で、ロードショーでは、どうでしょう? 第2413回。
「なんか最近面白い映画観た?」
「ああ、観た観た。ここんトコで、面白かったのは・・・」
『トラップ』
愛情深い父親である殺人鬼が、娘と娘が大ファンの歌姫のコンサートに行くと、連続殺人犯を追い詰める罠が待っていた、というシチュエーション・スリラー。
物語。
現代アメリカ。
クーパーは溺愛する娘ライリーのため、彼女が夢中になっている世界的歌手レディ・レイブンが出演するアリーナライブのプラチナチケットを手に入れ、父娘と会場に行く。
クーパーは妙なことに気づく。
会場には異常な数の監視カメラが設置され、警察官たちが会場内外に続々と集まっているのだ。クーパーは口の軽いスタッフから、指名手配中の切り裂き魔についてのタレコミがあり、警察がライブというトラップを仕組んだという情報を聞き出す。
娘思いの父親であるクーパーこそが、その残忍な殺人鬼だった。
監督・脚本は、M・ナイト・シャマラン。
出演は、『パール・ハーバー』『オッペンハイマー』のジョシュ・ハートネット、アリエル・ドノヒュー、サレカ・ナイト・シャマラン、『女神の見えざる手』のアリソン・ピル。
原題:『Trap』(『罠』)
邦題をずっと『TRAP トラップ』だと思っていました。
実際の警察の作戦をさらに広げて発想されたありそうでなかった物語。
この発想から設定し、まとめこんだことが技あり。
悪を主人公にしつつ、ピカレスクでも実録系でも悪同士の対決でもない、悪あがきについての物語。
そこからは、それでも生活を維持しようとする正直過ぎる欲望に生きてきたなお平穏や愛さえ求めるエネルギーを感じるほど。
それは生命力を裏側から覗くような感触がある。
見ながら、『ジョジョの奇妙な冒険』の吉良吉影を思い出していた。彼らが使うスタンドは生命力の具現化でもある。
今作ではそれが機転を利かせると言うことであり、群対個の戦いになる。群れとして、たった一つの悪玉さえ排除しようとする。
数に圧される個の悪に、数に推される個の歌姫を対比させる。そのそばに対比のように娘と恋人の歌手を置く。
共感できぬ人物の行動を見守って、応援してしまう、映画というメディアの力と共犯を試みる。
物語の多様さを覆いに感じられる。
冤罪の主人公が大勢から逃れようとする物語や大勢から一人の犯人を見つけようとする物語はあった。
で、今作はその反転ともいえる。
近いのは『ニック・オブ・タイム』。悪に操られて大勢の中で罪を犯す個人の物語、あと近作『セキュリティ・チェック』。悪は主人公でないが悪が頑張って主人公を翻弄する。
韓国映画では、悪人を主人公とする話がかなりあるので、韓国リメイクも見てみたいなぁ。
許されない欲とそれを制御しようとする正義の機能。
悪とされがちなネット社会にも正常な機能が働いていく。
シャマランは悪を主人公にすることがある。
そう見た時に『サイン』の見え方もまた変わる。
個のエネルギーのあり方など、M・ナイト・シャマランは、インド映画味(特に音楽と映画の絡み合い方)をアメリカ映画に取り込もうとしたのかもね。
中でも、コリウッド(タミル語映画)系(『RRR』とか『ムトゥ』シリーズとか)の味を。
家族での映画作りもね。これはイタリア系もそうだしね。
どんなものでさえ善の面と悪の面を持たされる時代だ。
もしかすると『アンブレイカブル』と同じ構想があるのかも。
あれは、『アンブレイカブル』(正義と悪は一枚のコインで表面)→『スプリット』(それを体現する男)→『ミスター・ガラス』(裏面へひっくり返す)の三部作で、今作は、それを悪から始めようという狙いかも。
シャマランには、それぞれの人物から見た自分の物語という語りというラインがある。
犯罪者物など悪の物語は少なくもないが、まだ悪にも物語があると、ストーリーテラーとしてはそこも掘っていく。
その掘るための強烈なようで地に足の着いたキャラと周囲の関係こそシャマランの真骨頂だったりするので、新たなシャマランが出てくる気がしてシャマランのファンとして実に楽しみ。次の人物が出てくるのを期待する。
今作は、トーンが変わるところに、どんでん返しがあり、ホラーヒーローのジャンルになっていくが、そこに地に足をつけているところが味わい。
独特のライブ描写がちょっとご都合なのは感じるけど、ステージ演出は凝っていて、楽しめる。
なんといっても、ジョッシュ・ハートネットの淡墨な味わいが実にいい。ほかにもアリソン・ピルなど実力派キャストが短くも締める。あえての歌姫キャスティングも活かされている。
なにより、どアップの正面映像など独自の映画技法を投入していて、きちんと今作ならではの味が出ているあたりは流石。
棘のある設定をうまく丸く味合わせる若さと円熟を感じる一本でございます。
制作年:2024年
製作国:アメリカ
上映時間:105分
映倫:G
スタッフ。
監督・脚本:M・ナイト・シャマラン
製作:アシュウィン・ラジャン、マーク・ビエンストック、M・ナイト・シャマラン
製作総指揮:スティーヴン・シュナイダー
キャスティング:ダグラス・エイベル
撮影:サヨムプー・ムックディプローム
プロダクションデザイン:デビー・デヴィラ
衣装デザイン:キャロライン・ダンカン
編集:ノエミ・プライスヴェルク
音楽:ヘルディス・ステファンスドッティル
配給:ワーナー・ブラザース映画
出演。
ジョシュ・ハートネット (クーパー・アボット)
アリエル・ドノヒュー (ライリー・アボット)
サレカ・ナイト・シャマラン (レディ・レイブン)
ヘイリー・ミルズ (ジョセフィン・グラント博士)
アリソン・ピル (レイチェル・アボット)
ジョナサン・ラングドン (ジェイミー)
マーク・バコルコル (スペンサー)
マーニー・マクフェイル (ジョディのママ)
キッド・カディ (ザ・シンカー/スコット・マーセラディ)
『TRAP トラップ』の会話シーンで、俳優がカメラのレンズを覗き込む単独アップでのショットが使われているが、その撮影の際、M・ナイト・シャマランはレンズにマジックミラーを取り付け、別のミラーで反射させる仕組みをつくらせて、カメラしか見えない俳優が他の俳優を見て演技できるようにしたそう。