よりめちゃん

2016-11-11 23:41:47 | ねこ部
うちの子たちがまだ仔猫の頃から、よく見かける野良猫のよりめちゃん。
多分、うちの子たちより少し早く生まれたくらいだろう。
シャム系で、顔に茶色いブチがある。

よりめちゃんは、あまり人を怖がらない。
近づこうとすれば逃げるが、ある程度の距離があれば知らん顔をしている。
私が毎日猫散歩をしていた頃、
途中で出逢っても、うちの子たちはよりめちゃんを見て興奮するのに、
あちらは平気の平左である。
私はいつも、
「あの子は、あんたたちと違っておりこうだから、相手にしてくれないよ!」と言っていた。
よりめちゃんが、すごいスピードで道路を横断して行くのを見た。
おりこうだなあ。いつもそう思っていた。

よりめちゃんは子供を産んだ。
我が家の隣の市営住宅で子育てをしていた。
仔猫が5匹くらいいたと思う。
仔猫が親離れできそうになった頃、
住宅に住むおじさんが、遠くに棄ててきたと言っていた。
それ以来、よりめちゃんが子供を産んだ様子はない。
誰か避妊手術でもさせたのだろうか?

よりめちゃんは、時々うちの庭に遊びにくる。
何年か前から、エサをやるようになった。
よりめちゃんは小食である。
そんなにたくさんやるわけでもないのに、大抵いつも残してあった。
でも、よりめちゃんは他所でもエサをもらっていた。
うちの窓から玄関ドアの見える住宅の1階の部屋。
猫好きのおばあさんが住んでいる。
そのドアの前でよりめちゃんが鳴く。
するとドアが開く。よりめちゃんが中に入っていく。
そんな様子を何度か見かけた。
あのよりめちゃんが、中に入って行くなんて、あのおばさんはそんなによりめちゃんに信頼されているのか。
そう思うと、ちょっと羨ましかった。

よりめちゃんの餌場は他にもあるんじゃないか?
なんとなくそんな気がしていた。

時々エサをあげていたが、ある時ちっとも来なくなった。
死んじゃったんだろうか?
心配していたが、春になるとよりめちゃんは姿を現すようになった。
冬の間来なかったようだ。
どこで暮らしていたのだろう?
その次の年も、冬になるとよりめちゃんを見かけなくなった。
そして春になるとやってくる。

そのうちにマダラちゃんがうちに居つくようになって、
よりめちゃんはあまり来なくなった。
よりめちゃんとマダラちゃんが鉢合わせしたこともあった。
最近もうちの庭に遊びにはくる。

私も夫も、よりめちゃんのことが何だかとっても好きだ。
よりめちゃんはおりこうさんだと思っている。
野良猫の寿命は2―3年とも聞く。
うちの子が7歳だから、よりめちゃんもそれくらい。
よく長生きしてくれている。

人生は長過ぎる

2016-11-11 13:33:08 | 戯言
人の一生なんて短いものだとよく言われる。
確かに、宇宙の、魂の、長い歴史を考えれば、人の一生なんて短い。
でも、実際に生きている人間にとって、人生は短いだろうか?
そんなはずはない。

私たちの親の世代のことを考える。
親が生まれた時代。戦前である。
想像もできないような大昔である。
戦前、戦中、戦後を生きた母は偉大である。
時代の流れというものをどう感じていたのだろうか?

私が子供の頃だって、最早大昔である。
小学生が書いた未来の予想図みたいなのとはちょっと違うけれど、
当時は想像もできなかった世界が広がっている。
だから、ずっとずっと長生きをして、世の中の変化を見たいと思う人もいるかもしれない。

祖父は、死ぬことを怖がっていたと、母が言っていた。
そうだったのだろうか?
祖父も母も、90年近くも生きて。
何て長い時間だろう?

祖父は80歳になった時に、回顧録を書いた。
ずっと日記をつけていたので、それを見ながら書いたのだろう。
手書きで、コピーしたものを綴じたもの。
伯父たちが、祖父の願いをかなえるために試行錯誤して完成させたのを覚えている。
どこまでの親族や友人知人たちに配ったのか。
実家にに何部か残っていたはずだ。
何年か前に、それが読みたくなって、母に聞いたが、
探しておいてくれると言ったものの、どこにあるのかわからなかったのだろう。
私の手元にはなかなか来なかった。

先日、姉が見つけて渡してくれた。
一通り目を通す。
手書きで読みづらいし、全く興味のない内容もあるので、
全部は読んでいないが。

序文を読んで感じ入る。
身体は死とともに無となる。
それは良いが、ただ何となく未練の残るのは、折角此の世に生を受け、
80年以上永い間に、私の周囲に生じた様々の出来事、何らかの形で宇宙空間に投じた波紋、
それは一体どうなるのだろうということである。


『何らかの形で宇宙空間に投じた波紋』
そんな表現ができる祖父のことを思う。

リピーター

2016-11-11 13:32:59 | 日記
DVDが出るまで待とうかと思ったのだけれど、
金曜日のレディースデーに予定がない。
もう一回観てきた。『君の名は。』

何度か体中がジンジンと震えた。
魂が喜んでいる。
そう思った。

このアニメーションを創るのに、大勢の人が魂をこめて作業したんだろう。
そう感じた。

そして、こだわりを棄てようと思った。
原則、映画館で邦画は観ない。
まずそれを棄てようと思った。

三葉と瀧くんは、再会するのに5年かかった。
いや、三葉の方から見れば8年だ。
8年。
私がIGUちゃんのことを好きになって、忘れる決心をしたまでがそれくらい。
あの頃は長い時間だと思った。

8年かあ。
8年後には、私は63歳。
過ぎてしまった時間は早く感じるけれど、
これからの8年はとても長い時間に感じる。

本当の私

2016-11-11 08:26:51 | 霊性
本当の私はどんな人間だろう?

中学までの私は本当の私だっただろうか?
若い頃の私は本当の私だっただろうか?
子育てしていた頃の私は?
そして今の私は…。

本当の私は…。
そうだな。まず思い浮かんだのは、年齢を気にしないということ。
この歳になったから、こういう風に考えなきゃいけないとか。
そうは思いたくないなあと思ってきた。
子供に対する態度。
よく言われることに、親は自分が子供だった頃のことを忘れて子供に接するということがあると思う。
自分も子供だった頃があるのに、子供の気持ちがわからないと。
確かに子供の気持ちはわからない。
子供に限らず、どんな自分以外の人の気持ちもわからないのだ。
でも私は、子供がこんなことやりたいんだろうなって思うことをできるだけ妨害?しないようにと思ってきた。
だって、子供は私とは別人格。
自分がやりたいことをやってみないと、自分で自分の責任を取って生きて行くことはできないんじゃないかと。
そんな風に思っていた。
理解のある親でいたいとか、そういうことが全く無かったわけではないかもしれない。
でも、自分で決めた道でないと納得して歩いて行けないではないか。
自分がそうだったから。
自分で決めたことだから、失敗しても納得して生きてこれらた。

そして本当の私は…。
本当の私は、人と話すのが好きだ。
今は心から好きだと言えない気がする。
でも、本当の私はきっと、人と話したいのだろうと思う。
そうだ。思えば、小学生のころ、私に貼られたレッテルは「おしゃべり」だった。
そして「早口」だった。
いつから人と話すのが苦手になったのだるう?
自己嫌悪だったり、批判だったり、
それこそ後から身につけた諸々のものによって話せなくなったのじゃないだろうか?