クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

“直木三十五”の原稿はなぜ字が小さいのか?―作家の秘密道具(3)―

2010年12月11日 | ブンガク部屋
字は人なり。
書く字には、その人のなりや状態、
性格などが反映されているらしい。

振り返って自分の字を見ると、
自信がなく鬱々としていた頃の字はやけに小さい。
自信のなさがそのまま字に現れている。
シャープペンで書いているのだが、
なんだか色も薄いし、字そのものがクヨクヨしている。

手書きで日記を書いている人は、
文字そのものを見てみるといいかもしれない。
そのときの心の状態が、
字に反映されてはいないだろうか?

ところ、とても小さな字を書く作家がいた。
その名は“直木三十五”。
手日でも大きく取り上げられる芥川賞・直木賞の名前の由来になっている人物である。

本を読まない人でもよく知られた賞だが、
直木の作品を読んでいる人は少ない。
寡作な作家だったわけではない。
逆に多作だった。
しかも速筆。
膨大な量の注文を、ペースが落ちることなく書きまくった。

そんな直木の直筆原稿を見ると、
かなり字が小さい。
原稿用紙の升目の右に、チョロチョロと書いたような字である。

これは彼が自信がなかったわけではない。
むしろ、直木は自信家だっただろう。
書く字が小さいのは、多くの注文をこなさなければならなかったのと、
速筆のためだ。
直木は個性的な作家だったらしいが、
その直筆原稿もその特色を表していると思う。

普通、作家は机に向かって作品を書くが、
直木は机を使わない。
布団である。
布団に伏して書くのだ。

直木が使っていたのは二百字詰原稿用紙とGペン。
彼は速筆を誇りにしており、
その速度を愛人に測らせては楽しんでいたという。

しかも、推敲はしない。
書いた原稿は書きっぱなしだった。
だから誤字脱字も多い。
もし、直木がきちんと推敲していれば、
いまでも読まれる作家になっただろうと言う人もいる。

直木三十五は、昭和9年2月24日にこの世を去る。
享年43歳だった。
当時、直木は人気作家だったが、
前述したようにいまも読み継がれているとは言えない。

「直木賞」と聞いて、
それが「直木三十五」の名から生まれた賞と言える人はどのくらいいるだろう。
その速筆で書かれた字のごとく、
輝かしくも波乱の人生を駆け抜けた作家だった。
流れるような小さな文字だから、
目に留まりにくいのだけど……
コメント
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