時事解説「ディストピア」

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支部の問題について

2013-03-21 23:42:08 | 反共左翼
筆者はこんだけ文句をつけておいて実は党員でも何でもない。
完全に一般ピープルで、ただ政策面から支持しているだけに過ぎない。

同時に、北朝鮮をつぶすためなら嘘でも何でも書く萩原遼とかいう
糞ジジイと、創る会メンバーの井沢元彦をさん付けで評価する
加藤哲郎(堂々と歴史修正主義に危機感を持つと発言している)をみて
反共左翼の偽物性に反発を覚えたからというのもある。

よって、内部事情については無知なのだが、
共産党の党員が管理するブログを読んでいて
この党の問題性について気がついたことがある。

支部にやる気のない奴が多すぎる。

やる気のある党員も確かに存在するし、
そういう人のブログを読むのは楽しいのだが、
内部の話をグチグチ言って自分を正当化する連中も多い。

特に元党員が多いのだが自分が被害者なんだという雰囲気たっぷりに
難癖をつけて自分では何一つ提案もせず、たそがれている。

私が反共左翼の言い分を聞いているときに常に感じるのが
支部の責任を全く無視していることだ。

現場は正しい、中央が間違いといった思い込みが
末端の連中にある限り、共産党も苦戦するかもしれない。

追記~民主集中制批判について

民主集中制を批判する人間は決まって
共産党の派閥を認めない方針を批判する。


市民団体なら、各員が好き勝手な意見を吐いてもいいと思うが、政党で
それでは、結局のところ何がしたいのかよくわからない烏合の衆になってしまう。
党内の派閥抗争に明け暮れる珍団体で終わってしまうではないか。

民衆がある政党を支持するのは、党の運営が
クリーンかどうかではなく、政策が納得できるかどうか、
与党と日ごろから論戦し、結果を出しているかどうかだ。

一般人は党内がどうだろうと確かな実行力と政策が
あれば支持してくれるのだから、その辺を理解してほしいなと思う。



ちなみに、私が共産党を支持したのは、
政策や主張に共感できる部分が多々あるからである。

逆に反共左翼に違和感を感じるのは、簡単に右翼と連携し、
はっきりいって極右と違いが感じられないからである。
(萩原遼とか有田とか藤岡とか変なのばっかりだよ)

民主集中制批判の問題について(メモ)

2013-03-21 21:43:07 | 反共左翼
反共左翼の中には共産党は民主集中制だからいかんのだ
というあまりにも物事を単純化した議論が目立ちます。

民主集中制というのは、民主主義と中央集権とをミックスした
組織論で、幾度・幾重もの議論を通して決定した事項は
すべての党員が順守するというものです。

ですから、理論上は大勢の人間によって共有されるので、
中央の人間も自由が制限されるようになっています。
(この点への言及は皆無に近い)


ところで、この民主集中制は社会主義国家の政治体制を指す言葉でもあり、
独裁体制と同一視して語る論調が学者の中にもかなりいるのですが、
それらは民主集中制が天皇制やファシズムとどこが同じでどこが違うのか
という検討が不十分なものであり、同制度を罵倒するだけに終わっています。


前述したように、民主集中制は民主主義と中央集権の混合形態ですが、
批判者の多くは、後者の中央集権の点にのみ言及し、
民主主義の問題性については議論がされません。


衆愚政治への堕落というデモクラシーが持つ問題への批判が
この件に関して欠落しているように感じます。

私としては、沖縄集団自決や慰安婦、強制連行が天皇制だけで
説明できないように、ソ連史においては、もっと多角的な解析が
必要だと思います。その点において、体制を破壊すれば万事解決
という楽観論には賛成できかねません。

追加するならば、国家論と政党論とを混同していると思います。
政党とは、理論上、考えを同じくした人間が政策実現のため結成した組織で
この点においては、民主集中制は実に政党らしい政党を築くと思います。

現に、社会党は右派も左派も交えた混ぜこぜ御飯で、
日本の右傾化および自衛隊の容認を行ったために、右派左派両者から
見限られて、分裂、解体。今は議席を取る気があるのかと疑う状態になっています。

他方、あれほど共産主義がバッシングされながらその直後の選挙では
議席を伸ばしており、2003年後の大敗後も一定数の議席(9)を維持しています。
社民党はちなみに2012年度で5。過去最低です。

単純に民主集中制自体に問題があるとすれば、この議席の増減や
天皇制批判や反原発、歴史問題など社民党と共通する見解について
説明ができません。自民党のような分派主義の政党が戦後一貫して
保守派であった理由も説明がつきません。

いい加減、イデオロギーに基づく見解は控えたほうが良いと思います。

反原発と加藤恐怖哲学

2013-03-21 01:44:02 | 反共左翼
隕石とか大本営発表とか、物騒な言葉を羅列することでしか
自身の意見を正当化できない加藤哲郎。

こいつの恐怖哲学に基づく直接行動論が
どれだけ間違っているかは福島原発を考えればすぐにわかる。

福島第2原発を受け入れた双葉町は町自体が推進派で、
あの事故は加害者が被害者になっていたのだ。

その点を全く無視して東電や政府といった
権力者ばかりを攻撃し、地方自治体、それも
加害者でもある被害者に対しては無視されている。

いざ地元の市民に対してお前たちは
間違っているからやめろなんて言えるだろうか?


恐怖哲学では、極端な見解をとり恐怖を煽ることで
自分を正当化する。だが、それはあくまでも第3者に
訴えるためのテクニックで、相手が賛成・反対を決める当人
だった場合に、この手法は逆効果になる。

実際、60年代の全共闘はこれで自滅したのである。

議会が存在する以上、議会を通して法案を可決し、
意見を通すのがあるべき姿である。議会無視の直接行動論は
必ずどこかで挫折する。

政治学者と言っても、彼は議会や組織論の専門家ではない。
武田邦彦が工業学者でありながら温暖化嘘論を言っているのと
同様に、彼もまた社会運動家(ましてや思想家ならなおさら)としては
終わっていると断言できよう。

とはいえ、20日にアメリカから帰ってきたとか
ほざいているから、結局のところ彼は学者であって
運動家にはなれないのだろう。

そこが彼の限界であり、彼がペテンである証拠である。

本人もその辺がわかっているから、
温暖化反対と言いながら温暖化否定論の男の動画を
貼ったり、猪瀬「さん」のホームページを
紹介しながら、歴史教科書改変反対が叫べるのだろう。

そもそも朝鮮新報を読めば
如何に自分が在日朝鮮人に非道いことを
しているかがわかるはずだが、無頓着だ。

こういう自覚しない悪こそ最も厄介で最も残忍だと私は思う。