小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

スウェーデンにみる、冷徹な死生観

2020年09月03日 | エッセイ・コラム

期せずして、という言い方が適当かどうか分からないが、先日のビデオニュースでは、「感染が拡大してもスウェーデンが独自のコロナ対策を貫ける理由」と題して、ゲストに元駐スウェーデン特命全権大使の渡邉芳樹氏を招き、その独自性を打ち出したバックグランドや実情、さらに日本の課題とすべきテーマなどが議論された。

筆者もスウェーデンのコロナ対策について2回ほど記事を書いていて、いわゆる「この国のかたち、人のありよう」はアクチュアルな関心をもっている。

【ダイジェスト】渡邉芳樹氏:感染が拡大してもスウェーデンが独自のコロナ対策を貫ける理由

渡邉氏は、都合6年ほどスウェーデンに滞在したことがあるという。それほど長期間だとは思えないが、第二の故郷ともいうべき愛着のある国だそうで、現在に至ってもスウェーデンの動向に興味の尽きないご様子であった。

さて、ここに書き残して置きたいことが何点かある。がしかし、今回は、エクモについてだけにしておきたい。

ご存じのとおり、今度の新型コロナでは、肺機能がやられ呼吸不全に陥った重篤患者には、酸素濃度の高いエアロを肺に送りこむ人工呼吸器が用いられた。だが、生きていくために必要な酸素は、それでも行き届かない。そんな瀕死にちかい患者のためにエクモは用いられる。

具体的には「血中のガス交換(二酸化炭素の除去および酸素の付与)という肺の機能を代行する生命維持装置」で、静脈血を抜き取り、成分を交換して再び体内に戻すことで、血液の循環および酸素濃度を維持する。蘇生の緊急手段として用いられることもあるそうだ。(誤記・誤用があったらご指摘ください)

エクモは、調べたらアメリカで開発されたのだが、日本ではなんとスウェーデン製のものが多いらしい。で、その取扱い説明書の一部に、以下のような注意書きがあるそうである。

〇80歳以上の高齢者には使用しないこと
〇70歳以上の高齢者の場合、基礎疾患が一つならOK
〇60歳~69歳ならば、基礎疾患が二つまでならOK

これは一見すると、或る価値観にもとづいて患者を選別し、生死の優先順位をつけるガイドラインともいえる。ひるがえって、この機器の性能限界をあらかじめ明示している。まあ、メーカーの良心的告示、配慮ともいえるのか。(追記2)

つまり、基礎疾患が多重にあると考えられる80歳以上のお年寄りはNGです、このエクモは使いものになりません(故障、使用不全が想定される)、と言っているのと同じである。そして、年齢がある程度若ければ使用可能で、基礎疾患があるかないか、その数が一つか二つかの差で生死が決まるかもしれない。スウェーデンでは、企業でさえも、これほどの冷徹さが浸透している。

今度のコロナ禍では、筆者は「トリアージ」という概念を学んだ。緊急時、患者の重篤度に応じて医療を実施する優先順位だが、薄々知ってはいたが、嗚呼これだったのかと腑に落ちた。渡邉氏によれば、日本においては「トリアージ」は、まだきちんと法制化されておらず、実際のところは現場の医師に判断を委ねているとのことだ。

以前、NHKBSのニュース・ドキュメントで、エクモを使用しているICU(集中治療室)の現場が映された。高齢の重症患者の赤い血液がみるみる白濁していく、恐ろしいシーンだった。たぶん例のサイトカインストームだったのか、過剰な免疫反応で自らの細胞を攻撃し、その死骸というか残滓が血中に充満するという、想像を絶する映像である。

エクモの点滴のようなパイプ管が、ドロドロの白い液体に変化していく。白濁した細胞の残滓を除去するために、エクモを操作する医師に加えて、もう一人の医師か看護士が付きっきりでケアしなければならない。見ていて辛く、何か理不尽な思いがつきまとったが、これが実際の先端医療なんだと割りきった。日本では、80歳過ぎの重篤患者に対しても決して手を抜かない(と信じている)。医師たちは諦めずに献身的に尽力するのだ、と頭の下がる思いがした。

 

ところで、先のブログでは、「年寄りは先に死ぬものと割り切って考える人が多く、高齢者にも惜しみなく延命治療を施す日本の感覚は通じない」と、記事中に引用したが、この事実を踏まえ、スウェーデンのそんな死生観はいかに醸成され、市民感覚として共有されるに至ったのか、筆者はたいへん関心を抱いた。

渡邉氏は、あくまでも個人的な感想・意見だと断わりながらも、スウェーデン人には少なくとも日本人が尊ぶ「献身」のメンタリティはない、ゲルマン民族の流れをくむ民族で、その特長としては透徹された合理精神があげられるという。

「若い人には、厳しく、勉強しろ、勤勉であれ、納税しろ。義務を果してから権利を主張しろ」なぞと親や教師はいう。日本人からみたら前時代的、たいへん冷たく、杓子定規な国民と思えるという。そんなお国柄であるから、「高福祉・高負担」の社会が実現できた、おおきな理由だということだ。

ビデオニュースの解説文にもあるように、「スウェーデンは北欧の社民主義的な国柄で知られるが、実は日本人には想像できないほど個人主義が浸透した競争社会を形成」している。しかし、「外からは想像し難いこのスウェーデンの競争原理の下、介護施設の多くは現在、外国資本によって運営され、労働者の多くは低賃金の移民労働者が占めて」いて、今回のコロナ禍における多くの死者は、こうした移民・難民の人々が大半をしめていた。現実的には、純粋なスウェーデン国民が少なかったのだ。(本編では、出身国別、年齢別の死者数のグラフが示された。)→(追記3)

これこそが「スウェーデン・パラドックス」とも呼ばれるもので、筆者がスウェーデンについての記事を書いたとき、現地在住の日本人ユーチューバーの方たちからは、このスウェーデンの特殊な事情による経済・社会の分断、そのパラドックスについてはふれていなかった。

渡邉氏曰く、「スウェーデンの合理精神、競争原理、能力主義は、当然のことながら優秀な人材の移民を、大手をふるって受け入れている」ことに現れているという。そんなスウェーデンのクールな環境に共感して、けっこう日本人が移民しているともいう。特徴的なのは、男を優先する日本社会を見限って、移民した日本女性たちの、中間所得層以上の社会進出がめざましいとのことだ

筆者がYouTubeでみた在スウェーデンの日本人ユーチューバーは、男性は一人で、他はみんな女性だった(医師、保育士etc.)。才能があり、やり手の日本人女性は、スウェーデンに移民したら、高収入もさることながら社会的ステータスも確実に築ける。真面目で勤勉な日本人なら、男女ともに受け入れられると渡邉氏は語っていた。但し、専業主婦というものは考えられないそうで、スウェーデン男性との結婚が目当てだと、後で痛い目にあうと言っていた、いやいないとか・・。

またもや、長めになってしまった。いちおう書くことは書けたとして、筆を置くことにする。

追記:スウェーデンにおいても、近年、ネオナチを標榜する極右政党が支持層を増やしているという。言うまでもなく、難民・移民を排斥せよが、主たるスローガンだ。政権のキャスティング・ボードを握るほど台頭している。高福祉、高負担の政策もどこかに軋みが出てきたのだろうか・・。9/3

(追記2: 9/4)エクモの取扱い説明書の注意書きに関して、メーカー側からのメッセージ・意向ではなく、スウェーデンの国政に基づくもので、医療・福祉政策そのものがいわゆるトリアージ(救命措置の確率の高い順位のものから、医療行為を優先する)を推奨している。これは凄い。お涙頂戴的な延命措置はまかりならん、ということだろう。日本にも、かつて地方にあった風習。ま、それは、貧困の極みから生まれたものだが・・)

(追記3 9/4)確認する必要から再見した。グラフを載せるべきだと判断。ビデオニュースには事後報告する。特筆すべきは、第1位がフィンランド人であること。スウェーデンのサービス産業の中核をしめるらしい。歴史的にはフィンランドはスウェーデンの属国であったし、公用語は現在でもスウェーデン語だという。彼らが年老いてリタイヤし、介護施設に入所すれば手厚い福祉の恩恵を得られる。その他、アフリカ、中東、東欧のエリアに絞られる。言うまでもなく、戦争・テロ、貧困、迫害から逃れてきた人々であろう。スウェーデンは彼らを受入れ、市民として認めたということだ。

▲スウェーデンのコロナ禍における、出身国別の10万人当りの死亡者数。大半が70歳以上で介護施設等の入所者だった。

待て待て。

コロナ関連としての紹介したい写真、また、ゆく夏をしのぶ、ということで地元のキャッチーな写真を添付しておきたい。(追記 9/4:ある意味、日本の平和ボケした老人のスナップといえなくもない)

ここで一句。 売りませう冷製マスク新涼や

 


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