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あいとポッポパーティー

あいをさぐりながら、友人に発信。
あいとへいわのあいは、解せなかったけれど注目のテーマ。

「MILK」

2009-05-03 17:30:40 | 映画
メーデーの帰り、 ミルク という映画を見ました。

アメリカ・サンフランシスコが舞台。ハーヴィー・ミルクは1977年、アメリカで初めて、同性愛者だということを公表して、公職に選ばれた。
彼は同性愛者だけでなく、すべてのマイノリティの人々の権利を守ろうとした。しかし議員就任から1年もたたないうちに、執行委員ダン・ホワイトによって射殺される…。
というお話。


30年経った今も、同性愛者への無理解と偏見はかなりあります。
無理解・無知ゆえの偏見というか。

私だってどれほど知っているか。


映画にあるように、同性愛者の教師を解雇していいという法案が出されるほど、露骨なものは減ってはいる。
でも男女一対の親と子どもで成り立つ家族が理想的であるかのような、それを何か道徳的なものを理由に語ろうとする風潮は脈々とある。
それが政治的なものであることは見逃してはならぬのだ。


芸能人にはゲイや性同一性障害というのを公表している人はたくさんいる。
売れるからいるんだろうけど、とてもおもしろいと思う。
人っていろいろなのだ。

ただ、性は多様なはずだけど、表れているのは決して多様ではない気がします。
性自認も性志向も何もかもごちゃ混ぜで、それぞれさまざまな方向があるとは認識されてない。

特に女性の同性愛者や、体は女性的だが心は男性を望む人、のように、女性(と単純には言えないんだけど)の性的マイノリティはまだまだ見えるところには出てきません。
売れないのか。

それも世間のジェンダー的視線の表れなんだろうな!


ところで映画はおもしろかったけど、ちょっと物足りなかった。
ミルクの政治家としての歩みを表面的に追っただけの感も。
あとあんなにすぐにセックスに走るもんなのか、とか。

「チェ 39歳別れの手紙」

2009-04-16 21:19:43 | 映画

「28歳の革命」を見ずして「チェ 39歳別れの手紙」を見てきました。

キューバ革命を終えたゲバラが、また新たな革命のためにカストロに手紙を残してボリビアへ潜入し、そこで息絶えるまでのお話。


随所に彼らの革命の目的を語らせ、そして農民との触れ合いや苦悩などがあり、「革命」活動を別世界の出来事には見せていない。
結局は人々を信頼するちゅうか、革命は人々に拠ってこそ達成されるという、ゲバラのスタンスが垣間見えました。

カリスマとか英雄扱いされるゲバラですが、人間ゲバラが何を思って革命を志したか、今だからこそ響いてくる気がします。
前にゲバラの日記を読んだことがあったけど、言葉は普通というか、生真面目さがさわやかでした。
もちろんすごい意思を持ち、戦略家なんだけど。
たぶん。


しかし戦闘シーンはやはり恐ろしかった。
武装闘争については、当時から議論の対象であったらしいことが、映画でも描かれていました。


映画評論家・山田和夫さんの、「民医連医療」という雑誌の連載での評がおもしろかった。
こもごも評価してうえで、最後に武装闘争について触れています。
勝手に打ち込んで転載。ちと長いけど。



(前略)
 ゲバラを殺したのは誰か? この謎を理解するには今回の映画だけでは不十分なので、さらに注意したいのは、ゲバラの革命戦略は「武装闘争」唯一論であり、革命は国境を越えるという「世界革命」論者であったこと、日本などの「極左」勢力は、その側面のみでゲバラを礼賛し、彼らの無差別テロやハイジャック、武装闘争などの合理化に悪用している。ゲバラにこうした側面があればこそ、あのようなすぐれた資質と高いモラルを持つ人物が、最後に孤軍奮闘して悲劇的な死を遂げたことも否定できない。
 今日の中南米諸国民衆は、ゲバラの人間性とその見事な献身に心を打たれ、はげまされつつ、ゲバラの革命戦略の否定面を克服、ベネズエラ、ブラジル、そしてあのボリビアなど、すべて議会制民主主義による多数者革命により、政治の信頼をかちとりつつある。
(後略)

蟹工船とドレイ工場

2009-02-02 00:18:29 | 映画
映画「蟹工船」を見に行きました。

蟹工船を読んだのは中学生のころで、しかも旧字体だったこともあり、あまり理解もできないし暗いなあーというイメージでした。

この空前のブームの中、マンガを読んだのは去年。
そして映画は初めてでした。


原作のラストは感動のことばで締めくくられます。

「そして、彼等は、立ち上った。――もう一度!」

映画にはこれがない、との前評判を聞いていました。

そして実際ない。
やはり残念です。
労働者たちが、「権利」として処遇改善を訴えるのはすばらしい。
それを勝ち取るためのたたかいだって権利なのだ。

よほどの困難さがある、ということを示したかったのか何なのか。
暗いラストだった…。

他にも原作とのズレを感じられたのは、残念であるのだ。


学生時代に見た、「ドレイ工場」(山本薩夫監督)はよかったなあー。

時代背景も違うから、労働組合への認識も違うんだろうけど(設定として)。
やはり厳しい争議が続いてひどい状況なんだけど、あきらめず団結をする。
その意味まで問うていたような。
何しろ前田吟がサイコーでした。
ひろしはすごい。

寅さん野外上映会

2008-09-08 01:14:38 | 映画
日が経ってしまいましたが、友人らとともに
第1作「男はつらいよ」の野外上映会へ行きました。

モチのロン、葛飾柴又でござんす!
帝釈天に、巨大スクリーンを張っての上映会でした。

8月27日だったのですが、40年前のこの日に
第1作の公開がスタートしたそうです。
そして今年は40周年イベントが各地で満載なのであります。

山田洋次監督や初代マドンナ・冬子を演じた光本幸子さん、
そして佐藤蛾次郎がゲストで来ていました!
(=写真。暗くてわかりませんが)
と言っても仕事がやや長引いて遅れたため、
私はゲストの話はあまりしっかり聞けなかったのが残念です。

でも遠目にも冬子は今もキレイでした。


そして立ち見になってしまったけど、寅ファンの人々とともに外で見る
寅さんは、本当にサイコーでした。

さくらがツヤツヤで、ど美しい。
ひろしもかっこよすぎる。
罪作りな冬子もちょう美人。
寅さんも若い。
おいちゃんもおばちゃんも若い。そしてうまい。


第1作目は初めて見るわけではないけど、何度見てもよいです。
第1作目から、それぞれのキャラができているのもすごい。
キャラ自体の違和感がないのです。


そして大笑いして泣きました。
はーよかった。


さくらが博との結婚を決めた瞬間、

「お兄ちゃん、私、博さんと結婚する。
決めちゃったの。
いいでしょ、ねえ、お兄ちゃんいいでしょ」


このときのさくらの顔!
そして寅さんの顔!



あと、博のお父さん・志村喬が結婚式であいさつするシーン。
ウマイ!
博もさいこーー!


やー
ほんとに、寅さんって、いいもんですね。

誰か寅んくをプレゼントしてくれないでしょうか。
それが無理なら全作DVDだけでもほしい。

出産はすごい

2008-04-22 23:50:20 | 映画
シャンテシネで、「プルミエール 私たちの出産」を観た。
本も出ていたので(ランダムハウス講談社)買ってしまった。

世界各地の10人の出産のドラマを紹介するドキュメンタリー映画。

病院どころか助産師の手すら借りない出産、
イルカとともに水中での出産、
砂漠の伝統文化の中で女たちに支えられながらの出産、
貧しさの中で4人目を身ごもり、出産後避妊手術を決意する女性、
北極の遊牧民が一人ヘリコプターで病院に入院しての出産、
出産直前までダンスを続ける女性、
日本家屋で妊婦だけの共同生活を通じて迎える出産、
順番待ちの行列が並ぶ大病院での出産
など。

いろんな文化、思想の中でのいろんな出産がある。
自ら出産の仕方を選べる人もいれば、そうでない人もいる。
選べる状況にある人も、選ぶ方法はさまざま。

とても丁寧に撮影しているので、出産前の不安、陣痛の苦しみ、出産直後の安堵、喜びがじーんと伝わってくる。
見ていて痛々しい場面も多い。
けど感動もたくさん。
それぞれ共通する点としない点とがあってまたおもしろい。

日本や欧米で撮影された出産については、みんな夫が立ち会っている。
イルカとともに出産したメキシコの女性には夫がずっと付き添っているが、仕事はどうしたんだろう、などとても気になる。
暮らしに追われると、出産そのものを楽しむことはできないんだろうな。

出産そのものを楽しむって、前は考えもしなかった発想だが、まさにこの映画を通し、私は楽しんでみたいと思った。

前は結婚はしなくても子どもはほしいなーなんて思ったことがあったけど、この映画に登場する女性にはみんな相方がいた。
ウーン。
子どもはほしいと思いつつも、結婚含めまだ後回しにしたいと思っちゃったりもしている。
でも出産方法にしろ、あれこれ一人で考えてばかりいると、勝手な理想ばかりが膨らんで結局現実に踏み出せなくなるのかもしれない。…。

ドキドキし通しの映画でした。

椿娘~ドンベク・アガシ

2008-02-25 22:03:45 | 映画
疎外された歴史の地、ソロクトで咲いた花
「ドンベク・アガシ(椿娘)」

という韓国のドキュメンタリー映画を見ました。

韓国・ソロクトには、ハンセン病患者の療養所があり、今も多くの元患者たちが暮らしています。
日本による植民地時代には、日本国内と同様にハンセン病患者の強制収容が行われ、患者への差別が助長されました。
療養所内での強制労働、断種、堕胎のほか、職員による暴力…。
日本が敗戦、韓国の独立後も療養所では出産が認められないなどの暴力が続き、今なお差別が残っています。

日本では、元患者らによるハンセン病国家賠償訴訟が勝訴し、国は控訴を断念、原告団との和解が成立しました。
旧植民地である韓国と台湾の入所者も訴訟を起こし、結果は台湾のみ勝訴、韓国は敗訴しました。

ハンセン病補償法改正によって国外療養所についても補償すべきとされましたが、韓国では裏づけ不足等によって入所者の認定に困難をきたしているそうです。


映画はソロクトで暮らすひとりの女性=李幸心さんが主人公です。
両親がハンセン病だったためにともにソロクトへ。
本人は病気ではないため両親と離れて暮らしていたが、寂しさのために病気と偽って両親の元へ。
そこで自らも感染しました。

戦後妊娠しましたが、収容所ではまだ出産が禁じられていたために、出産当日は鶏小屋に隠れて鶏の鳴き声とともに陣痛の叫び声をあげました。

しかし子どもと暮らすことは許されず、親戚に預けることに。

子どもは李さんが映画化されることや訴訟、来日して話をすることなどをよく思っていないそうです。


監督は、妊娠して大きなお腹を抱えながら撮影に臨んだそうです。
母親としての李さんと監督とのふれあいが映画からにじみ出るようでした。

李さんはとてもパワフルで明るく、オシャレに気遣う人です。
でも高くてキレイな声で「ドンベク・アガシ」を歌うとき、ハンセン病とその病気を進行させたもの、偏見をつくり出したもの、…といったものへの切なさのようなものを感じました。

「南京の真実」とは何か

2008-02-21 00:29:25 | 映画
風邪を引き、特に朝は声が出ません。
年末に引いたばかり。
体力不足なのかもしんないけど、東京の空気もかなり悪い気がします。

1月、「南京の真実」という映画を観ました。
感想的なものを「平和新聞」用に書いたので転載しちゃいます。

率直に言って、3時間にも及ぶ映画で、しかも流行に乗らないノンビリした進み方(イマドキの流行はテンポが速い映画だそうで)、商業ベースには乗りにくい気もするのですが…。
広く普及したい人たちにとっては残念な出来なのではとも思いますが、しかしどうにか広げようと画策しているのかな…?


==

 映画「南京の真実」第1部「七人の『死刑囚』」の完成試写会に行きました(1月25日、東京・有楽町のよみうりホール)。無料であることや宣伝カーでの呼び込みが効いてか、上演前に1100席はいっぱいとなりました。
 脚本・監督を担った「チャンネル桜」の水島聡社長は去年1月の制作発表で、「大虐殺と言われるような事実は皆無」として、「日本の汚名を晴らす」と制作の動機を語っていました。当日の舞台あいさつでは、「客観的に、ことさらイデオロギーを入れずに見ていただきたい」と話しました。
 東京裁判で南京事件の責任を問われた松井石根役の俳優・浜畑賢吉氏は、「松井閣下の素晴らしいお心に触れた」などとあいさつ。また内閣の教育再生担当・山谷えり子国会議員が登場、「(リニューアルした)南京大虐殺記念館には間違った資料がまだある。南京の真実が世界に広がり、中国と改めて和解できることを信じたい」と述べ、元外交官の岡崎久彦氏は「東京裁判はむちゃくちゃ」などと述べました。
 映画は3時間に及ぶ長編で、7人のA級戦犯らが死刑執行されるまでの最期の24時間を、丁寧(過ぎるほど丁寧)に描いています。監督の趣味なのか、7人の心情を表すセリフは平面的であまり深みを感じませんでしたが、とにかく判決を素直に受け入れ、国や家族の行く末を憂いながら最期まで誇りを持ち続けた、と表現したいようです。同時に裁判で被告の無罪を主張したパル判事や被告側弁護人による主張の映像を織り交ぜることで、裁判の不当性を訴えています。
南京事件について、直接的な言及はわずかでした。冒頭には、原爆で広島長崎の30万人が虐殺された日、「戦後日本と『南京大虐殺』の嘘が始まった」と大書きの字幕。東宝映画「南京」の映像を挟み、陥落翌日に撮影したはずなのに死体などどこにもない、と「解説」。本編後に、元兵士数人が「虐殺現場を見ていない。大規模な虐殺はあり得ない」など「証言」しています。歴史学においては、すべて検証・反論されている「南京大虐殺否定論」です。
本編の最後には「真実と誇りを」と大書き。結局、7人が戦争にどう関わったのかは何も振り返りませんでした。
 問題は、なぜこうした映画が多くのカンパに支えられ成り立つのか、また山谷議員が舞台あいさつに立ったことや自衛隊の準機関紙「朝雲」でのキャンペーンに表れるように、政治家や自衛隊の歴史認識と、ゆがめた「真実」を政治利用する姿勢です。(に)

ガイサンシーとその姉妹たち

2007-02-17 22:01:35 | 映画
友人の結婚を祝う会に参加しました。
やーよかった。
ああやって互いに思いやるって、私には実感として経験したことがないので奇跡的にも思えるけど、ステキだと思いました。


そいで祝う会の前に、ちょっくら映画を観ました。
ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」。
今、話題の映画。一部でかもしんないけど。

旧日本軍によって性暴力を受けた、中国人女性の証言などで構成するドキュメンタリー映画です。
元日本兵の方々の証言も織り交ぜています。

丁寧な、よい映画でした。

中国残留孤児の帰還に尽力した国友忠さんは、「従軍慰安婦は存在しなかった」と言う。

一度だけ輪姦に加わったと言う近藤一さんは、当時は罪の意識を感じなかったが、家庭を持って初めて後悔の念にさいなまれた。
この近藤さんは、去年愛知で開催したピースエッグで話をしていただきました
映画の近藤さんは今より数年前の映像なので、去年の9月にお会いしたときよりもしっかりした口調と体つきでした。

被害者の女性たちの証言は、耳を疑うようなことばかり。
この人たちは、戦後何10年、笑ったことがあるのだろうかと心配になります。
もしかしたら、本当に心から笑ったことなどないのかも。
表情がものすごく固い。

タイトルにもなっている「ガイサンシー」は、山西省の美人を意味する言葉で、候冬娥(コウトウガ)さんのこと。
彼女は映画には出てきません。絵でのみ登場します。
強姦による心身の後遺症に苦しみ続けた彼女は、病気で動けなくなり、戦後50年近く経って自殺をしました。

実はこのエピソードだけ聞いたとき、なぜそんなにも時を経て自殺など、と思いました。
今さら、的な。
でもおそらく、それほどの時間を経過してもなお鮮明な記憶として体に刻み付けられたのだろうと思うと、言いようのない気持ちになります。

監督の班忠義さんがガイサンシーがいた村の村民に聞き取りをする中で、彼女が「慰安所」から戻されたとき、彼女のお腹が風船のように膨れ上がっていたとの証言がありました。
それで彼女の母親がお腹を少しずつ押して、中のものを出したら洗面器がいっぱいになったと。
何が出たのかと監督が聞くと、「日本人が出したものだ」と答える。
その周りで、聞いていた人々が笑っていました。

映画を観ていて、お腹が膨れ上がったという話だけでも私までお腹が痛くなるような気になってきましたが、一方でこの笑いはなんだろうと思いました。
君たちはどんな感覚の持ち主なんだ!というようなことではなくて。

班忠義著・「ガイサンシーとその姉妹たち」という題名の本も出ています。

そしてこれから全国で上映されます。

蟻の兵隊とディア・ピョンヤンとゆれる

2006-10-01 23:22:57 | 映画
日曜、映画を3つ観ました。9月はナント1本も観ることができなかったので、10月初めの映画デーに一挙に3本観ちゃった…。
でも私には1日3本はやはり多いものです。そしゃくする時間が足りないのであります。
でも幸せ。
しかもいずれも話題の映画どす。

1つは「蟻の兵隊」。
ようやく観ました。東京ではもう終わっちゃうのかも…。
中国山西省にいた日本軍部隊が、敗戦を迎えてもなお残留させられ、国民党軍として中国の内戦に参戦させられる。軍命令であったにもかかわらず、日本政府は彼らを「逃亡兵」とみなし、自らすすんで内戦に参加したのだとして軍人恩給を支給しない。
元兵士の奥村和一さんは、軍人恩給の支給を求めて裁判をたたかう一人。
映画は奥村さんの姿を追うドキュメンタリーですが、真相を解明しようと一人中国へ渡るなど必死の奮闘ぶりが描かれます。

奥村さんは国内的には戦争被害者として裁判に取り組みますが、しかし訪れた中国では当然加害者。
山西省で会った劉さんという女性が、戦時中に日本軍に監禁・強姦された経験を奥村さんに話します。じっと耳を傾ける奥村さん。自身は女性を強姦したことはないと言いますが、民衆を殺した経験は持つ。妻には話せない、という奥村さんに、「話せばいい」と言う劉さんの姿が印象的でした。

奥村さんが真相を明らかにしようと中国を訪れ、また日本でも同じ部隊の上官を訪ねる姿は「なぜそこまで」と思わせるほどに執拗で切実に見えます。
私が今の時点で戦争体験の「継承」を謳うものとは、質が違いすぎる気もします。


2つ目は「ディア・ピョンヤン」。
やーおもろかった。笑いました。
しかしその笑いがまた切なさを増幅します。
在日コリアン2世の監督が、朝鮮総連の元幹部を務めた父の日常をホームビデオカメラで追う。両親が信じる祖国への忠誠と、カメラに写るごくごくフツー(どころかかなり笑える)のお父ちゃん・お母ちゃんの間にある違和感(娘が感じる)を、娘の視点から捉えるドキュメンタリーです。

全面に現れるのは家族へのあふれる愛です。そして両親への違和感、葛藤。
とかく「北朝鮮」について、おもしろおかしく、「全体主義」の国だということをアピールするのが日本のマスコミです。
私は直接見たことも聞いたこともないですが、決して一般国民にとって住みやすい国ではないのだろうとは思います。

しかし日本マスコミが誘導する一面的な「北朝鮮」イメージをぬぐうものでもあります。
もちろん「北朝鮮」を支持する映画ではなく、その体制、というかそれを支持する在日朝鮮人や「帰国者」たちへの違和感を明らかにしています。
でもそれは無責任な「客観報道」などではなくて、身内の視点をふんだんに生かした、それゆえのリアルさがそこにはあるのでした!

ちなみにマンギョンボン号の船内も初めて見ました。


3つ目は「ゆれる」。
仲が良かったはずの兄弟が、一人の女性の死を機に…むにゃむにゃ。
おもしろかったけど、わが友人が絶賛するほどでは…。
でも香川照之とオダギリジョーはとってもステキでした。

学校Ⅱ

2006-07-15 02:57:03 | 映画
同居人が借りてきていた山田洋次監督「学校Ⅱ」(ビデオ)を、私も借りて観ました。

まずは昨日。
夜も遅かったので、半分に分けて二夜にわたって観ようと思ったのですが、ついおもしろくて全部観てしまいました。
しかもそれで終わらず、2度観。
…をしようと思ったのですが、さすがに遅かったので(それでも)初めの30分くらいを観たところでグッと我慢をして止めました。

ほいで今夜、続きを観たのでした。
まだ観たいです。


以前にも観たことはありましたが、これほどいい映画だったかと驚くほど、今回は胸に染み入りました。

しんみりと心に染み入り、一晩経たのち、結局
「有意義な人生を送ろう」
と思ったのでした。

自分の語彙の乏しさが残念ですが、おそらくこんな言葉で表してよいと思います。

なんていうか、いろんな職業がある中で、私は自分の選んだ職をまずはしっかりと全うしよう。とか。
かっこつけマンなところが多分にある私ですが、自分にばかりこだわらずに生きることは可能なんだろうな、とか。


印象的な場面やセリフはいくつもあります。

中村富十郎扮する校長が、「学校はこんなことが起こるんです」と言ったり、「学校なんてそんなもんだよ」と言ったり。
前者の言葉は、生徒同士が互いに刺激し合ってそれぞれが変化(成長)を遂げたことを受けて、後者は学校外の貴重な体験が生徒に大きな影響を与えたとき。

いしだあゆみの「ちっとも」というセリフ。2回言うのですが、それぞれ言い方が印象的。
あとは西田敏行が教育を受けることを「権利」と主張したり、永瀬正敏の葛藤だとか。鮮明なメッセージがたくさんあります。
吉岡秀隆が言葉を発する場面、ジレンマを吐露する場面。この人の演技は圧巻でした。ヤー、すごい。
などなど。

マンガ「どんぐりの家」を思い出し、さらに深みを増したのかもしれません。