Club野風増   岐阜・本巣100夢プロジェクト!

自転車、登山、テレマークスキー、カヌー・・・そんな情報が満載ですよ!!

祭り旅 泉州岸和田・だんじり祭りへ!

2011-09-21 17:24:28 | 祭り旅
《祭り旅 泉州岸和田・だんじり祭りへ!》
死者も出るという激しい祭り・・・岸和田のだんじり祭へ行ってきました。その歴史は300年前よりとか。その起源は五穀豊穣を願う稲荷祭り・・・火入れ曳行の宵宮祭、宮入りから始まる本宮祭・・・なんといっても凄いのが曳行・・・「やりまわし」と呼ばれるコーナーでの方向転換は見せ場でもあり、また事故の起きる危険な場面でもあるそうです。

動画です・・・
http://peevee.tv/v?90gf2e

「だんじり」・・・総欅造りの山車は4トンあまり、豪華な彫刻が施されています。それを500人以上の氏子(各組の方々)が「だんじり」を引っ張るのです。山車の中では、和太鼓、鉦、篠笛などでお囃子が・・・22台の山車を曳行・・・独特の雰囲気がかもし出されます。


(全速力でだんじりがやってきます)
南海電車にて岸和田駅へ・・・駅前よりアーケード街へ向かいます。祭りがなければどこにでもあるような地方都市・・・のんびりと散策を楽しみます。

商店街の方より祭り情報を・・・これが肝心!地元ならではのレアな穴場を入手するのが祭りを楽しむコツのようです。だんじりの通るコースは決まっていますが、交差点での見学は禁止・・・警備の方に追いやられます。きっちりとリサーチ・・・下見をします。


(祭りの華、大工方)
あとは経験と勘!?・・・歩き回ってポイントを見つけました。ランカン橋の角・・・派出所の前に陣取りました。「やりまわし」もばっちりと見れそうな場所でした。

やがて駅方面よりざわめきが・・・やって来ました。映像でしか見たことのないだんじりが・・・引き方の方も凄い・・・その数は500人とも・・・全て組(町内)の方々だそうです。


(女子連!?)
掛け声に従い、山車がスピードアップ・・・だんじりの走る方向を指揮しているのでしょう、屋根の上の大工方(だいくがた)は花形・・・屋根の上を飛び跳ねる姿は格好よいの一言です。落ちたら最悪ですが・・・

だんじりに女性は乗れない(子供はよさそう)・・・引き方には多くの女性が・・・細かく三つ編みされたヘアスタイルが素敵でした。


(なんとも勇壮!)
岸和田のだんじりといえばその過激さ・・・民家の庇や壁に当って壊すのはザラだそうです。横転もあるとか・・・泉州の方の気性は過激のようです。


(無題)
午後1時過ぎ・・・東方向から・・・北方向からと次から次へとだんじりがやって来ます。総数は20台以上とか・・・目の前で繰り広げられる祭りの迫力は凄すぎ・・・やはり祭りはライブが一番・・・感動の度合います。この目で見たものだけが真実!!


(二日間で60万人とか)
午後3時頃のメインストリートには人の海が・・・もう近づくこともできません。この雑踏も祭りを盛り上げる演出の一つかも・・・!


(カーネーション コシノ洋裁店)
この秋に始まる朝ドラ・・・「カーネーション」のモデルとなった小篠さんの洋裁店・・・オートクチュール、あのコシノ三姉妹の母のお店でした。岸和田の出身・・・だんじりへの熱い思いが世界へ羽ばたいたのでしょう。

日本の祭りは素敵・・・また次の祭りを探し、出かけたいなと・・・!

岸和田の方は気が荒い!??(それは河内以上とか)・・・とても激しい祭りでもありました。
http://www.youtube.com/watch?v=uihvpi7qFG8

輪旅 越前海岸を走る!

2011-09-14 09:57:31 | 自転車旅
《輪旅 越前海岸を走る!》
 暑い夏はたまりません!・・・少しでも涼しい場所をと越前海岸へ行ってきました。プランニングは京都のクラブさん・・・餌が良すぎました。「越前海岸でお刺身定食を!」釣り針が見え隠れしているのにパクッと(笑)

 久々の輪行旅・・・地元で頑張る第三セクター経営の樽見鉄道(旧国鉄樽見線 大垣駅~樽見駅間)に乗り込み、大垣駅~米原駅~敦賀駅~湯尾駅と乗り継ぎます。


(武生郊外の田園地帯)
 湯尾(ゆのお)駅は無人駅・・・日陰で自転車を組み立て、走り始めます。流石は9月、日差しはまだまだ強いものの、風は秋・・・さわやかさがありました。昔の北陸道(北国街道)でしょうか、歴史を重ねた民家の佇まいの中をうねうねと走って行きます。芭蕉も「奥の細道」の帰り道、大垣に向かって歩いたのでしょう。


(中津原トンネル)
 王子保(おうしお)駅あたりで左折し、山間部へと入って行きます。妙法寺・・・古刹でしょうか。国道8号線を横切り、更に西進。やがて峠道へ・・・ギアを落とし、木陰を探しながら重いペダルを踏んで行きます。今日の最高点!?・・・トンネルの中は涼しく、吹き抜ける風は最高でした。


(府中馬借街道)
 馬借(ばしゃく)街道とは鎌倉時代より、旧河野村今泉浦と府中(越前国府 武生)を結ぶ人や物資の流通路でした。正式には府中西街道、通称府中馬借街道と呼ばれていた現存する古道ですが、神山地区では昔からこの古道を馬借街道と呼んいるそうです。北国街道に加え、北前舟の旧河野村と越前、京都、大阪を結んだ地域道路です。

 馬借とは馬を荷役に使って輸送を行っていた人達をいいます。豊臣秀吉や前田利家の軍勢もこの街道を通って府中へ出陣したといわれているそうです。今泉浦からは塩や海産物、府中からは米、鍬や鎌、漆器、和紙などが運ばれたという。明治に入り北陸線の開通とともに馬借による物資の流通は衰えました・・・以上、とあるサイトより


(日本海 海の幸)
 富山に続き福井でも・・・内陸県に住むものにとって鮮度の良い魚類は有り難いの一言・・・とてもリーズナブルなお刺身定食をいただきました。その身の厚さは格別・・・口の中でとろける!?・・・大満足でした。


(敦賀湾 向うは敦賀半島)
 天気は快晴・・・逆光の中、キラキラと輝く海面の向こうには敦賀半島がシルエットに・・・秋を感じさせる雲がまた素敵でした。


(敦賀市に向かって快走)
 向かい風・・・浜風というのでしょうか、午後になると海辺では強い風が吹くようです。生憎の向かい風に・・・皆が無口になり、ひたすらペダルを漕いで行きます。大きな船舶が停泊している辺りがフェリー乗り場でしょうか・・・ここまで来れば敦賀駅は近いようです。

 さわやかな一日・・・そんな休日を過ごせたことに感謝を申し上げます。参加の皆様、ありがとうございました!

輪旅 越中八尾から新湊、岩瀬へ!

2011-09-07 21:35:53 | 自転車旅
《輪旅 越中八尾から新湊、岩瀬へ!》
 気持ちのよい朝・・・今日も走るぞと。先ずは八尾の街並み散策・・・昨夜の祭りがウソのように普通の生活がありました。

 ゛水音が聞こえない゛そう思って、太田とめは足をとめた。高山線の八尾駅の近くにある自分の家から、一気に長い坂一つを登って来た。七十歳をこした身にはこの坂がこたえる。越中八尾と呼ばれる富山県婦負郡八尾町には、坂の町という別名があって----高橋治著「風の盆恋歌」より


(八尾の街並み)
 日本の道百選というのがあるそうで、諏訪町本通りが選ばれている。この坂の雰囲気がまたいい・・・自転車をゆっくりと漕ぎながら坂の上へ・・・振り返って見下ろす感じも素敵でした。


(癒しの風景)
 八尾の町より県道25号を西進して山田温泉方面へ・・・行き成りの激坂に汗が噴出す。三杯お代わりをした朝食の一杯をすでに消費してしまったようです。サポートのSさんより冷えたスポーツドリンクとチョコの差し入れがありました。

 中瀬の辺りで県道59号に出会い、北進して新湊市へ向かいます。


(海王丸)
 新湊市、富山新港に隣接する海王丸パークへ・・・そこに浮かぶ帆船が海王丸。その優美な姿は海の貴婦人に相応しい・・・今もその帆はボランティアの方々が上げ下げをしているとか。

 海王丸(かいおうまる)は、日本の航海練習船で大型練習帆船。初代海王丸と、2代目の海王丸II世がある。初代海王丸は1930年(昭和5年)進水、約半世紀にわたり「海の貴婦人」として親しまれ、1984年(昭和59年)引退、海王丸II世がそのあとを引き継いだ。姉妹船として日本丸がある・・・とあるサイトより


(海の幸)
 富山湾といえば海の幸・・・海なし県に住む私としては外せない課題!?です。ブリ、ホタルイカ、甘エビ、岩ガキ、クロマグロ、ベニズワイガニ、バイ貝・・・中でも富山湾の宝石と呼ばれるシロエビと岩ガキは今が旬とか・・・涙が出るほど美味しかったのは言うまでもありません(笑)海王丸パークの中にあるレストランはリーズナブルでお勧め。おまけもしていただいたので・・・


(万葉線・越ノ潟駅)
 海王丸パークより向きを東に変えて進みます。そこには素敵な赤い電車が・・・噂の万葉線のようです。路面電車を廃止した岐阜市内とは大違い・・・電車の走る街は魅力に満ちているように思いました。

 万葉線は、正式には高岡駅前駅から六渡寺駅までが高岡軌道線(軌道)、六渡寺駅から越ノ潟駅までが新湊港線(鉄道)というように2路線に分かれているが、一体の路線「万葉線」として運行されている。かつて越中国守として高岡の伏木に赴任した大伴家持が、『万葉集』の編集をはじめ、数多くの歌を残したことにちなんで、加越能鉄道時代の1980年(昭和55年)に「万葉線」という愛称が付けられた・・・とあるサイトより


(臨港道路富山新港東西線・建設中の橋)
 越ノ潟駅が終点・・・その先は海(富山新港)・・・隣りにそびえる巨大な橋は建設中のため、無料の渡船に乗りました。自転車での船旅・・・これも優雅で素敵です。

 更に海岸線を・・・防波堤?の上を走って富山市内を目指します。もう秋なのか、浜で泳ぐ人はいなく、バーベキュウの家族連れが目立ちます。岩ガキでも焼いているのでしょうか・・・


(富岩運河)
 岩瀬大町・・・ここは江戸時代に行き来した北前船の寄港地で、かつて繁栄した回船問屋・森家の佇まいに往時を偲ぶことができます。富山ライトレール・・・ここより、遠方からの参加者は輪行にて帰途へ・・・ポートラムというのでしょうか、近未来的な車両は格好良い・・・

 神通川に沿って運河がありました。富岩運河・・・とがん、富山駅と岩瀬を結ぶからでしょうか。それは、スエズ運河やパナマ運河のように、陸地の高低差を閘門(水門)で調整しながら船が進む運河でした。ちょっとオランダの雰囲気が・・・

 富山駅前で解散・・・今回は、地元の富山サイクリングクラブさんの企画・・・立山信仰芦峅寺、ミステリアスな池原隧道、坂の町八尾、優美な風の盆、老舗旅館、海王丸、北前船回船問屋、運河、富山地鉄、ライトレール、映画のロケ地、海の幸・・・盛りだくさん過ぎて感動のるつぼに・・・10年富山に通っても体験できないほどの中身の濃さでした。感謝感激!・・・富山CCの皆様、素敵なエスコートをありがとうございました。


輪旅 立山・芦峅寺より八尾へ!

2011-09-07 21:20:27 | 自転車旅
《輪旅 立山・芦峅寺より八尾へ!》
 富山駅より富山地方鉄道のサイクルトレインにて立山駅へ。なんと、座席の両側が外され、10台以上の自転車が乗せられる・・・とても進んでいます。富山地鉄・・・途中の駅舎も凄い・・・まるで昭和30~40年代・・・とても哀愁に満ちていました。


(富山地鉄)
 立山駅、ここはアルペンルート富山側の起点ということで賑わっていました。先ずは立山カルデラの勉強を・・・次に、立山山麓スキー場へ。ここよりゴンドラにて展望台へという予定でしたが、生憎の天気で断念・・・ペンション・プモリでチキンカレーのランチを楽しみました。


(布橋)
 スキー場より富山平野に向かって下り、芦峅寺まんだら公園へと入っていきます。立山は信仰の山・・・かつては芦峅寺より信者の方々がこの布橋を渡って立山の雄山へと向かったのだそうです。この橋の手前がこの世、橋を渡ればあの世だったとか・・・そのくらいの覚悟で立山に登ったのでしょう。


(映画・剣岳点の記)
 明治の時代、陸地測量部(現・国土地理院)が剣岳の山頂に三角点を設置する時のドキュメント映画・・・この映画の撮影時、富山駅としてロケがされたのが富山地鉄の「岩峅寺駅」でした。改札の金属製の手すりも木製に・・・改札も明治の雰囲気が。撮影時のスナップ写真が駅の待合室に飾ってありました。

 雄山神社へ・・・上滝駅より富山平野の南縁を西進して福沢集落・・・ここより県道67号へ入ります。ようやく田舎道に・・・まだまだ緑の濃い稲にはお米が実りはじめていました。ぐんぐんと高度を上げ、西俣へ・・・


(酷道!?池原隧道)
 この先が池原隧道・・・災害のせいか、柵で通行止め・・・車両は通れないようです。狭くて薄暗くて不気味・・・そんなトンネルが三つもありました。苔むして滑りやすい道は恐怖・・・転倒はしたくないものです。


(富山平野)
 下り立ったところが寺家公園・・・ちょっと一息です。ここよりは広々とした富山平野を走ります。田んぼの緑が目に優しい・・・快調に自転車を走らせます。JR高山線笹津駅に立ち寄り、更に神通川を渡り、県道25号にて八尾へと向かいました。


(八尾・宮田旅館)
 今宵の宿は宮田旅館・・・タレント・柴田理恵の母方の実家だとか。なかなか情緒のある老舗旅館・・・以前、八尾を訪れた時、一生こんな宿には泊まれないだろうなと思ったものでした。


(おわら風の盆)
 素敵な食事とお酒・・・その後には風の盆の前夜祭へ。とても混みあうという本祭よりは人出が少なく、目の前で情緒のある踊りを見ることができました。胡弓と三味線の音が心に沁みます。優美な女踊り、りりしい男踊り・・・何か違う世界へと引き込まれそう!・・・そんな魅力にあふれています。

輪旅 五箇山・こきりこ踊りと相倉集落へ!

2011-09-04 17:28:08 | 自転車旅
《輪旅 五箇山・こきりこ踊りと相倉集落へ!》
 ずっと頭の中に残っていたこきりこ踊り・・・ようやく訪れることができました。場所は越中五箇山、とても辺鄙な山郷で、庄川に沿って続く小さな集落は、その自然の厳しさゆえに伝統芸能も残ったようです。

 その起源は、木曽義仲が戦った倶利伽羅峠の時代からとも・・・その時の落ち武者が住み着いたのでしょうか。

 こきりこ節は日本で一番古い民謡です。こきりこは田楽から派生し、田踊りとして発展しました。田楽や田踊りは、五穀豊穣を祈り、百姓の労をねぎらうため、田楽法師と呼ばれる職業芸能人たちが田植えや稲刈りの間に行った踊りでした・・・とあるサイトより


(ささら)
 こきりこ踊りの特別披露が行われていました。本祭りは9月の下旬・・・機会がなく、訪れることをあきらめていたのがようやく実現しました。五箇山下梨・・・重要文化財となる白山宮の舞殿で、シデ踊り、手踊り、ささら踊りが披露されています。

 衣装がとても素敵・・・りりしい男踊りは勇壮・・・笠の先の飾りは山鳥の羽だそうです。


(あでやか)
 女性もきりっとしてりりしい・・・昔の日本人って、男も女もりりしく、ぴりっとした雰囲気を持っていたように感じました。


(相倉)
 相倉(あいのくら)の合掌集落を訪れました。白川郷荻町、五箇山菅沼、相倉の合掌集落は世界遺産だそうです。相倉の集落は、メインの道路より数キロ上がった高台にあるため、手付かずといった雰囲気がとても良い・・・懐かしい田舎の感じでした。


(道が素敵)
 たまたまなのでしょうか、人影も少なく、合掌の里をどっぷりと堪能することができました。ここは移築した観光施設ではなく、今も生活を続けているという民家でした。庭先に干された洗濯物が家も生きているとい印象を受けました。


(富山駅前の繁華街で夕食)
 世界でここだけという白海老、夏が旬の岩牡蠣・・・富山湾で採れる海の幸は絶品・・・日本一住みやすい町は間違いがありませんでした。


(富山ブラック)
 以前より気になっていた富山ブラックラーメン・・・黒いスープの秘密はイカ墨とか・・・本家のお店ではなかったせいでしょか、思ったより黒くはありませんでした。お味・・・意外とあっさり系でした。

 三年後には富山にも新幹線が開通とか・・・そのよさが失われるのか、それとも魅力的な地方都市で残れるのか・・・後者であって欲しいと願います。