9月21日付 読売新聞編集手帳
古い端唄にある。
〈夏の涼みは両国の出舟入り舟屋形船、
揚がる流星、
星くだり、
玉屋がとりもつ縁かいな〉。
玉屋は江戸を代表する花火師の屋号である。
花火見物にこと寄せた逢瀬(おうせ)を歌っている。
予定通りに打ち上げられていれば、
愛知県日進市と福島県のあいだにも、
「花火がとりもつ縁かいな」
と歌えるような心の交流が生まれていただろう。
残念ながら、
そうはならなかった。
日進市の花火大会で、
福島県川俣町の業者が製造・納品した花火の打ち上げが中止になった。
市民から放射能を心配する声が寄せられたためという。
製造業者は原発事故の避難指定区域外にあり、
業者自身が敷地内を調べた放射能の数値は国の基準値を下回っていた。
飛散しても無視できるレベルで、
過剰反応の典型だ――と、
放射線防護学の専門家は言う。
あっちに行け、そばへ寄るな…。
“いじめ”の現場を目にしたような後味の悪さが残る。
「薪(まき)」や「花火」が「人」に置き換わることがあっては、
断じてなるまい。
〈遠花火寂寥(せきりょう)水のごとくなり〉(富安風生)。
花火騒動が胸に残した寂寥も、
水のようにひんやりしている。