クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

川への道は遠くゆるやかに? ―葛西用水路元圦Ⅱ―

2010年12月17日 | 利根川・荒川の部屋
暗い校門を出て町を抜け、
葛西用水路沿いの道を自転車で走って利根川に向かう。
川に何かあるわけはなくて、
ただ思い付いたように用水路沿いの道を走っていた。

そして川の土手に駆けると、電車が通り過ぎていく。
そのずっと向こうに見える橋には、
行き交う車の明かりが見えるけれど、
声は聞こえてこない。

頭上には満天の星空。
東の空にオリオン座がまたたいていた。
土手の上から見える利根川は暗く、寡黙に流れている。

「彼女、なんて返事をするかなぁ」と、Nは言った。
「きっと大丈夫だよ。根拠はないけど」
「考えるってことは、嫌いじゃないってことだよね?」
「そうそう」
「でも、好きでもないって言えるんじゃね?」
「告白をきっかけに好きになるかもよ」
「だといいなぁ」

「女心のことは、ほかの女友だちに訊けばいいじゃん」
「オレは今回の告白で、女の子たちとは縁を切ったんだ」
「そんな無意味な……」
「オレの心と体は彼女だけのものなの」

「もしふられたらどうするのさ?」
「そしたらそのとき考える」
「理系の人間には似つかわしくない行動だね」
「恋なんて行きあたりばったりなもんだろ」
「何があるかわからない」
「もしふられても、告白したことは後悔しないよ」
Nはそう言って笑った。

川の反対側は、町の明かりがキラキラしていた。
小さな町だけど、Nのように誰かに恋をしたり、
彼女のように誰かに気持ちを伝えられたり、
あるいはぼくのようにどこか冷めて過ごしていたり、
いろんな人間がそれぞれの季節を送っている。

町の光りそのとき少しだけまぶしく見えた。
彼女からの返事や、彼の恋がこの先どうなるかなんて誰にもわからない。
どんな結末になってもぼくらは交錯する人の想いの中で生きていくのだろう。

そのときぼくは知る由もない。
数日後、この土手上からの景色を、
彼女と一緒に見ることになることを……。

土手下には葛西用水路元圦跡。
数本の該当が静かに灯っていた。
かつてそこから川の水を引き込んでいた記憶はどんどん遠ざかる。
その少し先には、冬枯れした葛西用水路が、
町に向かって伸びていた。

(了)

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