『福運集団の社長奮闘記』

私が感動した事・驚いた事・日々感じた事をたくさん綴っていきます!

前代未聞の最悪の不祥事

2010-09-23 20:04:25 | Weblog
正義も、地に落ちた!!検察・・!




(人の心の中の邪悪を打ち払い、寄せ付けない鬼人ですが、その鬼人すらもだまし、巧妙にとり行って、人道主義の屋台骨を揺るがしている権力の魔性に対して、怒り心頭に達しているのです。二度とこうした不祥事は起こしてなならないのです。)



 地検特捜部の検事正の犯罪!!それも証拠の改竄という・・!!まったくもって、開いた口がふさがらない、何という体たらくだろうか!



 権力を持て余すと、自身の利害に心を奪われて、その牙を弱い立場の物言えぬ国民に向けてくる・・・。何と卑劣で、日本の国の人道主義の根幹を揺るがす、大変な事件である。



 はっきりいって、容疑者一人だけの問題ではないだろう。今後明らかになっていくだろうが、組織ぐるみのかかわりの疑いがあり、その裏には、よもや政権の中枢が絡んではいないだろう?が、大物の黒幕が、裏で糸を引いていたような気がしてならない。



 何かすいる小説に出てくるような話であるが、・・まさかとは思うが、事実は奇なりである。



 数年前より、政治家と検察の問題がとり立たされ、対立の構図で見ていたが、何回か繰り返すうちに、結構な裏の持ちつもたれつの良い関係ができていたりという・・。まさかそんなことはないだろうとは思うが、考えられないことが、こうして次から次に起こるという事は、まんざらでもないかもしれません・・?!



(悪の知恵は巧妙です。私たちの心のすきを縫って、たぼらかしてきます。悪は放置していてはだめです。悪とは戦わなければなりません。当然戦いは、言論戦です!追撃の手を緩めてはならないのです。月光仮面のように、悪は断じて許さないという、正義の戦いをして、悪の息の根を断つまで、闘い続けることが大事なのです。)





 いずれにしても、今回の事件で、検察への国民の信頼は、地に落ちてしまったのです。裏へ回れば、国民からの信頼をいいことに、考えられない犯罪を見えないところで手に染めてしまい、それを組織グルみで、表ざたにしないように隠しあう。・・・もってのほかです。「泥棒にも3分の理」ということわざがあるが、この体たらくは、「1分の理」もないのです。 国民をばかにするのもいい加減にしてもらいたいのです。



 仏法では、このように教えています。悪いことをしている人を見て、黙ってしらん顔をしている人と、悪いことをする人とは、同じ罪を犯した同類であると、・・。



 「直接関与した」とか、「何もしていない」とかという問題ではないのです。改ざんを知りながら黙って放置していたという事は、一緒になって真実を隠そうとしたのといっしょなのです。まったく知らなかったにせよ、最高検のトップにも事が事だけに、監督責任が当然出てきます。全てを明らかにしたのちには、けじめをきちんとつける必要があります。




(いたるところに、邪悪と戦い、悪を寄せ付けない仁王像のごとき心を持った、私たち庶民が、しっかりと権力の暴走を監視しチェックをしていかなければ、時折権力は腐敗したり、暴走したりしてしまう傾向が、常に付きまとっているのです。監視を怠ってはならないのです。)




 これが世間の常識です。人の命を守るべき警察官が、人が殺されかけているのを見て、見て見ぬふりをしているような警官は、職務怠慢で犯罪者と全く同じ人殺しに加担をしたことになるのです。弁護士も同じで、増して検察官ともなればその責任は、それ以上になります。当然監督責任で、権力があればある程、その責任は、トップにも及んでくるのです。知らなかったでは済まないのです。



 国民を「人間不信に追いやった罪」はちょっとやそっとで、取り返しがつくものではありません。影響は今後徐々に出てきて、国民全体の大きな不利益につながってくるでしょう。その罪は、測りがたく、非常に大きいのです。




 その不信を少しでも回避するためにも、ここまでするのかと、驚くくらいの、組織そうざらえの厳重な厳しい処罰と、黒幕の徹底した追及と解明を明らかにして行ってもらいたいと思います。検察自らの職務怠慢の責任をしっかりととっていただきたいと思います。決して生ぬるいといわれることのないように、信頼回復に努めてもらいたいのです。



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