mitakeつれづれなる抄

普段いろいろ見聞き感じ考え、そして出かけた先で気になることを書き綴ったブログです。

線名とは

2015年05月21日 | 鉄道
 なんか哲学めいたタイトルですいません。線名とは、鉄道で何々線というアレです。

 一昨年の入院前に鉄道のファンサイトで見かけたものですが、気になる記述がありました。
 一つは路線の解説だったのですが、東海道本線の説明において、大垣駅~関ヶ原駅間はご存じの通り、上り線と下り線が離れています。下り線の方は北側の山裾を通る別線という扱いなのですが、その件のページでは別線区間の開業日を「昭和19年10月11日」とあり、そこまでは正解なのですが、気になったのはその先の記述。
 この日付に疑問を持ったらしく、この区間は、従来の垂井駅経由の線路の下り線路を剥がして、別線に移設したもので、開業日が昭和19年と言うのはおかしいというもの。

 もう一つ中央本線の解説で、電車区間の御茶ノ水駅~三鷹駅間の複々線で、快速電車が走行する部分のことを「正式には中央急行線」とあります。

 いずれもネット徘徊の途上で見つけたもので、名前も分からず、今はもう探し出せませんが、入院の少し前でしたので、かれこれ、二年と半年近く、心に残っていました。

 そこで線名とはで、いろいろ考えていました。

 よく言われている山手線は、東京を一周している線路が山手線ではなく、品川駅が起点で、大崎駅から渋谷駅、新宿駅を経て、田端駅までの区間が正式な「山手線」です。
 前者の一周山手線の呼称は、運転系統の名前、後者の品川起点田端終点は線路戸籍上の名前だとは、比較的知られていることです。

 つまり何々線という言い方にも、三通りあるわけで、一つは、上記の後者の戸籍上の路線名、一つは、上記の運転系統の名称、もう一つは、表には出ませんが、内部で用いられる運転上の通称の名称、というのがあります。
 一般では運転系統の名称ですね。普通の方はこの電車がどこへ行くものかが知れればそれでいいので、「この電車は何々線」という言い方をします。
 戸籍上の名称とは、例えるなら道路の番号ですね。国道なら何号線、都道府県道や主要地方道なら何号線何々線、というものになりましょうか。
 道路も管理上の起点と終点がありますが、そんなご丁寧に起点から終点まで走る車なんていませんね。

 ところで、上記の大垣駅~関ヶ原駅間、下り線が別線になっている区間、国鉄時代からの「線路名称」では、垂井駅経由が東海道本線の主たる区間の線路、旧新垂井駅経由が大垣~関ヶ原間と示されています。
 しかしもう一つの線名拠所となる国土交通省届出の基本事業計画の名称では、そもそも線名が「東海道線」で、「本線」が取れて「単なる「線」になり、旧新垂井駅経由が主たる東海道線の線路、垂井駅経由が大垣~関ヶ原間の名無し支線になっています。
 この垂井付近は大変複雑で、東京起点のキロ程もなぜか混用されています。
 ある資料から、東京起点のキロ数を表示した図を作ってみました。旧新垂井経由にせよ、垂井駅経由にせよ、どちらかは、南荒尾信号場が建設上の線路起点になりますが、東京駅からのキロ数通算になっています。


 旧新垂井駅経由は、下り列車専用線なので、垂井駅経由の下り線路を移設した、という見方をされておられる方がいますが、決してそんなことは無く、国鉄時代は大垣起点関ケ原終点の名無し支線でした。
 大垣駅~南尾荒尾信号場間は重複区間ですが、国鉄時代の線路名称は、運送を行う区間を明示したもので、具体的な軌道線路を表したものではないです。
 具体的な軌道線路を表す呼称は、建設上の名称になります。
 さらに、運転取り扱い上の名称である「運転線路名」というのもあり、例えば、神奈川県の根岸線本郷台駅から大船駅へ至る単線の貨物線用の単線連絡線があります。ここは、駅間本線路ではなく、大船駅構内の扱いになりますが、この単線、運転扱いでは通称「通路線」呼ばれています。
 このように、○○線、でもどれに拠るのか、判断しないと複雑です・・・と言うのは私のような鉄ヲタだけでしょうが。
 上記の「中央急行線」というのは、運転扱い上の呼称です。急行とは今の快速電車で、以前は急行と称していました。その急行が走行する線路ゆえ、急行線。
 ちなみに総武線とも呼ばれている黄色の各停電車が走る線路は「中央緩行線」です。


 最近では、神田駅近くで、使用済みの架線柱が転倒して、山手線線路に支障していたというニュースがありました。
 これも世間の通例で、「山手線の電車が走行する線路」で山手線という呼び方をされたと思いますし、あそこの複々線区間の運転線路名称で、「京浜東北北行き」「山手内回り」「山手外回り」「京浜東北南行き」という呼び方をされているようです。
 現場は、運輸区間としての線路名称としては、「東北本線」なのですが、しかし一方で、この区間は汽車区間に対する電車区間なので、「電車北行き外側線」「電車北行き内側線」という呼称もあったような資料を見たことがあります。


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