セピア色の映画手帳 改め キネマ歌日乗

映画の短い感想に歌を添えて  令和3年より

「八月の鯨」

2013-05-21 00:27:21 | 外国映画
 「八月の鯨」(「THE WHALES OF AUGUST」1987年・米)
   監督 リンゼイ・アンダースン
   脚本 デイヴィット・ベリー
   撮影 マイク・ファッシュ
   音楽 アラン・プライス
   出演 リリアン・ギッシュ
      ベティ・デイヴィス
      アン・サザーン
      ヴィンセント・プライス

 20歳の頃「ハリーとトント」を観て、イマイチ合わないと言うかピンと来
なかったので、ちょっと危惧が有ったのですが、杞憂に終わりました。
 この映画の世界が身近になったんでしょうね。(笑)
 
 リビー(B・デイヴィス)とセーラ(L・ギッシュ)、そして幼い頃からの友人
テイシャ(A・サザーン)
 青春、朱夏は遥か昔となり白秋も過ぎ玄冬の中に居る三人。
 そんな三人が過ごした夏の終わりの一日。

 気難しい性格が年齢と境遇から辛辣で陰険な性格へ悪化した姉リビー、
思い出を大切にしながらも残りの人生を朗らかに生きていきたい妹セーラ。
 そして、二人と長い長い付き合いである、ちょっと無遠慮でお節介なテイ
シャ、更に束の間、そこへ加わる亡命ロシア貴族の老人。
 特に、この女三人が良く描けいて、あの家と島で本当に暮らしてる実在
感があります、映画の中で本当に生きているんです。
 これは二人の名優、L・ギッシュとB・デイヴィスのさり気ない名演技によ
る所が大きいと思いますが、受けの演技主体でありながらも変幻自在の
融通性をみせたL・ギッシュの素晴らしさが格別でした。

 また、印象に残る台詞の多い作品でもありました。
 「人生の半分はトラブルで、あとの半分はそれを乗り越えるためにある
のよ」
 これはテイシャの台詞ですけど、長い道のりを歩んできた人間が言うか
ら説得力があります。
 
 亡命貴族とセーラの会話では(亡命後の生活をビリーに聞かれて)、
 「友人を訪ねながら過ごしてきました」
 「自由だったんですね、羨ましいわ」
 「あなたは本当にロマンティストですね」
 この台詞で、苦労の質と種類が各人で違うこと、セーラがごくごく普通の
アメリカ老婦人だという事が解かります。

 同じシーンで、キラキラ輝く夜の海を見ながら老貴族が言う言葉、
 「月が波間に銀貨をばらまいています、あれは決して使えない宝石です」
 (「こういう景色に包まれて生活できるのは、何物にも代え難い素晴らし
い事ですよ」の意)
 美しい比喩ですが、この台詞で中島みゆきさんの曲の中でも僕が一番好
きな「砂の船」の歌詞を思い出しました。
 映画と関係ないし、意味も全然違うのですが同じ光景を描いても書き手の
感覚で随分違うものだなと。
 ♪月は波に揺れて 幾百 幾千 古い熱い夢の数だけ
  いま 誰もいない夜の海を 砂の船がゆく♪ 
 (これが、あの時の老貴族の心境かもしれませんね)

 夏のギラギラした灼熱の光ではなく、夏の終わりの優しい陽光が似合う映
画。
 リビーとセーラが歩いていった岬、例えそこから「八月の鯨」が見えなくても、
二人の心の目には昔と同じに「鯨」がきっと見えている、そして、二人も又、
昔のようにこれからも生きていける。

 評判通りの秀作だと思いました。