で、ロードショーでは、どうでしょう? 第1934回。
「なんか最近面白い映画観た?」
「ああ、観た観た。ここんトコで、面白かったのは・・・」
『キネマの神様』
映画監督の夢に破れダメ親父になってしまった男が思い出す、情熱にあふれた撮影所時代の青春と現在を綴るドラマ。
人気小説家・原田マハの同名小説を原作に、映画への愛を込めて贈る松竹映画100周年記念作品。
ダブル主演を務めるのはクランクイン後に亡くなってしまった志村けんの遺志を継いだ沢田研二と『花束みたいな恋をした』の菅田将暉。
共演に永野芽郁、野田洋次郎、宮本信子、小林稔侍、寺島しのぶ、北川景子。
監督は、山田洋次。
物語。
かつて映画監督を志すも夢破れ、今やギャンブルに明け暮れるダメ親父ゴウの借金騒ぎが持ち上がる。
それにより、妻の淑子や娘にも最後通告されたゴウは、行きつけの映画館“テアトル銀幕”へ。
ここの館主テラシンとは、青年時代、同じ映画撮影所で夢を追った盟友だった。
助監督として働いていたゴウは、名だたる名監督やスター女優の桂園子、近所の食堂の看板娘・淑子らに囲まれ、テラシンは撮影所の上映技師として撮りたてのフィルムに囲まれていた。
2人は映画の夢を追い求める。
原作:原田マハ 『キネマの神様』(文春文庫刊)
脚本:山田洋次、朝原雄三
出演。
沢田研二 (円山郷直(ゴウ/ゴウチョク))
菅田将暉 (若きゴウ)
宮本信子 (円山淑子)
永野芽郁 (若き淑子)
広岡由里子 (淑子の母)
野田洋次郎 (若きテラシン)小林稔侍
寺林新太郎(テラシン)
寺島しのぶ (円山歩)
前田旺志郎 (円山勇太)
北川景子 (桂園子)
リリー・フランキー (出水宏監督)
松尾貴史 (キャメラマン・森田)
志尊淳 (水川)
北山雅康 (借金取立人)
原田泰造 (家族の会主催者)
片桐はいり (常連)
迫田孝也
近藤公園
豊原江理佳
渋谷天外
渋川清彦
松野太紀
曾我廼家寛太郎
前田航基
スタッフ。
プロデューサー:房俊介、阿部雅人
撮影:近森眞史
照明:土山正人
美術:西村貴志
録音:長村翔太
VFX監修:山崎貴
編集:石島一秀
音楽:岩代太郎
主題歌:『うたかた歌』RADWIMPS feat.菅田将暉
『キネマの神様』を鑑賞。
現代日本、ダメ親父になった元活動屋の男が思い出す、情熱にあふれた撮影所時代の青春を綴るドラマ。
現代と過去の行ったり来たりで過去が現代に影響していく定番の構成で見やすいが、そこに現代のコロナ禍も取り入れている。現在の映画館の苦境も含めて、山田洋次による映画と撮影所への讃歌と応援歌になっている。
原田マハの2008年の同名小説を原作に実写映画化。
松竹映画100周年記念作品。
初の単独映画主演を飾るはずだった志村けんの遺志を継いだ沢田研二なのだが芝居がかたく、引き継ごうという意志が強く出ていて少々見づらい。
菅田将暉はその顔のせいでモテまくりの設定には合うし、ダメな感じもまぁまぁ出ているし、ある意味、ジュリーにはつながりそうな気もする。永野芽郁、宮本信子、北川景子と女優陣が華やかさ。宮本信子も伊丹夫人だと映画監督の妻の女優で映画への讃歌へとつながっている。意外にも野田洋次郎と小林稔侍がベンチでゆっくり座らせてくれる。脇キャラ愛があるようでない。
ある作品のことが浮かび、ちょっともやもやする。まぁ、おじいちゃんが30年近く前のストーリーを囲繞してるだけではあるんだが。
現在、同時公開中で『映画大好きポンポさん』、『サマーフィルムにのって』、『シチュエーション ラブ』と映画作り映画がやってるのはちょっとなぁ……。コロナ禍による公開延期のせいもあるけど。
流石の当時の撮影所の雰囲気の再現はしっかりノスタルジーに浸らせる。
構成のせいで、やや型が目立つ山田洋次節がさらに飲み込みづらくはなっているが、これもまた映画ならではともいえる。
今の映画ながら、昭和の映画を見ているかのよう。
「トンデモねえ、あたしゃ神様だよ」と響いてくる、キネマの神様は優しそうで優しくない少し優しいと思い知る缶作。
おまけ。
製作国:日本
上映時間:125分
映倫:G
配給:松竹
原作はだいぶ内容が違い、歩が主人公。
あらすじは、39歳独身の歩は突然会社を辞めるが、折しも趣味は映画とギャンブルという父が倒れ、多額の借金が発覚した。ある日、父が雑誌「映友」に歩の文章を投稿したのをきっかけに歩は編集部に採用され、ひょんなことから父の映画ブログをスタートさせることに。“映画の神様”が壊れかけた家族を救う、奇跡の物語とのこと。
なんと、撮影所の話とかほぼないそうです。
山田洋次監督作『キネマの天地』(1986)のシリーズのようになっている。
『キネマの天地』(1986)には、同年に上映された井上ひさしによる同名の続編『キネマの天地』があり、2011年にも再演されている。
ややネタバレ。
出水宏監督は清水宏、小田監督は小津安二郎ですね。
桂園子は原節子なんだろうな。
キャメラマンの森田は森田俊保なのかな。山田洋次のデビュー作『二階の他人』(1961)の撮影でもある。(当時、戦前1941年から活躍していたベテランだった)
2019年に78歳のゴウ(1940年生まれ)が20代なら彼が撮影所で助監督だったのは1960年代になってしまう。(当時の五社の助監督はほぼ大卒)
一応、山田洋次もゴウと同時代(1954年入社)に撮影所にいたことになる。(パラレルワールドなので島田洋次とかいう名前だろうか。ゴウの先輩で、すでに監督デビューしていたことになる。当時、小津映画を古臭いと思っていたそうで、ここもゴウと重なる)
清水宏は60年代には引退している(1965年没)。松竹にいたのは40年代まで。
淑子の母の食堂のモデルは、松竹大船撮影所前にあった松尾食堂だろうか。月ヶ瀬も混ぜているのかも。(後者は看板娘が佐田啓二と結婚している)
書くまでもないが映画『東京の物語』は『東京物語』。
ネタバレ。
現代を舞台にしているのに、ゴウの『キネマの神様』がまんまウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』(1985)なので、ちょっともやもやする。
劇中では、ゴウの方が先に思いついていたことになるが、その後の2019年の木戸賞(元は城戸賞)では『カイロの紫のバラ』どころか『今夜、ロマンス劇場で』(2018)(しかも助監督のところに古い映画の女優がスクリーンから出てくるのでラストと設定が一緒になる。原作の『キネマの神様』にインスパイアされた可能性あり)、『海辺の映画館 キネマの玉手箱』(2020)(2018年に審査ならぎりぎり審査員も知らないかも)も存在しているはずなので、いくらシナリオがよくても大賞を獲るのは難しい気はする。これは原作小説『キネマの神様』は2008年刊行なので映画化との時間差のせいというのはある。まぁ、物語は、ストーリー展開が違うならアイディアの引用までは許容範囲でしょうしね。(大分似ていますが、『カイロの紫のバラ』が存在しないパラレルワールドなのでしょう。小津じゃなくて小田ですし。でもキートンはキートンなんだよなぁ)
テラシンの劇場で『ニューヨークの紫のバラ』のポスターぐらいおいて欲しかった(映画好きでフラれた男が映画を見ていたらスクリーンから女優が出てくる)てなくらいの目くばせはあってもよかった気はしますが。
加えて、『カイロの紫のバラ』同系統のアイディアの映画や基にした映画には『今夜、ロマンス劇場で』(2018)、『海辺の映画館 キネマの玉手箱』(2020)、『デモンズ』(1985)、『ビデオドローム』、『リング』、『フッテージ』がある。(ホラーとの相性がよいアイディアのようである。(小さなものに閉じ込められていた怪物が出てくるのはパンドラの箱の伝説など古からあるので、そこにつながるのかも。『舌切り雀』もそう。入る方の原点的な『ドン・キホーテ』も風車の怪物が出てくるしなぁ)
舞台では『カイロの紫のバラ』をケラリーノ・サンドロヴィッチが翻案した『キネマと恋人』(2016)がある。
にしても、そういうのをすっ飛ばすほど『キネマの神様』の修正版脚本は凄まじく出来が良かったということなのか。
野暮と承知で書くと、パラレルワールドにしちゃうには、コロナ禍がひっかかる。そうなると、ゴウは最後、映画館でコロナ感染をばらまいて死んだようにさえ取れるもの。
『カイロの紫のバラ』は劇中でも言及されるように『キートンの探偵学入門』(1924)を反転させたアイディアと言われている。これは映画の中に入る話。(実際は夢)
『カイロの紫のバラ』でも映画内に入るシーンがある。
ウォルト・ ディズニーによる短編映画シリーズの『アリス・コメディ』(1923~1927)は実写の少女がアニメの世界に入るというもの。
(これは『メリー・ポピンズ』に引き継がれていく)
映画やTVの中に入る映画は、『ロジャー・ラビット』(1988)、『ショッカー』、『カウチポテト・アドベンチャー』、『ラスト・アクションヒーロー』、『シャボン泥棒』、『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 夕陽のカスカベボーイズ』、『ファイナル・ガールズ 惨劇のシナリオ』、『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』(2018)などがある。
ゲームから出てくるのは『ジュマンジ』がある。
これは原作絵本が1981年に刊行されており、『カイロの紫のバラ』もここにインスパイアされた可能性もある。
映画『ジュマンジ』は1995年に作られており、その続編『ザスーラ』ではゲームの中に入る。リメイクの『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』も。
実は、物語の中に入っていた、というのがどんでん返しという話もいくつかある。
物語の中に入ってしまうのは、小説『ドン・キホーテ』(1605)まで遡れる。(妄想ですが)
(もっと昔の話もあるかもしれない)。
もやもやっとはしますし、上品じゃないなとは思いますが、さすがに30年前の映画のあらすじを引用するぐらいは、クレジット無しでも目くじらを立てるほどじゃないかと。
『エクストリーム・ジョブ』にウディ・アレンも怒らないでしょう。
まぁ、ウディ・アレンは『どうしたの、タイガー・リリー?』について謝罪するべきかもしれませんが。
(作品をお蔵にするよう会社相手に訴訟までしたが、泥沼になりかけてひっこめている)。
ゴウがいう、「乾いた〇〇、ドライな〇〇」って同じ意味に聞こえるんだけど、当時は違う意味の言葉だったんかね。
沢田研二の演技が、演技から離れていたからか、山田洋次節による硬さが結構きつい。
味はあるし存在感はあるけどさ。
あの遺志を継ぐ、覚悟と格には拍手を送ります。
見る人が確実に志村けんを重ねて見るという恐ろしさと戦ったわけだしね。
山田洋次が生き証人だからゆるされるけど、あの若いゴウはダメ過ぎてなぁ。
キャストの魅力でどうにかしてるのよね。
夢に挫けた男が女に甘やかされるのを理想とする、甘えた話ではある。
ゴウは初監督をオジャンにして迷惑をかけたなら、脚本家として仕事するとか逃げるのがはやいのよね。恥をどうのむか。
顔と色気に淑子がついていったようにも見える。まぁ、それもまた人間だが。いい人ばかりで世界はできてないけどね。
そうなると、映画がそこに重ねられてしまいもするでしょ。まぁ、活動屋なんてみんな不良なのだが。
そこを乗り越えなくていいような不良讃歌もある。ダメ人間賛歌は今までけっこうあったよ。でも、そこにドラマを見てしまう。そこを超える作劇を見つけられていないともいえる。
成功した老監督による言い訳のような匂いも感じる。
同業として、褒めとけばいいんだろうが。
テラシンにこそ幸あれと願う。
淑子と再婚する可能性もある。