暇つぶしです

私が思いついた事を書くだけのブログです。

女性だからって

2018-04-29 10:00:55 | Weblog
 女性だからって

 日本で、夫婦別姓に関する、法案提出の話があった。多分、私が、中学生ぐらいの頃だったと思うのだけれども。それに関する、私のブログ記事について、批判するコメントが付いていたけれども。
 だけど。あれではダメだと思う。だって、『夫婦別姓に反対する男性は、女性の敵だ』みたいな、言い方だと。
 女性だって、夫婦別姓に反対の人は、いたと思うけれども。
 『女性だから、みんな夫婦別姓の法案に賛成のはずだ』という、考えを、前提にするのは、おかしいと思う。
 多分、そんな事は、ないはずなので。
 で、“敵”を言うでしょう。『この法案に反対する男性は、女性の敵だ』と。

 「スーパーマーケットならば、沢山、商品が並んでいる事が、良い事だと分かるのに。なぜ、思想に関しては、同じでないとダメ、という人達が、大勢いるのだろう」という話だけれども。
 “批判”を否定するのだよね。
 で、『私の意見に、みんな、賛成でないといけない』『反対する人達は、敵だ』と。
 そういう考えの人達が、大勢いるから、『思想の多様性が認められない』と。

 『同調圧力』とか言っている人達が、正しい人達だとは思えないのだよね。
 ただ、現実問題として言えば、『同調圧力』とか言っている人達は、「多数決決定に文句を言っている人達に負ける」。
 
(続き)
 「言うべき時に、言うべき事を言って、後は、忘れなさい」と思う。
 “言うべき時に”“言うべき事を”言わないから、後で、引きずって、グチグチ言わないといけないのであり。
 別に、意見が一致しなくても良いと思うのだけれども。
 スポーツとかでは、試合が終わった後、敵と味方が握手するけどね。
 人それぞれ、意見が違って、完璧だと、なぜ、思えないのだろうか、と思う。
 他者は敵ではないのに。
 自分の意見と違うという理由で、他者を敵だという必要はどこにもないと思う。

 で、誰かに、『与えて』って言う。
 ダライ・ラマ、チベットの人達が、中国政府の善行に期待しても、意味ないと思う。
 やるべき時に、やるべき事をやらないと。

 宗教もある意味怖いよね。『チベット仏教がダメになったのは、優秀な人を、僧侶にさせて、子どもを残さないシステムだから』と書いていた人がいたが。
 で、結局ダメな人が、チベットに残っている、と。

 イスラムも怖いのだよ。優秀な人を、宗教家にさせるシステムだから。だけど。一応、子どもは産んで良いらしい。
 宗教に焦点をあてる事が、彼らの間違いであり、と。

(続き)
 色々、考えたけれども。“絶対的に”これが、正しい、と言う事はない。

 今日(4月28日)の毎日新聞の、夕刊の記事で、『介護職の3割がセクハラ被害に遭った事がある、と回答している』と。
 良く分からないけれども。ストレス耐性の低い人っているから。他の人なら、ストレスだと、感じない事に、ストレスを感じる人達というのは、いるから。

 弱者ばかりに合わせても意味はないが。だからと言って、みんなが強者になれるかと言えば、そうではない訳で。

 どちらが、悪いのでしょう。どちらも悪い場合もあるが。
 被害も加害も、相対的なものだから。

 アスペルガー症候群の人達が、『学校で、いじめにあった』という。
 いじめる側からすれば、いじめられる理由がある。
 むかつく事を言うから。
 でも、アスペルガー症候群の人達から見たら、何で、いじめられるか分からない、と。

 被害も加害も。被害に遭う理由が分かっていれば、許せる。
 
 ガリレオが、地動説を唱える前に、地動説を唱えた人がいたが。その人は、火あぶりの刑になっても、悲鳴一つ上げなかったという。
 被害に遭う事を受け入れていれば、被害者意識にはならない。
 被害に遭うのを、不当だと考えているから、被害者意識になる。
 ほんの少しの坂道だって、耐えられなくて、文句を言う人達はいるのだから。

(続き)
 お茶くみ問題。コーヒーを入れる仕事らしいが。

 ビートたけしさんが、本で、師匠に、『お前は、売れると思うわ。雑用全然しないから』と。で、ビートたけしさんが、『すみません』と言うと。師匠が、『いや、良いのだ』と、別の弟子の事を指して、『あいつは売れないと思うわ。雑用をちゃんとするから。でも、それは、芸能には、全然関係のない事だから』と。

 大前研一さんが、『使えないという人間はいない。どんな人間でも使える。だけど、ダメな人間は、仕事を選ぶ人だ』と。で、『仕事を選ぶ人は、出世しない』と。
 で、『通訳の仕事を嫌がる人達がいる。その人は、結局、英語が上手くないからだと思うが。私は、正確さにこだわらないで、自分が感じたように通訳している。そうする事で、私の考えを伝える事が出来るので』と。

 お茶くみの仕事か、コーヒーを入れる仕事かはともかくとして。適当にやれば良い。頼まれれば。だけど、その仕事に対して、真剣になってはいけないと言う事だと思う。適当でも、他の人は喜んでくれるのだから。

 今、やっている事からしか、遠くに行けない。
 だけど。今は、平だからと言って、頭の中では、社長になる事を考えていないといけない、ということだと思う。
 今、平であると言う事を、真剣に考えないで。

(続き)
 結局、視野が狭い事が問題だと思う。

 大学で研究しているとかいう女性が、『英検の1級取ったけれども。上の地位にはならなかった』というのを新聞の投書欄かで、読んだ事があるが。
 「英検の1級取る事と、素晴らしい論文を書く事の間には、何の関係もないではないか」と。
 大学で、上の立場になりたければ、素晴らしい論文を書く以外の方法はないのに。そこの所を、勘違いしているなあ、と。

 「頭では、世界の幸福の事について、考えていないといけない」と。
 そしたら、結局、誰かが注目するのだよね。今現在の生活が、貧乏であったとしても。

 セクハラだってある意味、今、接している人達の言う事を聞く事に焦点をあてすぎるから、起こるのであり。今の状態は一時的なもので、本当は、世界の幸福を実現する為に、生きているのだと、思えば、セクハラを拒否出来るのに。

(続き)
 言いすぎているのかなと思う。
 だけど。私から見て、『被害者であることを選択している』ように見える人達がいるのも、事実なのだよね。
 
 どうしようもなくなってから、『会社は何もしてくれない』とか言うのではなくて。「もっと、前から、言っておくべきではないのか」と。
 というか、思想自体が、何か変な感じ。

 良い高校に、行って、良い大学に行って、良い会社に行くというのは、一つの考えだと思う。
 小学校のテストには、『答えを書きましょう』で、中学校のテストでは、『答えを書け』になるとか言う話があるけれども。
 やっぱり、不登校(登校拒否)の人達は、社会で働く事が難しくなる、と。
 学校も一つの訓練だから。

 専業主婦は、訓練になっていないよね。
 で、50代ぐらいで、離婚しても、働く能力がない、と。
 無職、ニートも、能力が失われる。
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女性の社会的

2018-04-29 09:59:38 | Weblog
 女性の社会的地位の向上とか言って。『女性が声をあげる事』よりも、『200円返して』と言うようにすることの方が、大事だと思うが。
 我慢に、我慢を重ねたあげく、しゃべろうとするのではなくて。
 『200円返して』と言う事の方が、大事、と。

 結局、断れないのは、弱さなのだよね。
 『場の雰囲気が悪くなるのが、嫌だ』とかいう理由だと思うのだけれども。
 だけど。“場の雰囲気が悪くなる”のを、嫌がるのが、そもそもの、問題な訳で。

 『おごらせ上手な人』で、『私は、そんな事をしないが』とブログで、書いていた女性がいたが。『私は、そんな事をしない』のなら、ちゃんと、言うべきなのだよね。『私が払った分のコーヒー代の代金頂戴』って。それを、言わないのは、その人の、弱さ、過ちなのだよね。
 で、我慢に我慢を重ねた後で、文句を言うのだけれども。本当は、その前から、言うべきなのだよね。
 本人は言う。『私は、別にお金持ちではない』と。『貧乏で、節約している』と。なら、ちゃんと、『お金払って』と言うべきだと。ブログでこそこそ、『私なら、そんな事はしないが』と書かないで、と。

 本人に直接言わないで、裏で、影口言う、女性の人達が大勢いる。「それは、間違っている」と思うのだけれども。

 お金の事に限らず、『試しに言ってみよう。実現するかも知れないし』という人達は大勢いる。
 で、それが、セクハラの場合もあるけれども。ちゃんと、断れば良いだけなのに、と思う。
 で、問題が、ひどくなってから、文句を言うのだけれども。本当は、最初から、断るべきである、と。

 「都合の良いように利用されるのは、嫌い」。
 だけど。都合の悪い事を言いたくない人達は、大勢いる。
 で、『場の雰囲気が悪くなるのが、嫌だから』というのだけれども。
 それでは、いつまで経っても、幸せになれないのではないか、と思う。
 『我慢に、我慢を重ねた後』でしか、文句を言えないのは、どうかと思う。
 本当は、最初から、「我慢なんて、必要ないのに」。

 『人類皆平等』で、『悪い人なんて、いない』と言えたら、簡単だと思うよ。
 で、『誰か、代わりに言って』という人達がいるけれども。それは、違うと思う。
 自分が感じている事は、自分で言わないと。
 結局、「自分の問題は自分で解決しないと」。
 他人が、自分の問題を解決してくれる訳ではない、と。

 『自己責任』と言った場合、『問題だ』という人達がいるのは、知っています。
 自己責任と言う事は、つまり、『自分が悪い』と言う事だから。
 でも。
 他者のせいにしていては、問題は解決しないのではないか、と思う。
 問題は、他者にはないのに。本当は、自分自身によって、解決しないといけない問題なのに。

 後になって、『お金を返してくれない』とか文句言っても。
 『金を貸す方が悪い』と言われるだけではないか、と思う。
 お金を借りる方は、あまり真剣に考えていなくて、とりあえず、『借りられたら、ラッキー』くらいにしか考えていないし。

 セクハラもそうで、『この人なら、断らないで、してくれそうだから』と言って、何回もされる。で、お金もそうで、『この人は、お金を貸してくれるから』と言って、何回もお金を借りられる。

 男性みんなが、痴漢をする訳ではない。ほとんどの人はしないと思うが。
 だけど。痴漢の被害に遭う人は、何回も、される。多分、やっている男性は、きっと、同じ人だと思うが。

(続き)
 何で、ネガティブな交友関係を維持しようとするのだろう。
 多分、『友達がいなくなるから』。
 利用されているだけの関係なんて、友達とは言えないと思うが。

 で、『自分に都合の良いような人と知り合いになりたい』と。
 そういう人を求める事自体が、問題だと思うが。
 
 本当に、“プア充”は、良い人達なのか。
 その交友関係を否定出来ないというのは、ネガティブな事だと思う。

(続き)
 『女性の社会的地位の向上』というのは、重要な問題だろうか。良く分からない。

 毎日新聞に、『公務員試験を受けさせられそうになったので。拒否して、新幹線で販売する人になった』という女性の話が載っていたが。(高卒の人)
 社会的に言えば、公務員になる方が、立派な人だよね。だけど。その人は、新幹線で販売をする人になったらしいが。
 この人は、その後、芸能人みたいなものになったから、ニュースになったけれども。そうでなければ、こういう選択が素晴らしいと報道される事はなかったと思う。
 だけど。

 本当に大事なのは、個人の誠実な選択であって。名目的な、『女性の社会的地位の向上』などではないと思う。
 それなのに、何で個人の誠実な選択を否定して、名目的な、『女性の社会的地位の向上』を言う人達がいるのだろう。
 小学校の先生に、女性が多くて、高校の教師に、女性が少なかったら、問題なのか。意味が分からない。
 何で、男女の同一化が必要で。保育士さんが、ほとんど女性だったら、問題なのだろう。
 自分がやりたい事をやれば、それで、幸せで良いのではないかと思う。
 男女の興味が違ったら、問題なのだろうか、と思う。
 で、結果の平等を言うけれども。そんなものが、必要なのか、と思う。

 結局、『誰かにやって』と言う事だよね。
 「自分がやれば良いだけなのに」。
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苦労を

2018-04-29 09:58:32 | Weblog
 苦労を美徳と考えていたら、苦労する事になるだろう。

 妹が、無痛分娩で、子どもを産んだらしいが。
 母親に言ったのは、『痛いのは、嫌だから』。
 無痛分娩で、死んだ母親が話題になっていたのに、勇気あるなあ、と思うが。

 苦労を美徳と考えていたら、苦労する事になるだろう、と思う。
 
 毎日新聞で、自分が新聞記者だった時に、セクハラされて、婉曲に断るようなやり方をしていたが、というコラム記事が載っていたが。
 だけど。何というか、首相相手に、偉そうな口を聞く、新聞記者がいるというのに。すごい、悲観的というか何というか。「別に、断ったとしても、何もなかったのではないか」と思うのだけれども。「首相相手に、偉そうな口を聞く、新聞記者もいて、別にその人達に何かあったという話はないのに」。

 苦労を美徳と考えていたら、苦労する事になるのだよね。
 そのコラムの記事によれば、『女性記者は、みんなこういう目に遭っているのだと思って。我慢したが』と書かれていたが。

 何で、日本女性は、無痛分娩をしないのだろう。
 出産には、元々、危険が伴うから。無痛分娩だからと言って、やみくもに危険な訳ではない。
 だが、痛みを伴わないと、出産した気になれないというのであれば、苦痛を味わう事になるであろう、と。
 でも、それが、望みなら、しょうがないと思う。
 バシャールは言う。『「そんな事信じない。努力して幸せになりたいのだ」と言ったら、宇宙は、「それでも良いよ。やってごらん」と言います。で、「もう、努力するのは疲れたよ。努力しないで、幸せになりたいのだ」と言ったら、宇宙は、「はい。今度は、それを助けてあげるよ」と言います。答えになっていますか』と。

 苦労しないと、幸せになれないのだ、と信じていたら、苦労する事になるだろう。
 で、別に、苦労なしに、幸せになっても良いのだと分かれば、苦労なしに、幸せになれるであろう、と。
 自分の信じている信念の問題なのだよね。
 別に、断っても、何もなかったと思うのだけれども。
 自分が、『断ったら、困った事になる』と信じていたら、断れないであろう、と。

(続き)
 刑務所に入った人の話でもあったなあ。
 『刑務所で、生活保護について、教えられたけれども。そんなうまい話はないと思った』。で、刑務所から出た後、窃盗をし、また、刑務所に戻った、と。
 刑務所で、「刑務所に入っている人、一人あたりのコストと、生活保護の一人分とのコストも教えるべきかもしれないが」。

 刑務所は、見張る人の分だけ、人件費が高い。生活保護は、見張る人の経費がないから、刑務所より安い。刑務所で、その事実も教えるべきかも知れない。

 人は、容易い方に流れるが。容易い方に流れた方が、良いのではないかと思う。無理やり、自分自身ではないものに、なろうとするのではなくて。

 生活保護と福祉の関係もどうなのだろう、と思う。
 
 知的障がいのある人が、いっぱい刑務所に入っているって。
 別の言い方をした方が良いかも知れないが。刑務所に入っている人の中には、知的障がいのある人達がいっぱいいる、って。
 で、『刑務所を出た後、福祉に移行して欲しい』という主張があるが。
 精神科の病院の入院に移行する人達がいるって。
 だけど。知的障がいの入所施設は、お金がない人が、入所出来ない施設がある、と。
 で、病院だったら、全部、生活保護で、お金が出るから、現在の日本の制度では、一番、流れていきやすい方法と言う事で。
 本当は、知的障がいの入所施設に入れた方が、国や地方自治体のお金としては、安いのだけれども。現在では、それは、ちょっと、ハードルが高い方法になっている、と。

 高齢者の入院でもそうだよね。国は地方自治体のお金としては、介護施設に入れた方が安いけれども。本人や家族負担としては、病院に入院させた方が、安い、と。
 で、実際の所、介護施設の自己負担金が、高くて、入所させられない人達が、入院する、病院がある、と。
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関係ないけど

2018-04-29 09:57:18 | Weblog
 関係ないけど

 『月1万円程度の、お金の給付で、精神疾患が良くなる効果がある』という話について。(北欧のどっかの国の実験)、
 その話を載せていた、(日本の)精神科医は、『月1万円以上かかる薬なんて、いっぱいあるのに』と。
 国や地方自治体の負担が、月1万円以上の薬が使われている、うつ病の人達は、大勢いて。その人達は、自分の不幸を嘆いているが。薬をなくすか、薬を少なくする代わりに、月1万円の給付をしたら、精神疾患が良くなる効果があるかも知れない、と。

 食べ物重要。
 『女の子が泣いていたら、ファミレスに連れていって、アイスクリームを食べさせれば良い。そしたら、泣き止んで、笑うから』という話を漫画で描いているのを読んだが。
 私も思うもの。「電通で、入社して、過労自殺した、女性は、ファミレスで、パフェを食べる時間があれば、自殺しないで、済んだかも知れない」と。
 
 自殺を食い止めたり、喜びを感じたりすることは、ほんの些細な事のような気がするのだけれども。
 本当は、そんなに、大きな事ではなくて。
 まあ、それは、ともかくとして。

 『保育所が足りない』とかもめているけれども。
 “保育所に行かせる事”は、そんなに、大事な事だろうかと思う。
 『保育所に行かせないで、家で、面倒を見るのであれば、月6万円の給付をします』で、保育所に行かさないで、家で、面倒を見る人達は、大勢いるかも知れないのに、と。

 介護給付制度の導入の時も、そういう事は、言われたよね。
 なぜか、いつのまにか、消えてしまったが。
 だけど。高齢者と、子どもは違うと思う。
 橘玲さんが、『昔の中国の思想家は、親孝行と説いたが、子どもを大切にすることは言わなかった。それは、親孝行が、人間の心理に反するからで。子どもは、親はみんな可愛い。(子どもの虐待は珍しいからニュースになる)。だけど、親の面倒を見る事は、生物の本能に反するから、昔の中国の思想家は、わざわざ、親孝行を説かないといけなかったのだ』と。
 “2ちゃんねるまとめのまとめ”のコメントでもあった。『親の介護をしている人は、優先的に、保育所に子どもを入れるらしい。何で、親の介護をして、子どもを保育所に預けないといけないのか』と。
 子どもは可愛い。
 保育士の給料が、介護士の給料よりも低いのは、介護は保育士よりも高い給料でないと、仕事をしたくないという人達が多いから。保育士の人達が、みんな、『こんな低い給料で仕事は出来ない』と言ったら、保育士の給料は上がるであろうと。安い給料でも、仕事をするから、給料が上がらない、と。

 橘玲さんの、『専業主婦は2億円損をする』で。この本を書く事を勧めた女性の意見として、『女性が書くと、私は、頑張っているので、という話になるので』と言うのがあったけれども。“頑張らないと”というのが、そもそも問題ではないか。全ての女性というか、ほとんどの女性は、『正社員で働いて、子育てもして、通勤時間も掛けて、家事もするというのが出来ない』と。
 そんなスーパーマンみたいな女性を、女性の標準と思われても困ります、みたいな。
 本当は、働く能力のない女性も多いのに。それは、男性も一緒で、働く能力のない男性も多いが。
 だけど。子育ては出来るなら、子育てしたら良いと思う。
 保育所の運営には、子ども一人あたり、国や地方自治体は、月10万円以上、支払っているはずなので。

 『選択と、集中』と言う。
 本当は、保育所に入れてまで、働く価値のある、仕事をしている女性なんて、そんなに、多くないのではないか。女性という言い方をするが、別に、男性が、子どもが乳幼児の間は、子どもの面倒を見ても良いのであり、と。

 お金の給付を嫌がる思想がある。『物の給付は正しい』『だけど、お金の給付には反対だ』と。だけど。本当は、物の給付に、お金の給付より、お金がかかっているなら、お金の給付をした方が良いのではないか、と思う。

 子どもを保育所に入れないといけない、根拠は何なのだろう。そんなに、根拠はないように思うが。別に、『子どもが、乳幼児の時に、保育所に入れない家庭には、お金を給付します』でも別に、良いと思う。それをしない理由は何なのだろう、と思う。
 本当は、保育所が出来ない理由は、土地がないからだが。
 子どもが小さいうちは、風邪等の病気にかかりやすいのに。
 保育所に1日だけ、入れて、7日、風邪で休みなんて、普通にあるのに。

 働きたい人は働いて、子育てしたい人は、子育てすれば良い。
 『みんな同じでないといけない』という必要はないと思う。
 何で、『同一化』が必要なのだろう。

(続き)
 本当に、関係のない話なのだけれども。
 (NHK,BSの)コズミックフロントを見ていて。日本人で、ノーベル物理学賞を取った人の研究で、『一生懸命、一生懸命考えても、分からないから。もう、「分からない」という論文を書こうと思った時に、「そうだ、素粒子の数を6個とすれば良いのだ」と思いついて。それまでは、素粒子は3個とされていたけれども』という話を言っていたが。
 現実が上手くいかない時、『ルールの方を違う事にする』というのは、良いアイデアだと思う。
 ルールの方を、先に考えてはいけないと思うのだよね。そうではなくて。『ルールの方を間違っているとする』。それは、非常に面白いアイデアだと思うのだけれども。

(続き)
 『お金を与える事』を拒否する意見というのは、『相手に選択の余地を与える事を、嫌がる意見』なのだよね。
 『お金は水と同じ』と言われるが。『どこに使われるか、分からない』と。
 でも、それは、『選択の余地がある』と。
 
 パフェの話だって。『じゃあ、パフェを食べられる券を与えれば良いではないか』という人達がいるかも知れないが。そしたら、『パフェを食べる以外の選択肢はない』と。本当は、もっと、別なものに、幸福を感じるかも知れないのに。

 『物を与えるのは正しい』『だけど、お金を与えるのは嫌だ』というのは、相手の自由を認めない、ということで。本当は、自由に選択する権利があるのに。

 でも、一応言いたいのは、『働くのが嫌いと言う権利がある』と。
 『働くのが、嫌いな人にも、生きる、幸福に、の権利があるはずだ』と。

 苦労しないとお金がもらえない、と。障がい者になったら、お金がもらえるが、と。

 笑って生きるだけで、一つのメッセージを人に与えていると思うのだが。
 暗い顔をして生きるのではなくて。
 
 だが、現実問題として、『働く能力のない人達』はいると思う。
 『甘え』だとか、いう人達がいるが。そもそも、普通の人達ならば、感じない事に、ストレスを感じている、と。
 本人にとっては、そのストレスは、真実である、と。

 『選ばなければ仕事はあるはずだ』とかいう人達がいる。だけど。仕事が見つからない人達は、そもそも、仕事をする能力が低いのが問題な訳で。

 『努力すれば出来るはずだ』が、真実とは思えない。出来ない人達は、頑張っても、出来ないのだから。

 何で、『私の料理はしばし科学実験に例えられる。計量の慎重さ、その割の、失敗の多さから』と女優が書く事は認められて。『働く能力のない人達』の権利は、認められないのだろうか、と思う。
 別に、『働きたくないなら、働きたくない』で、良いはずだと思うのだが。
 実際、その人達は、『働く能力がない』のだから。

(追記)
 しかし、橘玲さんの、『専業主婦は2億円損をする』は、橘玲さんによれば、“炎上”したらしいが。「取材をいっぱい受けるという炎上を恐れて、作家が出来るのか」と思うのだけれども。まあ、一応、“炎上”したらしい。

 私が、問題だと思うのは、その本の原案は、その『女性が書くと、私は頑張っているという話になるので』と言った女性が書いた、と。「自分の名前で本を書かないで、男性に書かせるのは、どうかと思うが」。

 『奥さん』という言い方は、嫌いという文章を昔読んだ事があるが。
 だけど。自分は隠れて、他人に言ってもらおうとする人達がいるのだよね。
 婚活ブログのカテの文章で、『議員の人に会ったが、議員の人の、学歴はそんなに高学歴という訳ではない』と書いているのを読んだが。
 だけど。結局の所、その女性は、男性に議員になってもらって、自分は、議員の妻として、偉そうにしたい、と言う事だよね、と思う。
 男性に議員にさせないで、自分が議員になれば良いのに。そういう考えはないらしい。

 新聞記者であった、女性の話を信じない訳ではないが。
 首相に対して、偉そうな口をきいて、『反権力は、ジャーナリストの使命だ』とか偉そうな事を言っている新聞記者がいっぱいいる。(いた?)。
 「新聞社はどういう教育を新聞社でしているのだ?」とか思っていたのだけれども。
 結局、強気の人は強気で、弱気の人は、弱気らしい。
 結局、相手の権威を信じるかどうかの問題だと思うのだけれども。

 『女性議員の数を増やせ』という話だって。じゃあ、文句言っている、女性が議員になれば良いと思うのだけれども。それは、しないと。誰かにやって欲しい、と。そもそも、それが、間違いの原因だと思うのだけれども。
 『誰か、自分の代わりに言って』って。で、自分は何もしない、と。
 影で、こそこそ言うのは、女性の問題だと言っている人達がいるけれども。
 影で、こそこそ言わないで、正々堂々と言えば良いのに、と思う。
 でも、私のその考えは、異端らしい。(女性の中では、というべきかも知れないが)。

 色々思う事はある。
 『無職ブログ』のカテで、標題として、『リンク貼り・晒し負荷。批判するなら、読まなくて結構です』と書いている女性がいるのだけれども。
 「そんな事、書く人だから、仕事見つからないのだよ」と思うのだけれども。
 仕事をしていて、全ての人に、『あなたは素晴らしい』と言う事はありえないのだから。
 
 結局、批判を聞き流せる能力が問題ではないか。
 批判を真剣に受け取るのではなくて。

 コンビニで仕事をしている女性で、『酔っ払いの男性が、おかしな事を言ってきた。笑って、警察に通報した』とか書いていたのを読んだが。
 批判を、笑って、受け流せるかが問題だと思うのだよね。
 結局、批判を、ずっと気にして、グチグチ言う人は、仕事に向かない。
 「さっさと、忘れろ」と。
 
 仕事というのは、採用される能力も必要なのかも知れないけれども。続けていく才能の方が重要なのではないか、と思う。
 採用される能力はあるのに、続ける能力のない人の、ブログを読んでいてそう感じたのだけれども。

 『人は、信じている事を言う権利を持っています』とバシャールは言う。
 「バシャールが言っているのだから」と、聞き流してしまいそうになるが。
 現実問題として、考えた場合に、これは、重要な問題だと思う。
 結局、『私の批判をしないで下さい』という人達が、大勢いるから。
 みんな、自分が与えて欲しい事を人に対してする。
 自分が批判されたくないから、批判しない。
 だけど。
 で、陰でこそこそ悪口を言うのだけれども。それは、正しい事なのだろうか、と思う。

 『男の敵は、女。女の敵は、女。つまり、人類の敵は、女』とか言う勇気がない。
 “2ちゃんねるまとめのまとめ”で、書かれていたコメントだけれども。
 だけど。
 男性の多い職場だと、『男性からいじめられている』と言い、女性が多い職場だと、『女性のいやらしさ』という。「結局、どういう状況でも、文句言うだけではないか」と思う。
 いずれにしても、文句言うのであれば。結局、不平不満だらけで生きている、自分自身が悪いせいではないかと思うのだけれども。
 「結局、他者は関係ないではないか」と。
 「結局、自分自身の問題ではないか」と。
 だけど。大勢の人達が、自分自身に問題があるとみないで、『他者に問題がある』という。それが、その人達の問題ではないか、と思う。「本当は、自分自身に問題があるのに」。

(続き)
 原子力発電所と、自動車の話。
 大勢の人達が、『原子力発電所の危険は言う』のに、『自動車の危険性は言わない』。
 自分の所有していないものは、危険だというのに。自分達が所有しているものの、危険性は言わない。だけど。自動車は、年間5000人程度が、死亡していて、年間5000人ほどの人達が、重症になっている。だけど。原子力発電所で、5000人も死んでいない。(日本国内での話)。

 これだって、言う事は、政治的な議論になるのだけれども。
 「科学とスピリチャリティは、私の中で、あまり矛盾はないが。世間の意見とは、矛盾が生じる」。
 結局、問題は、自分にある。
 他者には、ない。
 だけど。大勢の人達が、他者の問題について語り、自分の問題について、語らない、と。

(続き)
 「こんなことを書いて良いのか」って。書いても良いのだけれども。
 
 『母親に、ネットバンキングで振り込んだ方が良いと言ったのに、しないで、1時間もかけて、電車も使って、銀行に振り込みに行った』とか。「そんな事言わないで、自分が、ネットバンキングの手続きしてあげれば良いのに」って。
 この人が、無職なのは、理由があるなあ、と。
 呑気症の話だって。書いている事、読んでいると、『自分がやりたくないから、母親の呑気症が治って欲しい』という風にしか、読めない。本当は、自分がやってあげれば、良いのに。どう考えても、母親の幸福の為に言っているようには思えない、ということで。
 
 『生活保護を受けている人達は、正しい人達である』というのが、間違いなのは、「無能力の人達が正しい訳ではない」からで。
 
 生活保護を受ける無能力者になるのは、簡単なのだよね。生活保護を受けないような状態を維持する事の方が、難しい。

 統合失調症で、薬を飲むのを嫌がる人達が大勢いる。飲まなかったら、確実に再発すると思うけど。そしたら、生活保護受けられるようになるかも知れないけれども。そういう事を否定して、薬を飲み続ける事の方が、難しい。

 日本の(精神科)医者もはっきりした事を言わないの。『薬を飲まないとか、減らしたりして、悪化したら、薬の必要量は、それ以前よりも、増えますよ』と。
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正義の方に

2018-04-29 09:55:50 | Weblog
 正義の方に合わせようとするから。

 妹が結婚して、子ども産んで、旦那さんが、連休中休みで、旅行に行くから、実家に帰ってくる、って。で、私の母親が、『旦那さんも、一緒に、家においで、って言わないといけないかな。家に来るって言われても、困るけど』って。
 今思うのは、「姑は、『嫁はいらない。孫は可愛いけど』と言うけれども。娘でも、娘と子どもは可愛いけど。旦那はいらないと思うのだな」と。
 嫁も、婿もいらない。本当の所で言えば。じゃあ、だったら、嫁や婿に、息子の実家や、娘の実家に呼ばなければ良い、ということで。
 息子や娘と孫だけを呼べば良い、と。嫁も、婿もいらないのだから。
 
 もっと、正直になっても良いのではないかと思う。
 『慣例だから』とか、『礼儀だから』とか言わないで。

(続き)
 『怒っている』なら、『怒っている』で良いじゃない、と思う。
 何で、嘘ついて、『怒っている』のに、『怒っていない』というのかな、と思う。
 『仕返ししたい』と思っているなら、『仕返ししたい』で良いじゃない、と思う。
 それが、社会的に見て、正しい、怒りであるならば、仕返しは、成功するであろう、と思う。
 何で、自分の感情や、考えに、蓋をするのかな、と思う。
 『仕返ししたい』と思っているなら、『仕返ししたい』で良いと思うのだけど。

 自分の感情に嘘をついて、というやり方があると思う。
 それは、間違っていると思う。
 自分の考え、感情と、社会で言われている正義とが違った場合、自分の考えや、感情の方が正しいと思う。なぜ、それを認めないのか、と思う。

 大体、自分に対して、嘘を付く人達が多い、と。で、それが正義だと言う、と。それは、間違っていると思うのだけれども。
 正義と、自分の考えが違った場合、自分の考えの方を取らないといけない、と。

 結果は保証されていないから。どういう考えで、人生を生きるかと言う事が、重要で。結果は、分からない、と。分からないなら、分からないままで、生きていくしかないが。

(続き)
 大抵の制約は、自分で、作っているだけだ。
 昔は、そういう制約があったかも知れないけれども。今、その制約を信じる必要はなくなっているのに。自分の観念が縛っている、と。でも、本当は、現時点ではそれを信じる必要はない。過去の自分に縛られているだけで。

 色々、過去の事に、苦しめられるのは、分かります。
 だけど。本当は、現時点では、それを信じる必要はない、と。
 過去から、抜け出す事は、そう簡単ではないが。
 引きこもりの人達は、過去に苦しめられている。今、起きている事ではなくて。

 別に、浮き輪に乗って、ぷかぷかと浮いているだけで、十分な人生だと思うのだが。
 『何かをしなければ』みたいなものに、大勢の人達が、苦しめられている、と。
 別に、『何かをしなければ』と言う事は、今の時点ではないはずなのに。
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自由と民主

2018-04-22 16:51:47 | Weblog
 自由と民主

 『自由民主党』の、自由と、民主は、矛盾する、と書いていた日本人がいたが。
 どう、矛盾するのかについて、私には、分からないが。

 だけど。
 『能力のある人達が、能力を発揮出来る世の中を』というのと、『人類皆平等』は、矛盾する。
 アメリカの大学の学費が高いとかもめているけれども。
 そもそも、大学を安い値段で、維持出来るのだろうか。

 どうも、毎日新聞の記事を読んでいる限りでは、日本の大学の、研究費予算が削られて、大学教授が困っているらしい。
 だけど。アメリカの大学の学費は高い。
 大学の学費を安くして、研究予算は、いっぱいつける。そんな事が、政治的に実現可能なのだろうか。

 アメリカ人のその手の人に言わせれば、アメリカの大学の学費が高いのは、投資(株とか)する人達にいっぱいお金を払っているかららしい。でも、それは、本当だろうか、と思う。
 大学で研究費をいっぱい使って、学費は安くするという事は、政治的に、可能なのだろうかと思う。一方的なものの見方しかしない人達が多いけれども。

 『結果の不平等は、機会の不平等を作り出す』。それは、分かる。分かるのだけれども。

 アメリカって、格差ひどいよね。色々言った所で。アメリカが、理想の国だとは、思わないけれども。

 「大学病院に行く馬鹿」と思っているのだけれども。
 大学病院って、研究やって、教育もやって、治療もしないといけない。
 そんな所に行って、素晴らしい治療をしてもらえると思う方が、おかしいと思うのだけれども。でも、大学病院に行きたがる人達が大勢いる、と。ただの、信仰だと思うけれども。

 日本にも良い所があるのだけれども。それは言わない。で、文句ばかり言うのだけれども。日本はそんなにダメな国なのだろうか、と思う。

 もらっている薬の、値段が下がった。
 『日本にジェネリックの薬の普及率が低いのは、先発薬の、薬価が、毎年か、2年に一回、改正される制度があるから。先発薬と、ジェネリック薬との、薬価差があまりないからである』と。
 他の国では、先発薬は、値段下がらないで、最初の値段のままらしい、と。

 “改善”(カイゼン)は、英語で、そのまま、通じるとか、何とか。
 元々、トヨタ自動車の話から、来ているが。
 小林よしのりさんが、ドラクエの事を、『こんな地道なゲーム』と書いていたが。
 実際、アメリカでは、日本のRPGゲームは、受けないらしい。地道なゲームだから。でも、日本人の地道な、努力は、全く無駄という訳ではないと思う。日本では、それで、上手く行っているので。
 “経験値”というシステムがあるが。地道に、ザコ敵を倒さないと、得られない、という。日本人は、地道に、敵を倒すやり方が好きなのだと思う。巨大な敵をいきなり倒すやり方ではなくて。
 『アメリカの大学の学費が高いのは、投資している人達が、お金をいっぱいもらっているからだ』というアメリカ人は、その敵を倒せれば問題は解決すると、思っているみたいだが。多分、そういう敵はいないと思う。そこが、問題だと思うのだけれども。

 「タスクって何かなあ」と思う。多分、今、動いている、動作の事だと思うのだけれども。
 今、動いている動作を頑張れば、未来につながる、という考えだと思う。
 いきなり、巨大な敵を倒そうとするのではなくて。

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夢だ夢だと

2018-04-22 16:50:31 | Weblog
 夢だ、夢だと言われても

 美容の専門学校行っても、美容の仕事につくのは難しいらしいが。大卒の人が、美容の仕事につくのは、そんなに、難しくない、と。
 ウエディングドレスを作る専門学校に行った人が、『その専門学校を卒業しても、ウエディングドレスを作る仕事につくのは、難しい。企業は、大卒の人を取る』と。

 『夢だ、夢だ』というのだけれども。そういう人達に限って、夢に裏切られる。

 『出世払いの奨学金に、財務省が難色を示している』というニュースが今日(4月18日)あった。
 大艦巨砲主義では、『当然だ。何で、大学に行く価値のある人が、多くの奨学金を返して、大学に行く価値のない人間が、奨学金の返済を免除されるのか』と。
 
 『夢だ、夢だ』というのだよね。
 『生活保護受給世帯の人達の大学進学率は低い』とか、『養護施設にいた人の大学進学率が低い』とか、マスコミは言うのだけれども。
 その層の人達は、元々、学力が低いのだよね。
 だけど。『夢は、あるはずだ』という。
 で、美容の専門学校に行く夢を叶えさせてあげるべきだ、と。
 だけど。美容の専門学校に行っても、社会の役には立たない、と。
 本当は、東大に行った人の方が、社会の役に立つのに。

 「都合良く、利用されるのは、うんざり」。
 その人達は、貧乏なのかも知れないけれども。
 基本的な、倫理観がでたらめだ。
 「ただで、大学行くなんて、おかしい」と。
 サービスを受け取っている以上、その代価は払うべきだと思う。

 『大学の進学費用は、高い』と言う。
 だけど。本当は、政府も大学にお金を払っている。
 大学に進学する人達が払っている以上のお金が、大学に行く事に関して、使われている、と。
 その受け取った、サービスの部分について、どう考えるつもりなのか、と思う。
 
 『与えるものは得る者』という。
 だけど。貧困、不幸について、嘆く人達は、自分達が受け取った、利益、サービスについて、理解していない、と思う。

(続き)
 『悪いフランス人』の話はともかくとして。
 『私達は、貧しいのだから、安い値段で、サービスを提供しろ』という主張がある、と。
 資本主義を無視して。多分、そういうことを言う人達は、資本主義が嫌いなのだと思うが。
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自己責任ねえ

2018-04-22 16:49:43 | Weblog
 自己責任ねえ

 『自己責任』というか、自分の人生に対する責任、ということだが。
 誰かが悪いせい、夫が悪いとか、親が悪いとか、そういう風なせいにするのは、間違っている、と。他人が悪いせいではない、と。自分の人生は自分で決めないと。誰のせいでもないよ、と。

 『お金は遠回りの事があります』とバシャールは書いていたが。
 
 “教えてgoo”で、統合失調症だとか言う人が。『漫画家になりたいので。アルバイトをしてお金を貯めて、漫画の専門学校に行きたいのだが。出来そうもない』という質問をしていたのだけれども。
 私は、「漫画家になるのに、漫画の専門学校に行く必要はない」と回答したのだけれども。
 “お金”を目的化するのは、違うよね。
 多分、この人が漫画の専門学校に行っても、授業についていけそうもなかったけれども。
 結局、自分の望む事を、何らかの形で、実現出来れば良いのだから。
 それに対して、“お金を稼ごうと”する必要はないよね、と思う。
 だけど。大勢の人達が、“お金を得る事を望む”。だけど。それは、遠回りの方法かも知れない、と。

 別に夫とか、親関係なしに、幸福を実現する事は出来るのに。
 そして、他者なしに、幸福を実現する事は、出来るのに。
 他者に期待していても、祝福は来ない。

 スピリチュアルって何だろうと思う。
 まず、『他者に与える事』を考えれば、幸福は得られるのに、と思う。
 “働く”という事は、社会に利益を与えて、お金をもらっているのだから。
 まず、『他者に与える事』を、考えれば、混乱は起きないのに、と思う。
 で、働く事を嫌って、『得る事』『得たい、得たい』に置くから、不幸な結果になるのであり、と。
 夫から、お金をもらっているなら、夫の悪口を言ってはいけないと思う。
 自分で働いて得たお金だけで、生活しているなら、夫の悪口を言っても良いかも、でも、「じゃあ、離婚しろよ」という話な訳で。“関係性のある”人の悪口を言ってはならない、と思う。嫌なら、付き合わなければ良いだけ、なのだから。

 『自分の人生に対する責任』は、どこに行ったのだろう、と思う。
 インチキ左翼マスコミは言わないが。
 誰かが、“結果の保証”をしてくれる訳ではない、と。
 自分の人生は、自分で、つかみ取らないと。

 『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』みたいな感じで。
 『嫌いな夫の言っている事だから』と言って、夫の言う事を聞かない人達がいる。
 「どんな人でも、聞くべき情報はあるのに」。
 『あの人(達)は、嫌な人だから』と言って、その人(達)の言う事を、『全部間違っている』という人達がいる。それこそが悪なのに。

 「結果の保証はない」。だから、偉そうにしては、いけない、と。
 「未来の事は、誰にも分からないのだから」と。
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有機農法

2018-04-22 16:48:26 | Weblog
 有機農法

 バシャールが、『有機的に、作られた野菜』を勧めてきたりするのだけれども。
 「有機的に作られた野菜」って何だろう、と思ってネットで、検索掛けてみたのだけれども。『化学肥料を使わないで、無農薬の野菜』って。
 別に、“無農薬”は良いとして。“化学肥料を使わない”のは、良い事なのだろうか、と思う。

 イギリスで、乳幼児の保湿剤で、ピーナッツオイルを勧めて、その人達が、アトピーは治ったけれども。ピーナッツアレルギーになってしまった人が、大勢いた、という話があったけれども。
 普通に考えて、「ピーナッツオイルなんて、普通に、ピーナッツアレルギー起こしても、不思議ではないものでしょう。安全な、保湿クリームなんて、他にいっぱいあるのに」と思った。
 だけど。
 イギリスって、『救急車で、レスキューレメディが使われている』とか。レスキューレメディというのは、『お花のエネルギーを転写して』とかいう、訳の分からない代物だが。
 そもそも、イギリス人って、基本的な、科学的思考が欠けているのではないかと思う。
 『天然のものだったら、安全で』『人間が化学的に作ったものは、安全ではない』みたいな。
 日本の美容専門医師だという人が、『天然成分配合と、良く化粧品でうたわれているものが多いですが。天然成分のものは、肌荒れする人がいる。化学的に作られたものの方が、成分が分かっているので、アレルギー反応が出にくい』と。
 
 バシャールが、『生野菜』を勧めるのだけれども。科学的に言えば、『生野菜が美味しかったら、虫とかが、喜んで食べる』のだが。
 私は基本的に、生野菜が好きではなくて。温野菜が好きなのだが。
 「人間の英知があるから、熱を加えた料理が出来る」と。
 『野菜、野菜』とか言って、生野菜を喜んで食べる人達の事を、「馬鹿みたい」と思っている。
 だから、「生野菜が美味しかったら、虫が喜んで食べる」って。
 野菜の栄養価が昔に比べて低下していっていると言われているが。それは、『甘い野菜』が望まれるようになったからだと思う。
 私の子どもの頃は、『ニンジン嫌い』の子どもが多いと言われていたが。今は、『ニンジン嫌い』の子どもが減っている、と。『それは、ニンジンが、苦みが減って、甘くなってきたかだ』と言われているが。甘味の追及は、栄養価を損なう、と。
 生野菜は、栄養価が低い。ギネスブックで、『世界で、最も、栄養価の低い野菜』に、キュウリが選ばれているとかいう話があるけれども。生野菜は基本、栄養価が低い。生で食べられる野菜は、栄養価が低い。

 で、そういう事を無視して、「生野菜を勧めるのは、ダメだと思うな」。
 “スムージー”とか言っている人達がいるけれども。「馬鹿みたい」と思う。
 ちゃんと、湯がいたり、いためたりした、野菜を食べないとダメだよ、と思う。
 “熱で調理した”野菜を食べる事が重要。

 何というか。『物珍しい方法をやったら、上手く行くのではないか』という考えがあるように思う。がん治療とかでも。スティーブ・ジョブズは、がんが発見された後、『菜食主義にすれば、がんが治るのではないか』と考えて、菜食主義をしたが、結局、がんが大きくなって、死ぬ結果になった、と。
 現代の科学は完璧ではないが。でも、「変なサプリメント飲む、まずい、サプリメントを飲んだからと言って、がんが治る訳ではない」と思う。
 でも、『藁にでもすがりたい気持ち』なのでしょうね。

(続き)
 何の話をしようとしていたのだっけ。
 『神との対話』で、東洋医学の話が出ているが。
 「東洋医学って、そんなに、素晴らしい話ではないよ」と思う。
 ただ、日本人のある医師によれば、『一つの免許で、西洋医学と、東洋医学が出来るのは、日本だけ』と。
 だから。アメリカで、アメリカの医師免許で、東洋医学も出来るようにする事は、反対ではないが。「東洋医学が、西洋医学に勝るほどの価値がある訳ではない」と思う。
 私の認識では、補助医学というレベルだと思う。
 “自立神経失調症”とかには、漢方が効くかも知れないレベルだと思う。
 日本の医者なら、知っていると思うが。

 何か、自分の国ではやっていない方法があったら、何か過大評価するけれども。そんな事は、ないと思う。本当に有効な方法なら、アメリカとか日本ではやっているはずだから。

(続き)
 色々と面白い話があって。
 『欧米では、統合失調症は、単剤処方になっている』と言われていて。実際、アメリカでは、その通りらしいけれども。だけど。『発達障害の子どもに対しては、アメリカは、多剤処方になっている』と。つまり、『統合失調症には単剤処方』は、国のルールとして決まっているから、そうせざるを得ないけれども。発達障害は、ルール外だから、日本人医師的に言えば、『発達障害に有効性を認められた薬はない。対処療法的に処方する薬はあるが』と、多剤処方になる、と。

 本当に、アメリカの医師には、悪意があるのだろうか。
 そうではなくて、『ルール的にそうなっているから』なだけのような気がする。
 実際問題として、自立神経失調症と言っても、漢方が効くかは怪しいが。何も、薬を処方されずに、『効く薬はありません』と言って、追い返すより、ましなだけ、という話のような気がする。
 
 『偽薬でも、効果がある』と言われている。
 精神疾患で良く言われているのは、『偽薬でも効果がある』と。
 精神科医が診察して、何でも良いから、薬を処方するだけで、改善効果がある、と。

 今は、『お金に精神疾患を良くする効果がある』と言われている。
 月1万円だとしても、そのお金には、精神疾患を良くする効果があるかもしれない、と。
 
 『引きこもりより、ニートの方がましだ』というのは、大勢の人達が感じている事だと思う。
 月1万円でも、引きこもりから、ニートに移行させる効果がある、と。

(続き)
 呑気症をよくするのに、『ハワイに行く』提案をしてはいけないのだろうか、と思う。すれば良いのだけど。現時点では、それをする勇気が私にはない。
 だけど。どうせ、『ストレスが原因』なのだから。
 「楽しい海外旅行」は、良いアイデアだと思う。
 “病気の治療”とか言っても、元々、ストレスが原因なら、感情的に驚くほどの、楽しい経験をする事が、有効だと思う。
 うつ病に、効くかは知らないが。ただ、“鬱っぽいな”くらいなら、効くと思う。
 が、アフリカあたりに行くのなら、価値観が変わって有効かも知れない。
 結局、大勢の人達が、今信じている価値観で、苦しんでいる、だけなのだから。

 認知行動療法だとか言っても、どこまで、認知が変わるのだろうか、と思う。そんなに認知を変えるのが簡単なら、自己啓発書や、精神世界の本で、人生が変わった人が、大勢いないとおかしいが。そんな事はない。むしろ、アフリカとか行った方が、人生とか、認知が変わると思うが。

 この世界は、現実を体験する為にあって。知識ならば、天国で、完璧に知っているはずだ。
 本を読むよりも、映像を見る方が印象に残り、それよりも、現実で体験する方が、強い印象を与える、と。

(続き)
 大体、『認知行動療法』とか言って、医者がやってくれるのを待っていても、良くなる訳がない。『医者だから、そういうのでしょう』というバイアスがかかっているから。それよりも、アフリカに行った方が、認知は変わると思うが。医者として、それを勧めるのは、勇気がいる、ということで。

 結構、今は、心理的要素が大きいから。
 昔は、ウイルスとかが原因で、死んだり、病気になったりしていたけれども。今は、そうではないから。ウイルスが原因なら、今の医学では、治す方法がある。心理が原因だから、今の医学では治す方法がない訳で。

 散々やって、『認知行動療法では効かない、効果が低い』となっているから。今の、日本の精神科医療がある訳で。本当は、海外旅行に行った方が良いのかも知れないが。

 貯金は重要だよ? 精神的に落ち込んだ時に、海外旅行に行けるから。
 自殺率も、失業率の高さが三大原因の一つかな。(都道府県における)。後一つは高齢化率、結局、無職と貧困が原因。後は、南の地域の方が、自殺率が低い。北の地域の方が、自殺率が高い。まあ、日射量が原因とも言う。
 
 性犯罪とか、窃盗とか、まあ、アルコール依存症も含むで、捕まった人達に対して、『病院で治療受けますから』と言うのがあるが。医者が治している訳ではなくて、患者同士のやり取りで治している。結局、『私は、孤独ではない。同じような人がいるのだ』と言う事だが。
 発達障害について。『子どもの頃に分かっていれば』というのがあるが。単に、『あなたは、障がい者だから』というのを、叩きこむだけだと思う。
 本人の本質的な性質というのは、教育ではそんなに変わらない。
 単に、『私は孤独ではない』というのを認めるだけの話で。

(続き)
 “糖質制限”も、適切にやれば、ポジティブなのだけれどもなあ。
 『キャベツは糖質だから、食べてはいけない』とか言うから、ネガティブになるだけで。
 ダイエットというのは、『栄養を取る』と言う事だと思う。
 糖質制限だって、『お米の量を減らして、野菜を食べよう』なら、痩せるのに。
 ダイエットというのは、『栄養を取る』と言う事なのだよね。
 単品ダイエットがダメなのは、栄養が偏るからで。
 手間暇かけて食事を作れば、ダイエットになるのに。
 安直な方法で、ダイエットをしようとするから、失敗するのであり。
 日本では、『外食すると太る』と言われているけれども。
 毎日、頑張って、ごはんを作れば、痩せるのに。
 アメリカでは、お菓子の事を、『ジャンクフード』、ごみ・がらくたの食べ物と呼んでいるが。
 少量の美味しいものを、食べるのが、ダイエットのコツと。

 何かの漫画で、『摂取カロリー<消費カロリーなら痩せる』とか書いてあったが。
 そんな事は、当たり前の話で。問題はどうやって、『摂取カロリー<消費カロリー』にするかで。
 それは、適切な栄養を取るしかない、と。
 栄養が足りていないか、偏っているから、摂取カロリーが多いのに、おなかがすくのであり、と。

 「お菓子を食べなかったら、痩せます」。
 標準体重なのに、痩せようとするから、おかしな事になるのであり。
 「痩せて、寿命が縮んで、不健康になってどうするの?」って。
 何の為に、ダイエットするかについて、考えないと。
 『痩せるというのは、体重が減る事ではない』と。
 本来、健康的にならないといけないはずなのに。
 だから。標準体重の人は、ダイエットなんてしなくて良いです。
 おなかが気になるなら、筋トレをしましょう。私はしないけど。
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みんなに受ける

2018-04-22 16:47:30 | Weblog
 みんなに受ける意見を言う必要はもうないよね。

 『みんなが正社員になれる世の中を』という人達は、どうも、『働く能力がない』らしい。で、働く能力がないから。“みんな”が正社員になっているのに、私は、正社員になれないのを不当だと思って、『みんなが正社員になれる世の中を』という、らしい、と。
 能力は平等ではないが。

 「能力格差が所得格差を生み出す」と最初書いた時、「こんな意見を書いて良いのだろうか」と思ったけれども。今では、良いような気がする。
 「地上の天国化」というのは、私の思考で起きていて。「類友原理で、完璧に引き合う」というけれども。「自分の考えを信じる」人達と引き合う、と。信じない、文句言う人達の事は、どうでも、良い、と。

 今までのマスコミは、『みんなに受ける意見』を言おうと、頑張ってきた。
 もう、その必要はない、ということだが。
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