クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

2月29日付の「朝日新聞」の埼玉版に……

2016年02月29日 | お知らせ・イベント部屋
本日付(2月29日)の「朝日新聞」の埼玉版に、
拙著が紹介されました。
同紙の高橋記者から取材を受けたものです。
拙著と合わせてご覧になっていただければ幸いです。
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『羽生・行田・加須 歴史周訪ヒストリア』のウラ話(3) ―文章―

2016年02月29日 | クニ部屋の本棚
文章を書いていて心がけていることと言えば、
ぼくの場合おおよそ3つのことが挙げられます。

(1)わかりやすい文章を書く
(2)文章の行き着く先をおおよそ把握する(見切り発車しない)
(3)自分の書きたいものを書く(小手先で書かない)

(2)については、見切り発車してもよい場合もあります。
ただ、途中で迷子になることが多く、
未完成に終わったものはだいたい見切り発車です。

上記以外に、「避けているもの」が2つあります。
それは、執筆中に好きな作家の本を読まないこと、です。
文体やリズムなど、かなり影響を受けてしまいます。

もう1つは、書店に行ったとき、関連するコーナーに足を運ばないこと。
こちらも、題材やテーマ、切り口や魅せ方など、
少なからずの影響を受けてしまいます。
「~をどう書かなければいけない」と思った瞬間、それは呪縛ですね。
発想の広がりがなくなります。

逆に、すすんでやっていることもあります。
それは“朗読”を聴くこと。
世の中には朗読CDという素晴らしいものが存在していて、
とても愛用しています。

浪曲、落語、講演、詩歌、古典文学とジャンルはさまざまで、
ぼくが愛聴しているのは文芸作品です。
拙著を書いているときもずっと聴いていました。

読むと聴くのでは、刺激を受ける脳の部分が違うのでしょうか。
不思議と文章に影響を受けません。
むしろ、聴いているときの方が、いざ自分が文章を書く段になると、
すんなりとペンが運ぶことが多いのです。

文章としてのリズムが、余韻として体内に残っているのでしょう。
そのリズムの延長として、スムーズに文章が書ける気がします。

「いや、むしろ影響を受けるよ」、と言う方もいるかもしれません。
でも、文章に慣れるという意味では、
朗読CDはお勧めしたい一品です。
特に、文芸作品に少しでも関心のある若い方には、
感受性が豊かなときに一度は触れていただきたいものです。

さて、朗読CDをどのタイミングで聴いているかというと、
車の移動時間です。
これまで色々な場所で試してきました。
電車の中、病院の待合室、ウォーキング、買い物、
料理、洗濯物干し、就寝前などなど……。
機会は無数にあります。
が、車の移動中が一番適しているというのがぼくの結論です。

運転に差し支えはありません。
聴き入って集中できなくなったことは一度もなく、
車の運転がさらに好きになったくらいです。

では、どんな文芸作品が朗読CDになっているのか。
いわゆる純文学と言われるものが多い傾向にあります。
「純文学は退屈」と思われている方も多いかもしれません。
ぼくも、読んでいて眠くなったことは一度や二度ではなく、
挫折に終わった作品もどれほど多いことか……。

ところが、朗読で聴いてみるとびっくりします。
時間が経つのを忘れるくらい面白いのです。
面白すぎて、遠回りして車の移動時間を伸ばしたくなるほどです。

ラインナップは、例えば「和解」(志賀直哉)、「夫婦善哉」(織田作之助)、
「蟹工船」(小林多喜二)、「ひかりごけ」(武田泰淳)、「恩讐の彼方に」(菊池寛)、
「人斬り以蔵」(司馬遼太郎)、「富嶽百景」(太宰治)、「山月記」(中島敦)、
「魔術」(芥川龍之介)、「真夏の死」(三島由紀夫)などなど、
短編~中編の作品が朗読化されています。

読書で駄目だった作品が、朗読ならばすんなりと頭に入ってくるのです。
眠くもなりません。
こんなに面白い作品だったのかと、目からウロコが落ちる思いです。
朗読者のテクニックも素晴らしいのでしょう。

さすがは名作と言われるだけのことはあります。
その魅力は、時を経ても色褪せる気配を見せません。
朗読を聴いて、改めて魅力を再発見することも多いと思います。
今後も、たくさんの作品が朗読化されることを希望します。
(朗読サービスを提供しているwebも有り)

ところで、ぼくは落語が大好きで、
落語CDも愛聴しています。
朗読CDに手を出す前は、落語ばかり聴いていました。

ところが、落語は落語の独特のリズムがあります。
小説とは違います。
落語は話芸、小説は文芸。
通じるものはありますが、
明確に一線を画すものがあると思います。

そのせいか、落語CDを聴いてもあまりペンが進みません。
大好きで、同じネタを何度も聴いてしまうのに、
ぼくの場合は文章に積極的に働かないようです。

執筆直前に落語を聴くことは避けていました。
片一方の想い。
ややストレスです。
そのため、過日落語家の柳家花緑さんが羽生で独演会を開催したときは、
生落語をたっぷりと満喫しました。



拙著
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真名板で“嫁子呼び”の風習があった?

2016年02月26日 | 民俗の部屋
年が明けてまだ間もない頃、
真名板の郵便局へ行ったついでに、
久伊豆神社へふらり立ち寄った。

真名板高山古墳のすぐ近くに鎮座する神社で、
境内には鎮守の杜がわずかに残っている。
特に何があるというわけではない。
一般的な地域の神社だ。

江戸時代には、花蔵院というお寺が神社の管理をしていた。
花蔵院は火事で焼失してしまったが、
古墳の麓には薬師堂が建っている。
相当大きなお寺だったのだろう。
現存する仁王門が、往古の隆昌を偲ばせる。

ちなみに、この地域で婚礼を行ったカップルは、
1年以内に薬師堂を詣でる習わしがあったという。
ただ詣でるのではない。
嫁入り衣装姿で詣でるのだ。

これを“嫁子呼び”と呼んだ。
境内には、若い見物人がたくさん集まって祝福したらしい。
同日とは限らないが、鎮守である久伊豆神社への参拝もあっただろう。
村人たちは、村に入る嫁を温かく迎えたのかもしれない。

久伊豆神社は大通りから眺めることができる。
ただ、参拝となると小さな道を通らなければならない。
交通には十分気を付けたい。

神社の周囲は田畑が広がり、のどけさを誘う。
ぼくがこの神社に足を運んだのは、特に理由はない。
まだ数えるほどしか足を運んだことのない神社だ。
真名板高山古墳は、それこそ何度も足を運んでいるのに、
道を一本隔ててその頻度は歴然としている。
なぜだろう。
古墳と花蔵院の吸引力はいまも健在といったところか。
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『羽生・行田・加須 歴史周訪ヒストリア』のウラ話(2) ―文具―

2016年02月23日 | クニ部屋の本棚
ブログを運営しているせいでしょうか。
パソコンに強いように思われるときがあります。

いえ、強くありません。
ぼくのパソコンの知識は「ない」も同然です。
それに、全ての文章をパソコンで書いているようにも思われますが、
決してそんなことはありません。

実を言うと、拙著は手書きでした。
万年筆で書きました。
使った万年筆は、
モンブランの作家シリーズの2010年モデル“マーク・トウェイン”。
中字ですが、やや太め。
インクボトルまるまる1本分は使い切ったと思います。

紙は満寿屋の原稿用紙……
と言いたいところですが、粗悪な裏紙です。
長年試した結果、最初から捨てるつもりの裏紙の方が、
自由にのびのびと書くことができることに行き着きました。
(書写した原稿用紙の裏などを使っています)

大きさはA5サイズ。
無地。

これも個人的な趣向です。
罫線はどうしても目に引っかかりますし、
A4とB5サイズはやや大きく感じられてしまうのです。
かつて、B5のルーズリーフや、
A4原稿用紙(縦・横両方)にシャープペンや鉛筆で書き綴っていました。
が、30代半ばにさしかかった頃から、
A5サイズの裏紙に万年筆で書くスタイルに落ち着いています。

パソコンの使用が一般化している時代です。
だからこそというか、ぼくは文具を使って手で書く作業が好きです。
書写もよくします。

とはいえ、全てが手書きというわけではありません。
ブログの記事はパソコンで書いています。
かつて埼玉新聞のタウン記者をやっていたときの記事や、
埼玉文学賞を受賞した「放課後の羽生城」も最初からパソコンを使いました。
現在、市広報に載せている羽生城の記事もキーボードを叩いています。

原稿によって、相性のいい書き方があるのでしょう。
本の執筆は、(たまたま)手書きだったというわけです。

最初、パソコンで書き始めたのですが、どうもうまくいきませんでした。
手書きにしてみたところ、思いのほかスムーズに進みます。
そして、そのまま手書きで書き進めたというわけです。

ところで、書くことによって常々実感するのは“文具”の力です。
文具によって、気分がまるで変わります。
例え気分が乗らなくても、お気に入りの文具を手に取るだけで、
エンジンがかかることは少なくありません。
そして、それはそのまま仕事に反映してきます。

今回、本を書き上げられたのも、
モンブランの万年筆の影響が強いと思います。
もし別のペンを使っていたら、
書き上げることはできても、もっと時間がかかっていたかもしれません。
気分が乗らないまま机に向かい、少し万年筆を動かすだけで徐々に熱が上がり、
最終的には集中して書くことができたことは何度もありました。

文具は気分を高め、仕事の質を上げる効果を持っています。
これは改めて実感したことです。

ただし、仕事の質が高価な文具と比例するわけではありません。
高価であればあるほど、仕事の出来がいいわけではないでしょう。
基準はあくまでも“自分のお気に入り”。
どんなに安価でも、それが自分のお気に入りであれば、
手に取るだけで気分は高まります。

これは文具に限らず、全ての仕事道具に当てはまるのではないでしょうか。
よく使うものだからこそ、気に入ったものを手元に置く。
例えそれが職場から支給されるものであっても、
あえて自分のお気に入りを見付けて買う。
些細なことですが、とても重要なことだと思います。

ぼくは、ステーショナリーディレクターの土橋正 氏の著書が好きで、
好きな箇所を繰り返し読んでいます。
(『文具上手』や『文具の流儀』など。いずれも東京書籍刊行)
ぼくは物にあまりこだわりがなく、執着もしない方ですが、
土橋氏の著書を読むと、文具にはこだわりを持っていたいなと思います。

もし、文具の効用を20年前、いや30年前に知っていたら、
人生が変わっていたんじゃないかなと思えてなりません。
というのも、文具によって、
学校の勉強に集中できたかもしれないからです。
自分の出来の悪さを文具のせいにするわけではありませんが、
少なくとも「やる気スイッチ」をonにすることはできた気がします。

学校の勉強や仕事にやる気が出ない状態が続いていたら、
1つでもいいから、お気に入りの文具(仕事道具)を見付けて使ってみるといいかもしれません。
その効果によって、気分が高まってきたらしめたもの。
気が付けば、offからonに変わっているでしょう。
愛用の文具(道具)には、
いつも感謝の気持ちを持って使いたいですね。
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東松山市の“沼”には戦国悲話が眠っている?

2016年02月22日 | 奇談・昔語りの部屋
東松山市の図書館は、
道路を挟んだ目の前に “沼”が広がっているのが特徴だ。
これを「下沼」という。

公園として整備され、沼というより池に近い。
この沼は「女沼」とも呼ばれている。
というのは、戦国時代のある悲話が由来となっているからだ。

松山城に仕えていた新婚の男が、
武田信玄が小田原城に向かっているとの知らせを聞き、
城主と共に応援に駆けつける。
武田勢と北条勢は三増峠で激突。
しかし、その男はこっそり戦場から離脱し、郷里へ帰った。

郷里では、どういうわけか男の戦死の知らせが届いていた。
悲嘆に暮れた新妻は、下沼に飛び込んでこの世を去ってしまう。
そのことを知った男も生きる望みを失ったのだろう。
「上沼」に飛び込み、妻の元へ旅立ってしまう。
ゆえに、「上沼」が男沼、
「下沼」が女沼と呼ばれるようになったという。

この伝説の真偽は不明だ。
細部はともかく、その大筋は案外実話なのかもしれない。
あるいは、語られることによってだんだん変化していったのか。

ぼくは幼い頃からなぜか“沼”が好きだ。
だから沼に関する伝説があるとつい食いついてしまう。
ただ、先述したように、下沼は整備され、
自然の生々しさみたいなものは感じられない。
市民の憩いの場所なのだろう。

図書館で勉学に疲れ、
下沼に足を運んでひと休憩する人は多いに違いない。
そのときの沼は、
きっと優しい表情なのではないだろうか。
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2月20日開催の羽生の“イベント”と“埼玉新聞”に……

2016年02月20日 | お知らせ・イベント部屋
今日2月20日(土)に開催されるのは“ムジナもんの誕生日会”。
イオンモール羽生1階の西コートにおいて、
午前10時~午後4時まで開かれている。
近くに来たら足を運んでみよう!

なお、同じく本日2月20日付の「埼玉新聞」で、
拙著『羽生 行田 加須歴史周訪ヒストリア』(まつやま書房)が紹介されました。
少し前に、埼玉新聞社の丹羽記者から取材を受けたものです。
まだ髪を切る前の自分が写っていて……。
大変恐縮ですが、新聞と拙著ともに手に取っていただければ嬉しく思います。
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『羽生 行田 加須 歴史周訪ヒストリア』のウラ話(1) ―時間―

2016年02月19日 | クニ部屋の本棚
拙著『羽生 行田 加須 歴史周訪ヒストリア』(まつやま書房)を手に取っていただいた方から、
比較的多く聞かれることがあります。
それは、「いつ書いているの?」という質問です。

日中は職業に従事しています。
1日まるまる文筆に専念できるわけではありません。
とんでもなく残業が多かったり、
休日出勤が当たり前という職場ではありませんが、
時期によっては時間に追い立てられ、
(精神的に)文筆どころではないときもあります。

では、いつ書くのか?
一般的な答えかもしれませんが、
それは“平日の夜”と“休日”です。

前者は職場から帰ったあとになります。
と言っても、すぐに机に向かえるわけではなく、
ペンを執れるのは9時か10時過ぎ。
そこから基本的に深夜まで書くことになります。

まあ、それが理想であって、
ぼくはよっぽど締切が迫っていない限り、
自宅ではなかなか集中できない性質です。
だらだらと過ごしてしまうことはしばしば。
机に向かってもすぐに眠くなることは少なくありません。

1番集中できるのは図書館ですが、
深夜まで開館しているのは周辺では皆無です。
したがって、休日は図書館に足を運ぶことになります。
その日の行きたい図書館に足を運び、
閉館時間まで机に向かって過ごしました。
(妻の了解を得て)

平日の夜には疲労感があります。
気分が全く乗らない日もあります。
ただ、そういう日でもとりあえず本を読み、調べ物はしていました。
やる気ゼロでも、本だけは手に取る。
すなわち、平日に準備(インプット)、
休日に執筆(アウトプット)というスタイルですね。

1日の終わりに調べ物をする気がよく起きますねとも言われますが、
もともと好きでやってきたことですし、
20代の頃はそれこそ強制と義務の強迫観念にとらわれていたので、
苦痛に感じたことはありません。
嫌ならば、そもそも書こうなんて気持ちも起きないと思います。

山羊座はよく「忍耐の星座」や「我慢強い」と言われます。
でも、ぼくは決して苦痛なことはやらないし、
かつ気まぐれなB型なので、嫌ならば途中で投げ出してしまうでしょう。
例え何かを我慢しているとすれば、
それは好きなものの範囲内です。
その範囲ならば我慢できます。

世の中には時間術の本が多く出ています。
本の数だけ方法があると言っても過言ではありません。
時間に追われている方は、
試行錯誤しながら自分のスタイルを確立していると思います。

ぼくは、方法というよりメリハリを重視しています。
いかにそこに気持ちを持っていくか。
それによって時間の質が変わってくるからです。
気持ちが乗らずにだらだら過ごす3時間より、
集中して作業する1時間の方が仕事の質もいいはずです。

時間を捻出するのは物理的に難しいことです。
ならば短時間の中で能率を上げるしかありません。
そのために、内部での気分の高まりがキーポイントとなります。

どう気分を高めるのか?
機会があれば具体的に書きたいのですが、
以前からぼくなりに試行錯誤してきました。
それが成功しているかどうかはさておき、
拙著はそのようにして書き上げたという実感はあります。
むろん、何でも好き勝手できたわけではなく、
協力してくれた家族には感謝しています。

ところで、誤解がないように言えば、
ぼくは日中の職業をないがしろにしているわけではありません。
この仕事を大切にしていますし、
やりがいも感じています。

執筆を重視し、日中の仕事を軽く見たことは1度もありません。
執筆があって、日中の仕事の質も上がる。
自身で「仕事の質が上がる」と言うのはおこがましいかもしれませんが、
ぼくはそう自負しています。


拙著
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羽生のムジナもんの“誕生会”が開かれる?

2016年02月16日 | ムジナもんの部屋
2月20日(土)、イオンモール羽生の西コートにおいて、
“ムジナもん”たちの誕生会が催される。
羽生市ホームページでは、
誕生会について次の文章を載せている。

平成15年215日、羽生市は全国に先駆け、
羽生市のイメージキャラクター「ムジナもんと仲間たち」を発表しました。
市民の皆さんの温かいご支援によって成長してきたムジナもんたちが、
2月15日で誕生13周年を迎えます。
そこで「ムジナもん誕生会」を開催することとなりました。
当日は、羽生市の新キャラクター「あにっち」や
ムジナキッズ第2期生のお披露目もあります!
ぜひ、遊びにきてください!

当日は、キャラクターグッズ&はにゅうソングCD&DVDの販売も実施するという。
また、“ふっかちゃん”や“与一くん”、“さのまる”など、
多くの友だちもお祝いに駆け付けるとのこと。
2月20日は、みんなでムジナもんたちの誕生会を祝おう。

<ムジナもん誕生会>
日時:2月20日(土)午前10時~午後4時
場所:イオンモール羽生1階 西コート
ゲスト:石田洋介氏、さくまひでき氏
内容:ムジナキッズ第2期生のお披露目&ダンス披露
バースディ寄せ書き、ムジナもんへの年賀状展示


羽生市ホームページ内
http://www.city.hanyu.lg.jp/mujinamon/
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羽生の「広報Hanyu」が“特選”に選ばれた?

2016年02月14日 | はにゅう萌え
羽生市の“広報紙”の平成27年12月号が、
平成28年全国広報コンクール(日本広報協会主催)の埼玉県審査で、
広報紙部門の特選に選ばれた。
このことは、2月12日付の「埼玉新聞」でも大きく取り上げられていた。

羽生の広報紙は、平成27年の4月号からリニューアルしたばかりだ。
快挙である。
特選に選ばれた12月号の特集は「街への一歩」。
HANEというアーティスト4人組の取り組みを紹介している。
羽生城コーナーは、長尾景虎(上杉謙信)の小田原城攻めに参陣した羽生勢のこと。

リニューアルした羽生の広報紙は、
紙面のレイアウトや文字の大きさ、カラーになったことや、
最初のページに図書館情報を半ページ使っていることなど、
読みやすいしわかりやすい。

一般的にイメージされる自治体の「広報紙」とは異なる。
リニューアル以降、広報紙を読むのが楽しみになった人は多いだろう。
もちろん批判もあるだろうが、
ぼくは毎月どんな「特集」が組まれているのか楽しみにしている。

なお、広報紙の市部で特選に選ばれた羽生の「広報Hanyu」は、
埼玉県推薦作品として全国広報コンクールに提出されるという。
部門には「写真」や「映像」などがあり、
各自治体が意欲的な広報紙を応募している。
自分の住んでいる自治体以外の広報紙を見る機会にもなるだろう。

埼玉県ホームページ内
http://www.pref.saitama.lg.jp/a0301/kikaku/concours.html

羽生市ホームページ内
http://www.city.hanyu.lg.jp/docs/2015032400108/
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“真名板高山古墳”に代行を向かわせる?

2016年02月11日 | 考古の部屋
体調不良が長く続いている。
喉の痛みは人生最大のもので、
苦痛で眠れない夜を幾夜も過ごした。

職場にも迷惑をかけた。
不幸中の幸いだったのは、この時期に講師の仕事がなかったこと。
声を出すのもひと苦労だったから、
もし講師の仕事が入っていたら断らざるを得なかったと思う。

友人と山登りに行く約束をしていたが、それもキャンセル。
好きなラーメンは食べられない。
というより、唾を呑み込むのも苦行。
もし山登りに行っていたら、
修行僧のように終始無言のままだったかもしれない。

ところで、体調不良になると、何の脈絡もなく思い浮かぶ史跡がある。
今回思い浮かんだのは、
真名板高山古墳(行田市)。

なぜ真名板の古墳なのか自分でもよくわからない。
真名板高山古墳は数メートル埋没している前方後円墳だ。
麓には薬師堂が建ち、
かつてここが真名板氏の館跡だったことを伝える石碑も建っている。

往古、花蔵院という真義真言宗のお寺があったという。
古墳の麓に墓地があるのはそのためだろう。
近くには久伊豆神社が鎮座し、花蔵院が別当を務めていた。

ぴんと来る第六感は大切だ。
実際に足を運ぶと、突然何かがひらめいたり、新しい発見があったりする。
ぼくは動物占いがペガサスだから、
直感はわりと大切にしている。
とはいえ、何もないことももちろん多い。

大人になると実際に足を運ぶのを躊躇してしまう。
しかも体調不良。
無闇に出歩けない。

ならば、代わりに誰かを行かせたらどうなるのか?
自分が行ったように、何かを得られることができるのか?

そういえば、古墳は土山。
「古墳」のフィルターを外せば、小山である。
事例はある。
例えば、さきたま古墳群内にある前玉神社では、
かつて古墳を富士山に見立てて登るのが流行したことがあったのだ(浅間信仰)。

だとすれば、真名板高山古墳を我々が登るはずだった山に見立て、
登頂してもいいのではないか。
早速友人にメールを……
携帯電話に手を伸ばす。
が、すぐに思い直した。

体調不良になると思考も脈絡がない。
なぜ友人をわざわざ古墳に登らせるのだ。
十代のとき、ある物に一緒に登った仲ではある。
が、彼ももう三児の父親である。
本格的な登山姿で古墳にたたずめば、
近所の人に怪しまれるだけだろう。

身近なところで、妻に頼むのが無難かもしれない。
行ってくれるかどうかはさておき……。

しかし、ぼくもいい加減回復傾向にある(と思いたい)。
体調が良くなれば、自分で行けばいい。
海を渡るわけではないのだ。
ただ、そのとき、真名板高山古墳が、
ぼくを呼んでいるかどうかは疑問だが……。
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ブログの怪?

2016年02月06日 | ウラ部屋
風邪をひき、寝込んでいたら、
ブログが勝手に更新されているのに気付いてびっくりした。

タイトルは「車の話題は免許の書き換えの伏線か?」。
3、4年前に書いたもので、
そのままお蔵入りにしていた。

ところが、データは生きていた。
今年2月5日のアップに設定されていたらしい。

気付くのが1日遅かった。
とりあえず削除。
風邪とは別に悶絶してしまう。

早く治したい。
声が出ないほど喉が痛い。
今日は、デジタルスキップの「清水卯三郎」の上映会。
このチャンスを逃したら一生後悔しそうだ。
映画そのものは後日見られるのだが……

決死の覚悟で行くか、大事をとるか迷っている。
仕事の一環と思えば覚悟はできるか。

風邪のためご迷惑をおかけしてすみません。
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羽生の“古代”を見に行きませんか?

2016年02月01日 | 考古の部屋
1月30日(土)~3月6日(日)にかけて、
「永明寺古墳とその時代―武蔵国村君の大古墳―」が開催されている。
会場は羽生市立郷土資料館。
羽生市村君にある永明寺古墳が県指定史跡になったのを記念しての展示だ。
同古墳から出土した埴輪や武具などが展示されている。

なお、羽生市内の遺跡から出土した遺物もあわせて見ることができる。
現在の羽生西中学校にあたる“大道遺跡”や、
羽生市上新郷の“横塚遺跡”
同市小松の“小松埋没古墳”から発見された遺物や、
同市尾崎から出土した人物埴輪など、
羽生の古代を知ることのできる展示内容となっている。

羽生に歴史なんてあるの? と思っていた人は驚くかもしれない。
羽生も、他市に引けをとらないほど豊かな歴史を持っている。
展示された遺物はそのことを雄弁に物語ってくれるだろう。
この機会に目にしておきたい。

ちなみに、永明寺古墳以外に羽生にどんな古墳があるのか、興味のある方は、参考までに
拙著『羽生行田加須 歴史周訪ヒストリア』(まつやま書房)を見てほしい。

<永明寺古墳とその時代―武蔵国村君の大古墳―>
期間:平成28年1月30日(土)~3月6日(日)
会場:羽生市立図書館・郷土資料館展示室
開館時間:午前9時~午後5時
休館日:毎週火曜日・2月25日(木)
※2月7日(日)・28日(日)午後2時から展示解説を実施予定。

羽生市立図書館・郷土資料館ホームページ
http://www.lib.city.hanyu.saitama.jp/museum/moyoosimono.html
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