小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

蕎麦屋の変体カナ

2017年10月05日 | うんちく・小ネタ

 

ふだん何気なく見ている蕎麦屋の看板。江戸時代からのものであろうか、変体仮名で「きそば」と書かれていることは承知している。ただ、読めてしまうとその安心感というか、分かったものとして腹におさめてしまう。普通のひとなら、そこまでだ。私もそうだった。ここまで読んで、「ははーん」と呑みこめた方にとって、これから書くことは面白くもなんともないだろう。


 蕎麦屋のトレードマーク? ネットにあった写真を転用させてもらいます。

▲現代の横書き風に、→に読ませる暖簾。

▲昔風の、←に読ませる看板。「き」はひらがな(店によって「生」の字が当てられる)

実は、変体仮名の「そば」に、漢字の何が使われているか、この歳になるまで気にしたことなかった。浅薄な教養を笑って下されたまえ。ま、知っているところで、偉くも、誉められるものでもないのだが・・。

早い話が、「そ」は、漢字の「楚」を元型にした変体仮名。「ば」は「者」をつかい、濁音をつけたものだった。というわけで、変体仮名や崩し字に詳しい人ならば、蕎麦屋の看板をみたら「き楚者”」だと見分けられる。

私たちが使っている平仮名は、そもそも漢字を崩したものだ。たとえば、「い」は「以」を崩した。同様に「か」は「加」、「う」は「宇」から、そして「は」は「波」からきている。

では「そば」の「ば」はなぜ「者」を使っているのか? まだ、それは判然としない。「は」の変体仮名には、「者」や「波」を当て字に使う。これ以外にも、カタカナの「ハ(は)」の「八」や、「盤、葉、半、破」などの「は」がある。江戸時代以前の古い文献を読みこなす人でないと、何の漢字を変体仮名として用いているか分からないはずだ。昔の百人一首、万葉仮名を思い起こしていただければ良いのだが、法則があるようでないので馴れるしかない。

むかし、そばの実のことを「蕎麦」を表し「そばむぎ」と呼んでいたという。その呼名を転用・略して「蕎麦(そば)」というようになった。「そば」とは「傍ら」や「脇」の意味ではなく、「とがったもの」、「物のかど」のこと。「蕎」(きょう)の字源は、古くは薬草の一種「はやひとぐさ(※)」を指したらしい。蕎に麦をあわせて「そば」と読ませた経緯は知らないので、知っている方がいれば教えてほしい。

 

ところで、地元に煎餅屋は何件かあるのだが、その「せんべい」の「べい」も変体仮名を使用している。下町煎餅組合のようなものがあって、規格のようなものがあるのかどうか知らない。

     

 

 ▲「谷中せんべい」と「菊見せんべい」。法事客は相変わらずだが、いまは観光客の方が多い。その他、近隣には、千駄木の、談志ゆかりの「八重垣せんべい」、根岸の「手児奈せんべい」など数軒がある。上野桜木の「おかき」の名店の名を忘れた。

 

 「い」は先に書いたように「以」の変体かなだが、「べ」の元の漢字は「遍」で、それに濁音をつけたものだ。但し、ネットで検索したら、もっと崩した変体かなを使った煎餅屋があった。「邊」を元にした「へ」か、或いは「幣」なのか・・。

 

結論めいたものはない。実は、本記事を書くに至ったきっかけを書くことにする。

江戸時代に太陽の黒点を観測していた人物を調べていて、平賀源内を凌駕する発明家及び鉄砲鍛冶に関するホームページ「国友一貫斎(国友藤兵衛)」に出くわした。その作者いや研究者は校正の仕事をなさっている方らしく、国友一貫斎についての調べ方が緻密、やたら詳しいし、ひと回り以上も若い方。卒論のテーマにも一貫斎を選んだというから半端ない。これまでに何度か、滋賀県の国友村にも何度か取材・調査で訪問されている。地元でしか入手できない資料を参考にするなど、独自の研究はこれからも続けられるよう願っている。(※2)

その他、いろいろ興味を掻き立てられ拝読した記事多し。別件のコラムに「南京そむとは何ぞや」というのがあり、ピンときて読んだ。やはり「そむ」は「そば」のことで、蕎麦の変体仮名をネタにした面白い話であった。今回のブログを書くきっかけは、これが発信源だった。

ネタを明かせば、「者」の変体仮名は「む」に似ている。正直に言えば、子供の頃のわたしは、「む」に濁点がついていたと誤読していた。つまり「む”」を蕎麦屋の場合に限って「ば」と発音するのかなと思い込んでいた。子供とはいえ、中学時代まで気づかなかったのだ(笑)。この齢にもなれば恥をかくのも笑って済ませることができる。

さて、「南京そむとは何ぞや」とは、戦前の中華料理店の広告のはなしから始まるのだが、本筋とはまた別物になるので、いったん筆を置くことにする。国友一貫斎については、また稿を改めて書いてみたい。

 

 (※)角川漢和中辞典より。その他の参考なし。

 (※2)この方のHPによって、「利休にたずねよ」の山本兼一の遺作が、国友一貫斎を主題にした「夢をまことに」であること、仁志耕一郎という気鋭の作家が、国友一貫斎を主人公にした小説「玉兎の望」を同時期に上梓したことを知った。いずれも力作で、読みごたえは充分であることがうかがわれる書評コラムもある)

 

 



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