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mitakeつれづれなる抄

普段いろいろ見聞き感じ考え、そして出かけた先で気になることを書き綴ったブログです。

京都市内の宿泊税は200円~1000円・三段階・2018年秋導入

2017年09月14日 | 京都
 京都新聞web版記事からです。以前、弊ブログでも書きました、京都市内の宿泊施設で宿はする人に対して課税する「宿泊税」の税額は、宿泊料金に応じて3段階に分け、200円~1000円と定めたそうです。
記事:京都市宿泊税、2万円未満は200円 料金で3段階に
 先行導入事例の東京都と大阪市では安い宿泊料金の場合、非課税となっていますが、京都市では、全ての宿泊者から徴収するとのことです。

 宿泊料金、2万円未満=200円、2万~5万円未満=500円、5万円超=1000円とのこと。
 ただし、修学旅行の人(生徒だけなのか、引率者も含むのかそれは不明確)は課税対象ではないとのこと。
 市内全ての宿泊施設で適用する、とのこと。
 つまり、一般の民家を用いた民泊でも対象で、徴収した収入は、文化財の保護や景観保存などに用いられるとのこと。

 先般も報道されていましたが、京都市内、大変外国人が多いそうですね。私が体調を崩し始めた時に、増えているな、とは感じたものの、今やその比ではないらしい。その増えている外国人の主な宿泊先は安い民泊だそうです。民泊は、普通の民家を宿泊施設とするもので、都市基盤整備など行政(市)から相応のサービスがある、という考えから、住民税のようなものを一時的な滞在者である宿泊者から徴収する考え方。

 市内全域の宿泊施設が対象とのことで、右京区の水尾でも宿泊税なのでしょうか。水尾というのは、保津峡から少し入った山間部の過疎地で、ゆずの里として知られています。最近はこのゆずを用いた、ゆず風呂で日帰り入浴などで町おこし(村おこし)にも頑張っておられます。そういう地で、都市基盤整備と言われてもねぇ。
 そうか都市部でなくとも、上下水道の恩恵を受けているわけですし。

 こうしてウダウダ書いている、ということは、宿泊税は反対の立場です。理論的ではなく、感情的に。なんで宿泊料金に上乗せされて徴収されなければならないのか、要するに出すのは嫌、というまことに困ったちゃんです。
 京都市で宿泊することは無いので影響はありませんが、今後泊まらざるを得ない様な場合は、大津市などに避難するのかもしれません。


 実施予定は2018年10月をメドとのこと。

京都市内の宿泊施設に宿泊する人に課税する「宿泊税」の検討

2017年08月09日 | 京都
 京都新聞web版記事からです。京都市では、法定外目的税として、市内の宿泊施設に宿泊する人に課税を行い、得た収益で観光客の増加によって引き起こされる諸問題の解決の費用に充てようという、「宿泊税」という法定外目的税の導入を検討しているそうです。

記事:宿泊税、民泊への指導が課題 京都市、18年度導入へ

 宿泊施設には、ホテル、旅館、民宿の他、民家を用いた「民泊」も対象とする、ということで、先行例として東京都が導入している宿泊税を参考に、1人1泊100円~300円程度を検討している、とのことです。

 宿泊税先行例の東京都と大阪市では、宿泊料金一人1泊10000万円以上の料金に対して課税しておりますが、京都市では1万円以下のお客にも負担を求める、とのことです。
 しかし修学旅行客は対象外だとのこと。


***
 宿泊税ですか、市内の宿泊機関に宿泊する人からは一律に取り立てるもので、何だか嫌な感じです。
 京都市は外来の観光客が多く、都市基盤整備に市税から捻出するのには限度があり、そのため観光客も一定の市のサービスを受けるという考えから、昭和の末期に、「古都保存協力税(通称、古都税)」を導入したものの、寺社の猛反対で、有名・有力寺社が拝観停止となり、その影響は極めて大きいことから、撤回した事例があります。

 京都市は今、日本人だけでなく外国人の観光客が大変多いそうですね。体調を崩す前は、神戸への行き帰りにちょくちょく立ち寄っていましたが、個人旅行の外国人はそれほどでもなかったです。
 増えた外国人の多くは中国人だそうで、少し前までは、団体旅行での買い物ツアーで日本へ来た中国人が、今度は個人で日本に旅行に来るスタイルに移っているそうで、市内のバスも、中国人が持ち込む旅行用大型トランクで通路が塞がれ、一般のバス利用者に迷惑がかかっているそうです。
 その中国人は、民泊利用者で、民泊周辺の環境整備でも費用がかかり、その費用をねん出するための宿泊税でもあるそうです。

 しかし、宿泊する人から一律に取り立てるのは、何だか感じが悪いわ。私は出すのは舌でも嫌やというシブチンですが、京都市で宿泊することはこの先も無いと思うので、自信の身に影響することはありません。京都市ぐらいなら、自宅まで帰られますので。


 この宿泊税のニュースで、東京都で既に導入されているということを知りました。東京都の場合は、一人1泊10000円以上の宿泊料金に対して課税されるもので、税収の使途は、旅行者に分かりいい案内サインの整備や、官公案内所の運営に充てるとのことです。⇒東京都主税局のページ・宿泊税Q&A

 素泊まり100000円を越えなければ課税はされないわけで、しかし都内で宿泊すれば1万円を超すでしょうから、都内では泊まりたくないです。もし宿泊せざるを得ないことになりそうなら、従妹の家にお邪魔しようかな・・・などとも考えてしまいます。いえいえ実行は致しません。
横浜か埼玉県へ移動するのかもしれません。

 旅行社は一人一人は、その場所への滞在時間はそう長くは無いですが、その数が多くなると、自治体としては都市基盤整備の費用も大きなものとなります。その費用のための旅行者からの費用徴収ですが、正直なんだかなねぇ・・・、と思います。
 同じ日本人同士なら、すまいする自治体へも観光客は来るでしょうし、お互いさまのような気がします。
 となると、旅行社向けの都市基盤整備は、地方交付税を増額しても良さそうに思います。あくまで私見ですよ。

夏・海の無い京都でハモが有名なのはなぜ

2017年07月05日 | 京都
 ツイッターで見知った情報からです。AERAの記事で海の無い京都でハモが名物になったのはなぜか?という企画記事がありました。
記事:なぜ、海のない京都で「ハモ」が名物なのか?

 祇園祭が始まり、祇園祭は別名「ハモ祭」とも言われるほど京都(市中心部)えはこの季節、ハモが名物になります。
 私は京都市内でこの名物ハモを頂いたことはありませんが、たしかに料亭だけでなく、各所でハモのお料理が出されているそうです。

 以前、伺った理由では、夏の京都でハモが名物になったのは、
・京都は海から遠い
・ハモは頭を落としてもまだ生きてるほどの生命力がある
・そういう魚だからおそ、海から揚げても、京都まで運べた

 という理由だと伺いました。さらにAERAの記事では、

・ハモは小骨が多く、骨切りという特殊で繊細な包丁さばきが必要
・京はそうした料理職人が多くいた

 という複合の理由であるとのことです。
 なるほどですね。

 AERA記事とは関係ありませんが、Youtubeに鱧の骨切りの動画があります。
鱧(ハモ)を卸す。「京酒房 藤かわ」京都の鱧の卸し方をアップしてみた。


***動画追加***
すみません、骨切りの部分が映っていませんでしたので、骨切りの動画を追加して載せます。
△はも(骨切)


 骨切りの包丁は、皮一枚を残して切るのが技術(腕)です。

 祇園祭は、7月1日から31日までの八坂神社の夏の諸神事の総称で、その中の一つ、ご神体を載せた神輿が7月17日にお出ましになられ、7月24日にお遷りになられる間が祭の中心です。
 このお出ましになるのが神幸祭、お遷りになるのが神遷祭で、それぞれに先立って開催されるのが山鉾巡行。
 山鉾巡行は盛大に、今の時代は交通規制をかけてまで開催されるので、一見これが祭のそのもののように見えますが、あくまで祇園祭の協賛行事です。

祇園祭の鷹山お囃子が復興

2017年06月19日 | 京都
 京都新聞web版記事からです。今年ももうすぐ祇園祭の季節がやってきますが、かつて山鉾巡行に参加していた山と鉾のうち、元治のどんどん焼で焼けてしまい、現存しないものを「焼け山」とか「休み山」とか言われていますが、この焼け山の一つ、復興の動きがでている鷹山(たかやま)が、巡行の際に奏でる祇園囃子を復興させ、宵山で演奏を公開しようということだそうです。

記事:祇園祭・鷹山の鉦、復興への響き 宵山演奏へ再現

 鷹山の復興の動きは、以前にKBS京都ラジオでも町会の方をお呼びして、お話を聞かれていましたが、山自体を復興するには、それこそ大金が必要で、先ずは囃子から復興させたい、ゆくゆくは宵山でも演奏したい、ということでしたが、今年はいよいよお囃子が公開演奏されるのですね。

 鷹山は、中京区三条通室町西入ル衣棚町に所在するもので、祇園祭の7月13日の宵々々々山ともいうべき、プレ宵山の日にこの頃も棚町にも行ってみましたが、近くのお祭りとは違い、ひっそりしていました。

 昨年から巡行に参加することとなった、大船鉾(凱旋船鉾)もかつては焼け山で、先ずは囃子の復興から始まり、宵山の日には演奏している様子を拝見しました。

 さらに菊水鉾もかつては焼け山で、昭和28年に復興したものですが、こちらもまずはお囃子から復興しました。
 鷹山は伝えられるところによれば、山とは言うものの、鉾の構造した曳き山で、後祭(あとのまつり)に参加していた山だそうです。
 しかも巡行のしんがりである大船鉾の一つ前と位置が決まっていた、「くじとらず」の存在。

 鷹山は復興の方向ですが、まだ布袋山(中京区蛸薬師通室町西入姥柳町)が焼け山(休み山)でいます。こちらは前祭(さきのまつり)の巡行に参加していた山だそうです。

 参考画像。復元復興中の大船鉾。

上皇の京都滞在を国に要望

2017年06月12日 | 京都
 京都新聞web版記事からです。京都市は上皇の京都滞在を、国に要望したい旨を表明したとのことです。

記事:「上皇」京都滞在、国に要望へ 市長、特例法成立で

 今上天皇の一代限り、御退位を認め、退位後は上皇と敬称されることが決まり、これを受けて、後続の一部に京都に住まいしていただきたい旨の要望を国に行う考えであるとの京都市長の弁だそうです。

 「双京構想」というのだそうです。明治維新で、当時の明治天皇は京都から江戸に向かわれ、結局そこを住まいとされてしまったので、東の京、すなわち東京と称するようになってしまいましたが、京都市民の中には、「天皇さんは一時、東京に行かはっておらるだけ」という方が実際にいます。

 天皇だけでなく、皇族がこぞって東京へ移ってしまったのは、京都経済にとって大変な痛手となったもので、皮肉にもこれが現在の京都観光ブームともなったものです。
 つまり京都経済が沈滞し、近代以降に街が大きく変わることが少なく、結果的に、古いものが多く残る街となりました。

 ちなみに、現在でも日本の首都は京都である、という考えがあります。
 天皇の位を象徴する玉座は高御座で、即位の礼ではこの高御座に新天皇が座られます。
 この高御座が、京都御所にあるわけで、現在の今上天皇の即位の礼では、高御座を京都から東京まで運びました。
 高御座が京都にある、ということは天皇の身自身がどこにいようとも、天皇の正位置は京都、ということで、京都が日本の首都、という考えだそうです。

 そんなことは兎も角、上皇がどこにお住まいになるのか、私は陛下ご自身が決められれば、と思いますが。