見ているようです。

…サドルロードといえばマウナロアとマウナケアという2つの火山の間を走る、風光明媚な道路ですね(約10年前に整備され、ダニエル・K・イノウエ・ハイウェイと改名されています)。分断されないといいな…。

あ、冒頭の写真は、雲に隠れて見えませんが、サドルロードから見たマウナロアです。古くてまずい写真で失礼! でも右を見ても左を見ても噴火丘が連なり、確かに風光明媚な道だったことはよく覚えています。



なおこの道路沿いに駐車して火山活動を見学する人が続出しているらしく、昨日、ハワイ島群長が「サドルロード沿いの駐車禁止」という緊急命令を出しました。高速道路並みのスピードで車が走っているわけですから、確かに道端に駐車されては困りますよね。

しばらく続きそうな噴火活動、私も見に行きたいのは山々(しゃれ)ですが、ホノルルでジッと我慢しております…。

話は変わりますが、お知らせです。アロハストリートと、ハワイ州観光局Allhawaiiのサイトにて、コラムが公開されております。ぜひぜひ、ご覧くださいね!
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マウナロア火山に女神ペレが降臨!

2022年11月29日 | ハワイアナ


事件です! あのマウナロア火山がついに噴火しました~。1984年以来のことですから、ハワイでも大騒ぎとなっています。

…と、噴火は驚きのニュースではあったのですが、もう半年以上前から、その兆候は出ていたよう。たとえば6月には日に10回以上の地震、9月には日に100回以上の地震が記録されていました。

なのでハワイ火山国立公園は10月中旬からマウナロア周辺を閉鎖。ハワイ火山観測所は毎日、観測結果を発表するようになっていました(通常は週に一度)。火山学者なども「マウナロアは噴火する。時間の問題だ」と言っていたわけですが、それがついに起きたのですね! いや~、やっぱりこれは大事件です。

マウナロア火山が噴火したのは1984年が最後ですが、1950年くらいまでは5、6年おきに噴火していたのだそうで。しかも火山学者によれば、溶岩がノロノロと移動するキラウエア火山の噴火と違い、マウナロアの溶岩のスピードは結構速いそうなのですよ。

しかもマウナロアはハワイ島の真ん中近くに鎮座しているので、いったん溶岩が頂上から下り始めたら、ヒロ、コナの両サイドに溶岩が迫る可能性があるのです。1950年の噴火では、溶岩がコナ沿岸に到着するのに、3時間だったとか。それはかなり速い…。

まあ、当局もこの事態に備えていろいろなディスカッションをしてきた模様。「備えあれば憂いなし」ですが、しばらくはハワイ中がマウナロアを注視することになりそうです。またお知らせしますね。
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ハワイのブラックフライデーにも変化?

2022年11月27日 | 日記


感謝祭も終わり、アメリカの怒涛のホリデーシーズンがいよいよ始まりました!

昨日はブラックフライデーということで、娘とともにワード&アラモアナに参戦。人出は多かったけれど、駐車場は午前中、それほどの混雑ではなかったので、少し拍子抜け。以前は駐車場での合戦が怖くてバスで出かけたりしましたが、今は午前中なら大丈夫、の安心感とともに出陣しています。

感謝祭翌日のブラックフライデーといえば、クリスマス商戦が本格化する日として、ひと昔前は企業も力が入っていました。ブラックフライデー当日の朝刊は広告でブ厚く、商業施設も朝5時開店とか、午前零時に開く店もあったりなど、どんどんヒートアップ。果ては、感謝祭の夕方からモール全体が開く年もありましたっけ。

しかも各店、数量限定の目玉製品を用意していたので、買い物客も一番乗りを目指したものですよね。

ところが近年は少々、事情が違います。もちろんコロナの影響もありますが、それ以上にオンラインビジネス浸透の影響が大きい気がします。混雑したモールを目指さなくとも、家にいながら買い物できるのは有難いこと。アマゾン会員なら送料も無料になるなど、米本土から離れたハワイでも、ずいぶんオンラインショッピングがしやすくなってきました。

しかもショップはショップで、ブラックフライデーのセールを「ブラックフライデー前夜祭」などと称して前倒しで提供したり…。ブラックフライデーのお祭り騒ぎはそれはそれで楽しいけれど、消費者もショップも、いろいろ賢くなっているな~という印象です。



ちなみに私は今年、デパートのメイシーズでお目当ての高級シーツを1週間前にオンラインで買い(7割引き)、米本土のメーカーのサンダルもブラックフライデー前日に半額で抑え、当日はケーキ屋さんの商品券をやはりオンラインで予約(3割引き)。やはりオンラインに大変お世話になりました。

でもオンラインで送料が発生する場合には(ばからしいので)購入せず、実際にワードやアラモアナの店舗を目指しました。そして店舗でお目当てが見つかれば買い、なければ買わずという感じで勝敗は五分五分。

結論として…。やはり店舗では人いきれでアタフタしてしまうブラックフライデーは、オンラインで楽しみたいな~というのが本音。私もそろそろ、そんな「お年頃」になってきました。
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(再び)ヘンリー・バーガー氏秘話

2022年11月17日 | 歴史


「アロハ・オエ」を有名にしたヘンリー・バーガー氏について、地元紙からもう一つユニークな逸話をご紹介しますね。なぜドイツからヘンリー・バーガーがハワイにやって来たか…という裏話です。

時は1870年、カメハメハ5世の治世のこと。オーストリア海軍の小型駆逐艦ドナウ号が5、6カ月、修繕のためホノルル港に停泊していました。ドナウ号の軍楽隊はその間毎日、無料コンサートを開催したとか。

やがて船は去って行きましたが、ドナウ号の軍楽隊の演奏を懐かしんだのが、ホノルルの市民たちです。カメハメハ5世は新たにバンドメンバーと指揮者を雇い入れ、ドナウ号のコンサートを再現しようとしましたが、その演奏はドナウ号の軍楽隊にはるかに及びませんでした。

そこで1872年、「ハワイに軍楽隊を作るため指導者を送ってほしい」とカメハメハ5世がドイツにリクエスト。その結果、ヘンリー・バーガーがホノルルにやってきたというわけです。バーガーはまだ28歳の若者でした。

バーガーの指導のもとバンドは見る見るうちに上達し、1883年には「アロハ・オエ」の演奏でコンテストにも優勝したことは、前回書いた通りです。

…ちなみにバーガーは「世界でもトップレベルの音楽をハワイに提供する」という理念とともにハワイにやって来たそう。コンサートでも必ず1曲はクラシックの名曲を紹介したバーガーの音楽の影響は、とても大きかったようです。後年、バーガーは嬉しそうによく言ったそうですよ。

「ハワイアンはポイ作りなどの作業などしながら、よくクラシック音楽やオペラの一節を口笛で吹いていたものだよ」

う~ん、バーガーもすごい人ですが、その音楽を理解しそれほど愛したハワイの人たちも、すごい!

バーガーはそのままハワイに根づき、1929年、ホノルルで死去。享年85歳でした。バーガーがハワイの土を踏んでから、今年でちょうど150年だそうです。

(※注 バーガーはロイヤルハワイアンバンドの指揮者&指導者。そのロイヤルハワイアンバンドは1830年代、カメハメハ3世によって創設されたのですが、コラムではカメハメハ5世が新たにバンドを作ろうとしたかのように書かれていました。恐らくカメハメハ5世は新たなバンド創設というより、新メンバーを雇ったがうまくいかなかったのだろう…という風に私は解釈しています)

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