暇つぶしです

私が思いついた事を書くだけのブログです。

金融って何なのだ?

2009-07-27 22:02:46 | Weblog

 金を貸す側は、金を貸したら、儲かると思っている。

 しかし、金を借りる側は、「私はリスクを取っている」と考えている。

 本当の意味でリスクを取っているのは、「金を借りている側」なのだけれどもね。

 金を貸す側は、リスクなんて、全然取っていない。放っておけば、金を貸しておけば、儲かるものだと信じている。みたいな。感じ。

 経済活動で最も重要なのは、「企業」です。つまりは、「リスクを取って、経営する人」です。

 そこの所を間違えたら、駄目だと思うのです。

 結局、「金を貸す側は、全然リスクなんて、取っていないのだから」

 「たまごを5つに分けておけ」という話。

 例として上げられるのが。大航海時代の話。つまり、香辛料を求めて、アジアに航海する船がありました。その船には沈んで本国に帰ってこれなくなるリスクがあります。こういう船にそれぞれ分散して投資すれば、投資する方としては、安全です、みたいな。

 で、この場合、本当にリスクを取っているのは、お金を貸している人ではなくて、お金を借りて、航海の旅に出ようとしている人達なのだけども。

 そういうお話。

 そもそも、「投資するだけで、儲けよう」と考える事自体が甘いのでは、と思えてなりません。

 で、結局、サブプライムローンでも、「得をしたのは、結局、サブプライムを借りた貧しい人達」かも知れませんね。サブプライムのおかげで、家を持つという夢が一時でも叶えられたのだから。

 で、こうやって、経済は回っていくと。

 まあ、皮肉はよすとして。

 やっぱり、「金融は経済のメインではない」と思います。

 どうあがいた所で、「金貸し業」だし。別にそれは良いとしても。(金貸しを否定している訳ではないので)でも、別に、「金融自体が人々に利益をもたらす訳ではない」ということで。

 本当に「人々に幸福をもたらす」のは、全く別の行為でしょう。まあ、そういうお話なのでした。

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金融ってゼロサムゲームだと思う

2009-07-27 21:31:10 | Weblog

 「金融ってゼロサムゲーム(全員の利得の総和がゼロになること)だと思う」のだけれどもなあ。

 単純な法則。「利息を受け取るには、誰かが利子を払わなければならない」 正確には、「利息=利子ー金融機関の取り分」なのだけれども。

 サブプライムローン問題とは間抜けである。

 サブプライムローンとは、低所得者向け、住宅ローンの事で。低所得者向けで、金利は高かった。利息10%とか。でも、アメリカの住宅ローンは、払えなくなっても、その家と土地を売れば良いだけなので。借りる方は、住宅の値上がりと、「駄目だったら、後で売ればいいや」というのを期待して、買っていた。どうせ、払うのは、利息だけだったしね。(ノンリコースローンというらしい)(元本を払わされるのは、多分5年後とかの契約のはず)

 で、そのサブプライムを、証券化して、他の証券にまぜて、売って、それを、格付け機関がトリプルAの格付けをつけたので、世界中の人が買っていた。

 といっても、日本は買っていないし、アメリカがどの程度買っていたのか怪しいので、多分、ヨーロッパの人が主に買ったのだと思う。

 で、結果、通貨は日本(円)>アメリカ(ドル)>EU(ユーロ)>その他 という順位になりました、ということで。

 O.Kウエブで、「日本も同じ事が出来ますか」という質問があったが。多分、無理だと思う。まず、日本政府(金融当局)がノンリコースローンを認めていないこと。次に、日本で、そんなへんてこな格付け会社があったら、多分、バブルが崩壊した時に、日本人に、めちゃくちゃたたかれて、その格付け会社が倒産してしまうこと。(後、社長と経営者もたたかれると思う)そういう問題があると思うのだが。

 大体、日本は、(消費者金融等の)法定利率の制限でさえ、行った国なのになあ。

 まあ、それはともかくとして。

 結局、いくら「金に対する投資」などやった所で、金に対する実質的な需要がない限りは、「ゼロサムゲーム」である。つまり、バブルということである。いずれバブルの崩壊が待っている、ということで。

 まあ、土地の値段だって、株価だって、投資信託だって一緒だけれどもね。

 本当に欲しい人の人数が増えない(実質的な需要の増加)が限り、結局の所、バブルは崩壊する、ということで。で、結局の所は、「すべての金融商品は、ゼロサムゲームである」ということで。

 ふーむ。

 でも。みんな買うのね。つまり、「騙される」という意味だが。「儲かる」という期待がある、ということで。

 でも、本当の所は、「実質的な、需要の増加がない、価格上昇は、すべて、バブルである」ということで。

 で、本当の需要は、「実物生産でしか作れない」ということで。

 ITバブルも、初期の頃は本物だったのでしょう。つまり、「IT技術の進化によって、実質的に人々を幸福にしている」という、事があったから。

 でも、それ以降のは、全部、バブルでしょうね。投機マネーが入ったら、もう既にバブルということで。で、個人マネーが入ったら、もっと、バブルなのだけれども。

 しかし、投機マネーは、儲かります。で、個人マネーが損をしている、ということなのでしょうね。

 (投機マネーがあおって、個人マネーが入った所で、手を引いた、投機マネーは儲かります。正確に言えば。まあ、それが出来れば、の話だが)

 結局、実質的な幸福を人々に与えることによってしか、実質的な経済発展はあり得ない、ということで。

 「日本人の意見が正しい」のですけれどもね。

 まあ、マスコミの人達はそうは言わないが。

 実質的な幸福を人々に与える事が出来るでしょうか。それが肝心な事なのだが。その肝心な事から、目をそらす人達が多いせいで。結局、バブルに踊る人達が多いのでしょうね。

 金融商品なんて、しょせん、宝くじの、政府や販売機関の取り分が少ないだけの、賭け事に過ぎない、ということで。(ちなみに。賭け事としては、面白い賭け事であることは否定出来ないが)

 何だかな、というお話なのでした。

 まあ、経済誌には、多分、ちっとも出てこないお話だけれども。

 本当に、”工学的”に考えると、そういう考えになるのだが。はて、”金融工学”の開発者さん達は、なんて言うのでしょうかね。

 やれやれ、なのでした。 

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1ドル50円にならないかなあ

2009-07-27 17:20:11 | Weblog

 「一ドル50円にならないかな」

 なったら面白いのに。1ドル250円が1ドル120円になるのは経験していない。(記憶していないというべきか。1985年から1988年だから。私8歳から10歳ぐらい?)

 なったとしても。「日本人は未だに悲観主義者です」みたいな。

 第2次世界大戦に関する話にしても。日本人は、「自分が被害者になった話」ばっかり。多分、「加害者であった側面も大分ある」と思うのですけれども。事実としては、「日本人は人を良く殺した」という方が事実に近いと思う。よく、「その当時の世界経済の半分をしめていた、アメリカと、戦争するという無謀な戦争をした」という人がいるが。そのアメリカと、「5年以上も戦った」国は一体どこの国でしょう、と言いたくなってしまう。まあ、そういうこともあるよね、みたいな感じ。

 (ほぼ5年か。1939年から1945年だから。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6

 一人当たりのGDPが世界第2位になった事もあるらしい。(1993年)でも、その時でも、多分、「日本人は未だに悲観主義者でした」だったのだろうか。

 (いくら何でも、バブルの終わりぐらいの時だから、そんなことはないかも知れないが。ないとは言い切れないなあ)(1990年代初頭までがバブル)

 「すべての経済に関する予測は、『日本経済は破綻する』に通ず」みたいな。

 そういう日本人の性質は変わらないのでしょうかね。一ドル50円になったくらいでは。

 世界第1位の経済大国にでもなれば、さすがに意見は変わるかと思ったのですけれども。

 日本が、『世界第1位の経済大国』になるのは、ドル市場が、1ドル30円ぐらいになれば良いが。さすがにそれは無理だろう。(100年後とかは別として。10年ぐらいの範囲では)

 という訳で。多分、予測としては。「1ドル50円になったも日本人はまだ悲観主義者です」みたいな。多分、そうなのでしょうね。さすがに、「日本が世界で一人当たりGDPが最大になったら」変わるかも知れないが。それでも、日本人はきっというのでしょうね。「円高でかさ上げされただけだ」と。

 そういう問題じゃないと思うのですけれどもね。国民体質は変わらないのでしょうかね。変なの。少なくとも、外国人から見れば。世界から見れば、「日本人は大金持ち」なのに。

 『1日1ドル以下で生活している絶対的貧困層は12億人に増加しており、世界人口の約半分にあたる30億人は1日1ドル2ドル未満で暮らしている』http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E7%9A%84%E8%B2%A7%E5%9B%B0

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%9B%BD%E5%86%85%E7%B7%8F%E7%94%9F%E7%94%A3%E9%A0%86%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88_(%E4%B8%80%E4%BA%BA%E5%BD%93%E3%82%8A%E7%82%BA%E6%9B%BF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88)

 日本、世界で23位に下がっても、3万8559ドル 350(日)で割って1日100ドル。(一日1万円)

 自分の国の価値観だけで、考えるのはどうかと思いますけれどもね。

 「客観主義はそれなりに意味がある」と。日本人の主観で考えると、結論は、常に、『日本経済は崩壊する』だが。実際はそうではない、ということで。

 タイでも、日本の10分の1くらいなのになあ。(4115ドル)

 (ちなみに中国は、最新のデータでも、タイ以下、3315ドル)

 日本が多少不況でも、「世界的に見れば、大金持ち」なのだが。その事実はどうするのだろう、と言いたくなってしまいます。

 おわり。 

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円高好況?

2009-07-27 16:59:25 | Weblog

 今まで私は、「円高になっても、海外旅行が安くなるくらいしかメリットと言える、メリットはないのではないか」と考えていましたが。それは間違いでした。

 例えば、消費者物価が同じでも、輸入価格が安くなる場合、その利益は販売業者に行くのですね。つまり、円高になって、消費者価格が同じとすれば、内需企業は利益が出る。つまり、内需企業はその分、人手を増やしたり、リストラせずに済むようになる、ということで。

 すなわち、円高は内需産業に有利で、外需産業に不利ということになります。

 GDPに占める、「民間最終消費支出」の割合は56.6%で、「総固定資本形成」は18.1%で、「政府最終支出」は23.2%で、「在庫変動」0.6%、「純輸出」は1.6%。

 「輸出対GDP比率」は15.5%、「輸出対GDP比率」は13.4%で、「貿易黒字対GDP比率」は2.4%だから。

 国全体として考えた場合、円高によって損するのは2.4%の分であることが分かりました。しかし、10%の円高で、これがまるまるなくなることは考えられないから。10%円高になると、2.4%×10%=0.24%の分損をするのかな。

 でも、2.4%の分はまるまる、国民所得(国民所得の定義ではない)に回るのだから。

 結局、「円高で日本人は得をする」のでした。

 実際、日本人が今不幸なのは、(本当に不幸かどうかは知らないが。多分違うと思う。そういう気分になっているだけ)円高のせいではなく、海外需要の落ち込みが理由で、輸出が減っていることによるものでしょう。

 多分、円高のせいではない、と思う。

 「当たり前の話」なんだけれどもなあ。こんな事、本当は私みたいな人間が言わなくたって。でも、何で、マスコミには、「円高不況論」が運びっているのでしょうかね。大体、日銀自体もそうであることは、私の知っている事実なので。

 面白い冗談。

 「日本人の経済に関する予測はすべて、『日本経済は破綻する』に続く」みたいな。

 多分、そうなんでしょうね。結論は、決まっている。『日本経済は破綻する』 で。理屈は、後から適当につけているだけである、と。

 何で、日本人はこんなに悲観主義者なのだ? なぜなのか、誰か教えて欲しいと思いました。もちろん、悲観主義者の日本人は慎重で、サブプライム証券には手を出さなかった、故に傷も軽かった(財務省がサブプライム証券に、銀行が、手を出すことを禁止していたらしい)のだが。悲観主義者も、大概にした方が良いと思うのだが。

 「日本人の経済予測は当たらない」「なぜなら、すべての日本経済に関する予測は、『日本経済は破綻する』であるからである」みたいな。

 それも、どうかと思うのですけれどもね。

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円高好況はあり得るか

2009-07-27 16:42:17 | Weblog

 『日本経済はV字経済回復する』という本を書いている人がいますが。(本は読んでいないので、解説は差し控えます)

 もし、日本がV字回復するのが本当であるとすれば、その原因は、”円高”によるのではないか、と思います。

 日本のバブルも、急速な円高の後、到来しているようですし。

 (間抜けな、日銀が、円高不況におびえて、低金利にしたせいで、バブルが発生したという話は置いておくにしても)

 1985年1月頃に1ドル250円だったのが、1988年1月には1ドル120円になっています。

 日本のバブル経済は1980年代後半からです。で、1990年代初頭まで、ということで。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97

 もっとも、1ドル90円ぐらいで、円高と言えるのかは、分かりませんが。

 「円高好況」を導くためには、1ドル50円ぐらいにならないと。でも、一気にそういう風になると、今度は別の問題が発生しそうな、気もしないでもない。多分、アメリカ人が大騒ぎしそうな。

 どうなんでしょうかね。

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税金の取り方

2009-07-25 15:01:52 | Weblog

 税金の取り方。

 「累進課税的に税金を取り」「定額制的に国民に配る」のがコツです。

 その意味で、民主党の子ども手当は適切な方法なのだが。

 つまり、詳しくは知らないが、配偶者控除・扶養控除等をなくし(つまり、累進的に税金が還付される制度をなくし)、子ども手当として、定額的に配るのだから。経済には良いはずなのだけれども。

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楽観主義国家と悲観主義国家

2009-07-20 16:03:31 | Weblog

 『オプティミストはなぜ成功するか』の本を読んで。要するにこの本に書いてある事は、「楽観主義の人は成功しやすい」とか、「うつの人に楽観主義的思考をさせる訓練をさせるとうつは治る」とか、「どうやったら、悲観主義を楽観主義に変えられるか」という話だったので。今まで、「楽観主義が正しくて、悲観主義はあまり良いことではないのだ」という風に理解していました。

 しかし、「完全にヤバイ!韓国経済」(「三橋貴明・渡?哲也」)の本を読んで、「楽観主義的は、国の経済を悪くするのではないか」という疑問が出てきました。

 韓国人の楽観主義は前から知ってはいましたが。ここまで、楽観的とは思いませんでした。(前から知っていた話は、この不況の前に、韓国人が、「このままの経済発展が続けば、韓国は2040年には、GDPで、日本を追い抜く」といっていた話です。普通は、「このままの経済成長率」なら、日本を追い抜くより、先に、インドやロシアやブラジルに追い抜かされると思うのですが。それを考えないという意味で)

 なぜ、韓国が外為保有による、ウォン防衛をしないで、スワップ協定の金による、ウォン防衛をするかについて。『外為保有額の相当な分が、外為保有額の運用益を高めるべきだという世論によって、(安全資産である)米国債以外の債権にたくさん投資してきたため、実際の外為保有額は公表している額よりも相当低いと考えられるためである』と。(正確な引用ではありません)

 で。

 『KIKOとは、通貨オプションの一種で、為替先物を使ったデリバティブ取引の一形態である。輸出企業、特に製造業などでは、契約から納品、入金までの期間が数年と長いため、通貨変動に伴うリスクが非常に大きい。(中略)通常は為替予約によって単純に利益額を確定する場合が多いが、期間が長くリスクも高い取引の場合は手数料が高くなる。それを回避する手段として生まれたのが、特約事項付きの契約である。(中略)このKIKOの中に、レバッジKIKOという商品があり、ウォン安が条件価格に抵触した場合、本契約の数倍のドル売りを求められる。(中略)韓国の場合、KIKOのうち88%がレバレッジKIKOであり、この損失の拡大が社会問題化しているのである』

 手数料がどれだけ高くなるかは知らないが。そもそも、保険というのは、「非常に困ったこと」の時のために掛けるものである。逆にちょっとの問題なら、保険なんて、掛けなくても良いのである。例えで言うと、世帯主の死亡には、保険を掛ける必要があるが、子どもの風邪には保険を掛ける必要がない、みたいな。

 私からすると、「どういう楽観主義的発想に立てば、こういう事が出来るのだろう」と疑問に思います。

 ちなみに。アイスランドの人も楽観的です。まあ、アイスランドの銀行3つの借金が、GDPの9倍(通貨が半分になる前の話)にするというのは、相当な楽観主義でないと不可能なことなのかも知れないが。

 アイスランド人の意見。

 ローンでアパートを買いました。しかし円で借りたので、この通貨危機で、支払いが自国通貨で、倍の値段になりました、と。で、それで言う意見が。

 「これからは僕も落ち目だな」(『崩壊する世界 繁栄する世界』より)

 だって。

 「そういう問題じゃないだろう」とか言いたくなる。日本人なら、絶対にもっと、大騒ぎするに決まっていると思う。

 テレビで見た、アイスランド人も。

 「この不況で生活が苦しくなったので、今まで勤めていた、音楽団体を辞めて、もっと、給料の高い音楽団体で、仕事をしないとならなくなるかも知れないわ」

 だって。

 「そういう問題じゃないだろう。通貨価値が半分になる不況で、そもそも、音楽団体の会社自体がすべて、消滅してもおかしくないぐらいの不況なのだぞ」

 と私は思ってしまうのですが。

 アイスランド人も楽観的ですね。(人口32万しかいないくせに。どうすれば、それだけの楽観主義に立てるのか、教えて欲しいと思います。日本人なら、人口1億2000万もいるくせに、多分、絶対に大騒ぎして、「国が滅びる」とかいうでしょうね)

 という訳で。私は考えました。「国民の楽観主義は、国家経済を不幸に導くが、国民は相変わらず、楽観主義的です」「国民の悲観主義は、国家経済を安定に導くが、国民は相変わらず、悲観主義的です」

 ちなみに。yahooで、「日本人 悲観主義」で検索してみたのですが。

 http://sky.geocities.jp/saka123sc/0705.html

 「中国、韓国は楽観主義的」「アフリカ系アメリカ人が最も楽観的」との事です。(後、フランス人は、日本人から見ても、悲観主義的という話もあります)

 国民の悲観主義は、経済の安定につながる事は間違いないと思うのですが。

 で、逆に「楽観主義は、楽観主義的予測に頼り、経済学的に無益な行為(例えば、アフリカ系アメリカ人の行為として有名なのが、食事給付券をも、賭け事に使う行為です)をしてしまうために、国家経済には破滅しかもたらさない結果になる」ということで。

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「誰かの貯金=誰かの借金」

2009-07-14 17:04:11 | Weblog

 『崩壊する世界 繁栄する日本』に掲載されていたデータについて。

『〔日本国家の連結バランスシート (兆円)〕

  〔資産〕 政府の資産 491.6 金融機関の資産 277.1 非金融法人の資産 916.1 家計の資産916.1 民間非営利団体の資産 52.8 〔資産合計 5698〕

  〔負債〕 政府の資産 948.7 金融機関の資産 276.1 非金融法人の資産 1284.7 家計の資産383.5 民間非営利団体の資産 18.1 〔負債合計 5396.3〕

  〔純資産〕 政府の純資産 ー457.1 金融機関の資産 9.7 非金融法人の資産 ー368.6 家計の資産1083.4 民間非営利団体の資産 34.7 純資産合計 30.2

 ※日本の対外純債権250兆円と国家の純資産302兆円との差は、日銀と財務省の統計手法の差異、及び四捨五入による誤差の積み重ねによる』

 と書いています。

 つまり、私の予想通り、「誰かの貯蓄=誰かの借金」ということで。

 つまり、日本政府の負債500兆円をなくすと、家計の純資産1000兆円が500兆円減って、500兆円になるということになるのである。

 私は別にそれでもかまわないが。しかし、これを実際にやったとしたら、多大な文句が出る事は確実である。もしかしたら、こうはならずに、家計の純資産現在よりも、ー400兆円で、非金融法人企業すなわち、民間企業のことだと思うが、の純負債がー100兆円とかになった場合、企業の倒産がめっちゃ増加するのは、確実なのだが。

 分かっていて、言っているのかな? 旧大蔵省の人達とかの、「日本は莫大な政府赤字を抱えているから、それを黒字化しなければならない」とか言って、騒いでいる人達は。

 疑問だ。大いに疑問だが。

 ちなみに。少なくとも、私は、「日本の問題(正確には問題の改善点)は、多大な個人(=家計)貯蓄である」と言っているので、矛盾はないが。しかし、そういう意見は他の経済関連の本では、聞いた事がないし。

 (この本『崩壊する世界 繁栄する日本』でも、日本の多大な個人は、日本の利点だと書かれている。日本の武器だと。私は改善点だと思うので。武器と思う人は多くても、「改善すべき点」と考えている人は聞いた事がないということで。大体、「国の借金が減ること=個人資産の減少もしくは企業負債の増加」という意見もあまり聞いたことがない)

 ちなみに。私が高校の時に、私が知った法則は、「日本の多大な貿易黒字=他国(基本的にはアメリカだが)の多大な貿易赤字」という考えである。この考えと基本原理は同じ訳だが。どうやら経済学の教科書には、このシンプルな法則について、何も語られていない事が分かった次第であるが。

 まあ、悪口はよすとして。

 やっぱり問題は、高齢者世代の貯蓄額の多さだと思うのである。原因は、貯蓄があるのに、消費が少ない点だと思うのである。つまり、つつましい消費で満足している人達が多いせいであると思うのである。日本的清貧思想というべきか。

 で、彼らが消費しない分を国が取り上げて、お金に困っている若い世代、特に子育て世代にお金を渡すべきであると。これが私の考えなのだが。

 で、結局の所は、後期高齢者医療費を引き上げて、介護保険料を引き上げて、まあ、消費税を引き上げるのも良いかもしれない、少なくとも、、所得税の引き上げよりは、という話になるのである。

 問題は、そのお金を勤労世代(育児世代)にばらまけば良いだけの話なのだから。

 日本は伝統的に子どもとお年寄りを保護し、勤労世代の人を弱くする文化の国だから。いろいろ政治的に難しい面もあるのかも知れないが。

 是非ともこの政策を実行していただきたいと思う次第です。

 

追記 

 それにしても思うのは、日本の人々が言いたがるほど、「企業は金を持っていない」という事実である。「金を持っているのは個人だ」と。まあ、そういうお話なんでしょうな。結局の所は。

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貧しいが心優しい人々?2

2009-07-14 16:49:27 | Weblog

 「貧しいから」というのは理由にしてはいけないと思うのだよね。

 江戸時代に江戸にあった井戸の水は井戸の水ではないとのことです。地下に水路を張り巡らせてその水路の水だということである。http://www.viva-edo.com/suidou.html(理由は普通にほっても、塩水しか出ない土地だったか、とのことだが)

 日本の江戸時代でも、その程度の事が出来たのに、何で、技術は発達しているこの現代において、「発展途上国において井戸掘りの支援をしないといけないのか」と。

 明らかに政治の貧困と国民の(お互いを思いやる精神の)意識の低さが原因としか思えない。

 問題はその国に井戸がないことではなく。

 その国の助け合いの精神のなさではないだろうか。つまり、井戸を掘るための技術を高い値段をふっかける人達がその国の体勢であるから、そういう結果になるのである、ということである。

 いくらお金を援助しても、その国民に助け合いの精神、人に対する思いやりの精神がない場合には、ほとんど無意味だというべきか。

 「私は資本主義を信じています」

 「貧しいが心優しい人々なんて信じられないよ」

 本当に心優しかったら、その国は経済発展出来るはず。それが資本主義の原理だと思うのだが。

 いかがなものでしょうかと。

 

追記

 時々たまに、「資本主義の原理が信じられない」進歩的文化人とか言われる人々がいますが。私は資本主義を信じているので。中国の人々を幸せにするために(貧しさから救うために)、「日本企業の中国移転はどんどんするべきである」と考えていました。そしたら、日本の国のGDPの1%しか、しない(出来ないかな)”政府開発援助”よりも、よほど、中国のため、中国人のためになると考えていたからです。

 まあ、時々、「資本主義が信じられない」馬鹿な人はいますけれどもね。

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従軍慰安婦と人身売買と

2009-07-14 16:35:14 | Weblog

 従軍慰安婦問題について。私が世界の事象に対して、興味を持つ人間として疑問の思う事は。

 「世界には、人身売買が一般的な国が、今現在たくさん存在している」という事実です。

 で、それを知らない人達が、「日本の従軍慰安婦問題」について大騒ぎするのであろうと思うのである。

 タイでも、インドでも、人身売買自体は、一般的な事である。で、女性の場合、売春宿に売られている訳だが。で、男の子よりも、女の子の価格の方が高い(2倍から3倍程度)のは、それが理由らしいと。所詮工場等で、働かせても、その稼げる額なんて、知れているからね。

 フィリピンでは、「自分は従軍慰安婦だった」と名乗り出た人が、100人から200人ぐらいいたらしい。

 100倍の値段ふっかけるインド商人と同じ考えであろうと思われます。だって、「100万円もの金額を補償する」というのだから。

 従軍慰安婦問題が「かわいそうに」と思われるのは、日本とそして相手国の韓国が、「人身売買がない国になってしまったから」で。もし、今でもあったら、この問題は、問題にならなかったであろう、と。

 そこが微妙な問題な訳で。

 うーん。

 結局、大抵の人達は、「外国の事に興味なんてほとんどない」事を示す一つの例ではないかと思うのです。

 「発展途上国の人身売買の被害者なんて、どうでも良いではないか。それよりも、昔の従軍慰安婦問題である」みたな。

 まあ、そういうつもりはないのであろうが。

 やはり、結局、大抵の日本人が、従軍慰安婦問題について、大騒ぎするのは、「世界の問題に対して、無関心になっている一例」とも、言えるのではないかと思うのであるが。いかがなものでしょうか。

 アメリカだけが世界ではないのだが。結局、大抵の人は、「日本の事が重要で、世界の事なんでどうでも良い」と考えて生きている、一つの一例である、ということで。

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