クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

カフカを作家にさせた2つの“境界”とは?―作家の秘密道具(5)―

2010年12月19日 | ブンガク部屋
「世界文学」に必ず登場する登場する“フランツ・カフカ”。
彼が作家として認められたのは死後のことである。

したがって、職業作家だったわけではない。
カフカは半官半民のような職業に就いていた。
彼の勤務先は労働者障害保険協会。
日中はそこで仕事をしていた。

しかし、勤務を終えたカフカは変わる。
自宅に戻った彼は、2時間の仮眠をとる。
夕食をとったあと、小さな包みを持って家を出た。
そして、モルダウ川に架かる橋を渡り、
何百段もの王城への石段を登っていく。

やがて辿り着いたのは、妹が借りていた小部屋。
カフカはそこで夜更けまで小説を書いていたという。
そこには、作家としてのカフカがいる。
昼と夜の顔があるように、
彼には昼と夜の仕事があった。

自宅に戻っての2時間の仮眠は、
夜の顔に「変身」するための必要な時間だった。
一度仮眠をとり、頭の中をクリアにしなければならない。
昼の仕事を終えたばかりの煩雑な脳では、
とても作品に集中できなかった。

また、夜の仕事部屋に向かう途中にある「橋」と「石段」は、
彼をさらに「変身」させる装置として機能する。
すなわち、カフカは橋や石段という“境界”を越えて、
昼とは別の世界へ足を踏み入れていたのである。
自宅では日常の色が濃く、
ペンを執るにも作品の世界になかなか入れなかったのかもしれない。

彼が仕事場へ行くのは、
労働者障害保険協会の職場から作家へ「変身」するための、
いわば通過儀礼だった。
二つの境界を越え、別の世界に入ることで、
カフカは作家になりえたのである。
幻想かつ不思議な作品を残したのもそのためだろう。

カフカは夜更けまで仕事を進める。
前述したように、彼は職業作家ではない。
本を出版したものの、全く話題にならなかった。
彼はどんな想いで、
日々の暮らしの中で書き続けていたのだろう。

カフカはペンを置き、身支度をすると再びドアを出る。
そして、来た道を戻った。
石段を下り、橋を渡る。
2つの境界を越えたとき、
彼は労働者障害保険協会職員の顔に戻っているのだった。
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