原石を磨くこと、これが予想通りと言うより、なかなか面白いのであります。
今まで、自分が彫る印材は、練習用には方形・直方体に切り出した市販されている印材がベースで、人様に差し上げる印には、その持ち手部分に獅子などの形を彫り出す「紐」がついている石や、少し値段が高い、きれいな石を選んでおります。どっちにしても、印面をちょっと磨き直して字を彫るだけです。
そうした印材のもとになるのは岩山を掘削したり、地中の坑道から切り出す岩石が殆どですが、石の王様、田黄などの名石・希少石は、気の遠くなるような歳月で、山の中から地表に現れ、何かのはずみに地面に落ち、それが沢を流れる水によって丸くなり磨かれます。そして、流れ着いた麓の土中に埋まって、その後、丸石の表面が酸化したり浸食され、変質変色した結果、「皮」と呼ばれる硬い層にくるまれている状態で出土したのです。田黄石はその典型で、元石と言われる透明度が高く琥珀色の緻密な石で、表面は真っ黒であったものが多かったので「烏(カラス)皮田黄」などと言われ、見つければひと財産のお宝であったと聞きます。
芙蓉石は、大きな岩塊を切り出したものから、地表に現れて長く経った小型の自然石まで多種多様であります。最終的には、田黄にせよ芙蓉石にせよ、表皮を全部取り除き、雑味のない均質な元々の材まで削って磨いたものが最終形となります。
印材の中で、愛好家から最も珍重されるのが、水坑・田坑と言われる自然の形を残した丸い石で、これを大吟醸のごとく純粋な石本来の材質だけになるまで徹底的にそぎ落とし、磨かれた美しい印材を争って求めてきたのです。
さて、先日入手した原石は、ある程度の大きさの岩石を、石鑿で切り分けた時に出来た端材や、皮の部分が非常に厚い、あるいは砂礫質など本来のヨウロウ石とは異なる石層と融合・固着したところを剥がした部分と見受けられます。田黄にせよ・芙蓉石にせよそうした夾雑物がある岩塊や砂質・雑味は嫌がられ下品と扱われるのです。
ワタシは、この石がそもそも「寿山芙蓉石」であるかを鵜呑みにはしておりません。しかし、出品した「墨文字」さんは、篆刻関連道具を多種扱っているネットストアで、以前から印泥のメンテナンス用資材、印材、印刀、印矩などを購入していて「良心的な専門店」と見ております。その店で販売しているのが石印材の原石(=どこで採掘しているかが特定・確認しやすい石)なので、信憑性は高い部類だと思います。
今回、ヤフオクやヤフーショップで同列販売していた芙蓉石の原石600~1,000円の品物を実際に手にして磨き始めた時点で、十分印材として使用に耐えうる、さらに自然石印材として「磨けば光る素材」と実感しているのであります。削って磨けば磨くほど、その様子が移り変わり、しっとりとした美しい艶が出てくるのが大変楽しく「やみつきになりそうな」快感なのであります。
これは、もう大人のおもちゃ、しばらくこれで楽しまねば!と思って、追加で6.7個購入いたしました。(笑)
基本的にわが国で「今から始める石印材 原石を磨こう」などという書物は売っておりません。自分で想像しながら適当に削り磨くだけのことであります。
実は私は秘密兵器を持っております。ハンディタイプの研磨機ミニグラインダー とかマルチルーターとか言われる器具であります。先端の研磨ビットを取り換えれば、様々な用途に使える優れものであります。残念ながら室内では石粉が舞う心配があるので、あまりお勧めできませんが。
手順は
①底部(印面)になる所を決める。一般的にはやや狭く、一定の範囲が平坦になっている部分を選びます。勿論重心が下にあって倒れないようにいたします。
②簡単に洗ったら、汚れたり変色して汚いところを印刀ややすりで削り取る。③尖った部分を落とし面取りして、全体的に丸みが付くようにする。
④粗く削った段階で、表皮と内部の質が見えてくるので、全体が最終的にどういう姿にするのかを想像し、どこまで皮を削るか、一部を残すか考え、底面を除くをほぼ全部を研ぐ。底面は平らに削るが、その形状には拘らない(印を彫る時に考えればいい)
そしてこれが原石で、先日研磨の工程に入りました。サンドペーパーでちまちま磨いていると半日がかりになる、「ちんたらやっていると日が暮れちまう」が第一感であります。土地の言葉で「お姫様がお〇〇を洗ってるんじゃないよ」と言います(笑)。石の形を生かして出来るだけ量目を減らさないと考えるのはアウトであります。優先すべきは、最も美しい原材のいい所だけを残すことと角や凹凸を極力大胆に削り落として「玉」に近づけることである、と感じました。
気の遠くなるような歳月の中で、水流などにゆっくり磨かれて丸くなった、という風情にするためには、「造形」とか変化の妙を気にするより、丸く美しく均質純粋な部分のみを残すことが肝要なのです。
そこで、反省し修正したうえでの作業は、大きな印刀を用いて、まず力を込めて、丸く全体を均め大胆に表面を削ることが良かろうというのが結論です。加えて棒状・扁平な棒やすりを使って、部分的には「ごしごし」と削るのです。ここをサンドペーパーで微細に削っていると、ちっとも前に進まなくなります。また、雑質の部分は原則として邪魔で不要なのだと割り切らねばなりません。石質が同じなのに、微妙に色や模様が入っているのは歓迎ですが、砂礫質や腐食された変質部分は「磨いても美しくならない」のであります。
今回初めて挑んだ石磨き・印材作りの石は50gと80gほどでした。高級和牛肉が高価なのは、筋の硬い部分や余計な脂身を切り落とすことが大きな理由であります。大吟醸は、「玄米を100%」として、白米をさらに削って磨いて精米歩合が50%以下になるくらいまで減らしたものを醸造するので高価なのです。
となると印材の「芙蓉石」を大吟醸クラスの名石までにするには、半分くらい磨く覚悟が必要になるのですね。違うか(笑)
そして丸一日かかって削り磨いた石がこれであります。左の石の重さが24gと47gまで減りました。
感想は、コスパが悪い(笑)。これだけにするのに相当な時間と労力を費やすことになります。二つにかかった総時間数は、多分5,6時間ほどであります。これはもう少し習熟し、思い切って大胆に切り落とすことから始め、一部ミニルーターなどの機械を用いることでその時間を半分くらいには減らすことが出来るでしょうが。少なくとも、原石を仕入れて磨いて製品にするのは割に合わないと思いますね。
篆刻をやるについて、知るべき印材の知識と経験値を上げる意味では、楽しく、いい時間でありました。今日届く予定の、追加注文した原石を少しいじくってから、次は手持ちの薄意が施された2㎏ほどの灰色の巨大印材を「バラシ」て普通サイズの印材10個ほどに切り分ける、という新たな挑戦が待っております。
「嗚呼、印材探しの旅は果てしない」のであります。