鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

30 覚醒の朧夜

2018-03-30 01:11:16 | 日記
今日は桜のスケッチで多少疲れ気味だがせっかくの花時、家近くの吟行ならもう少し行けそうだ。
テーマは影、隠、闇の類いにしよう。
---影薄き者らの宴花曇り---

早めに食事を終えれば、まだ空に明るさが残っている。
---花裏に星潜ませて夕桜---


清泉小学校前。
---夕桜から夜桜へ駆け去る子---

滑川べり。
---暗闇に行先知れず流れ去る 川の岸辺の菜の花明り---

調子が出て来た。
これより冥府魔道に入る!(子連れ狼)
段葛。
---花篝影男影女達---


八幡宮脇。
---灯へ闇へ幹を捩りて花朧---

こんなにすいすい仕上がる事はめったに無い。
ついに詩魂覚醒か!
駅裏の路地。
---窓の灯に恋人達の影と影 花に隠れて揺れ合ひてをり---

我が家前。
---朧灯の橋を渡れば濁世から 隠れるに良き夜桜の谷戸---


普段は週に1〜2作程の私にも、年に数回は詩神の加護が降りる日がある。
桜は絵にも句歌にも主要な題材なので、今日の収穫は大きい。
こうなったら朝まで…、と思ったがこの辺で勘弁してあげよう。

風呂の中で駄目押しの一句。
---眦(まなじり)にくれなゐ兆し花疲れ---


朧月 (今日のベストショット)


©️甲士三郎

29 隠者の物欲

2018-03-23 05:20:06 | 日記
---山鳩は鳴き方一つしか知らず 花時も花散り失せし後も---

私も還暦を過ぎて、欲しい物があまり無くなって来た。
しかし人間誰しも物欲が全く無いと仕事をしなくなる。
そこで我が第2の視覚、カメラとレンズには欲を出す事にしたい。
一般的な写真機材で最も金のかかるのは野鳥撮影だと思う。
高速フォーカス高速連写のボディーに大口径望遠レンズが必要だ。
その購入が仕事のモチベーションになるだろう。
写生では不可能な野鳥の撮影(昔は捕まえてスケッチ出来たが今は保護法で禁止)でも、手ぶれ補正の進歩と小型化で超望遠レンズが使いやすくなってきた。
超望遠の明るい単焦点レンズはかなり高額なので、取り敢えず安いズームレンズで腕を磨いて自信がついたら単焦点にしよう。
で、一月程練習したが鳥は早いし小さいしフォーカスが………。

(巣作りの枝を運ぶ鳶。m3/4. 100~300mmf3.5~5.6)
最近インスタグラムやツイッターなどで写真に凝る人が増えている。
各々の身の回りの美しさ面白さに眼が向くようになれば生活も充実すると思う。
私は画家なのでメインは写生だから、写真は資料に使えれば良い程度で気楽にやっているが、取材で美しい物を探している時が一番楽しい。
私の花撮りのレンズはマクロ用ではなく、ポートレート用のボケ味の良い中望遠レンズを使っている。(BOKEは世界共通語になっている。)
明るい単焦点レンズで覗くと余計な物はボケて、肉眼で見るより世界が美しく見えるのだ。
物欲と言うより美の欲だが、良いレンズは幾つでも欲しい。

(ボカした桜に鵯。m3/4 75mmf1.8)
もう昔のフルマニュアル、フルメカニカル、フルメタルの大きく重いカメラは持ち歩けないが、そんな機種ほど使っていて面白かった。
特にローライフレックスやハッセルブラットのウェストレベルファインダーは、空気感や光の滲みなどデジカメの液晶画面が比較にならないほど輝いて見える。
私はこれで自分の周囲がいかに光に満ちた世界かを知った。
昔使っていたそれらのカメラの残骸もファインダーはまだ生きているので、今でも光景を覗くのにたまに持ち出している。
そんな事を考えていたら、最新のカメラもレンズもあまり欲しくない気がして来た。
年寄りはこれだから困る。

©️甲士三郎

28 旅の守護神

2018-03-15 23:03:44 | 日記
---囀や旅に出られぬ旅鞄---
春の取材旅行を計画していると、奥の細道冒頭の芭蕉の気持ちが良くわかる。
「月日は百代の過客………股引の破れをづづり笠の緒付けかへ…」
支度をするだけでも、もうわくわくする。
限られた旅の荷に何を持って行くかさえ、悩ましくも楽しい。
いつものスケッチセットに小型カメラ、iPad、旅茶碗までは必携。
問題は持仏、守護神、タリスマン、護符などの御守りの類だ。
西行の持っていた折り畳みの仏龕みたいな、携行用の祭壇付き守護神が欲しい。
小さな金銅菩薩像はあるが旅用の厨子がない。
そこで思い付いたのがギリシャローマ時代のコインだ。

(ヴィーナス ユノー ミネルヴァのローマ三美神 2〜3世紀)
写真では金色に見えているが、ホワイトバランスのミスで実は銀貨である。
日本は仏教も道教儒教も外国から受け入れたのだから、ギリシャローマの神々も許されると思う。
コインの神像なら小さな額縁やパスケースに入れて持ち歩けるし、山の中でも宿でも休息時に気軽に取り出せる。
彫刻としての芸術的なレベルも十分満足出来る。
女神の御加護さえあれば、もう一人旅でも淋しくはない。
金貨に拘らずに銀貨銅貨なら数も多いので、芸術神アポロンでも三美神でもネットオークションで買えるようだ。
また近代彫刻は殆どがブロンズだから、銅貨だろうと神像として安っぽくは感じない。
私にとってギリシャ ローマの彫刻は画学生時代に散々デッサンしたので、青春時代に戻った気もして来た。

という訳でぼちぼち揃ってきたのだが、収集が面白くて止まらなくなってしまった。
三美神にアポロン、サルース(健康)、フェーリーキタース (幸運)、パークス(平和)、リベリタス(自由)、どれを持って行けば良いのか、また新たな悩みが………。
本当は旅人の神のヘルメスが欲しかったが、見つからなかった。
映画やゲームのお陰か、若い人達にはギリシャ ローマ神話は今や世界共通の文化となっているので、八百万の神より親しみ易いかも知れない。

さあ、装備は整った。
いざ女神達と共に心踊る冒険の旅に出掛けよう!
---陸続と鎌倉を発つ破魔矢かな---
(破魔矢は正月の季語だった)
行く先は世の果ての…異世界の………取り敢えず北鎌倉。

(椿の蜜を舐めるリス 北鎌倉)

©️甲士三郎

27 隠者の岩屋

2018-03-09 02:17:50 | 日記
鎌倉の有名観光地は一年中賑わっていて結構だが、隠者には似合わない。
もっと静かで幽玄な場所にこそ、中世の幻影は現れる。
そんな世捨人向きの、これぞ鎌倉と言う場所をいくつか紹介しよう。

(寿福寺奥の源実朝公の供養やぐら)
啓蟄で隠者も崫を出てきた。
鎌倉時代には天皇家以外の墓は無く、墓と言っているのは供養塔である。
ここに骨が埋まっている訳ではない。
北条政子の供養塔と並んでいる。
鎌倉時代らしい重さと暗さがあって、思索に耽るのに良い場所だ。

(瑞泉寺 夢想国師の庭園)
いかにも中世の雄渾な趣きで、他に類を見ない名庭だと思う。
隠者はこんな岩窟に冷暖房付きで住みたい。
暗い岩屋から見える外界の春陽は、さぞ美しく優しいだろう。
池には蛙や蜻蛉が卵を産み、小鳥や鴨もよく来る。
写真の向かって右に今は水量が少ないが小滝がある。
京都の天竜寺のように有名ではないが、私はここを夢窓の作庭の一位に推す。
また人知れず静かに在る事も夢窓国師の願いだろう。
昔はこの脇の細い石段を登った所に、富士を見晴らす小庵があった。

岩窟だけでは殺風景に思えるが、そのすぐ外は花鳥の浄土だ。
瑞泉寺の坂を下ると早咲きの緋寒桜が咲き誇っている。
岩窟の暗さと桜の明るさの落差が、中世の幻想をより鮮やかに見せてくれる。

---日も影もうすれて花の色が勝つ---
夢幻とか幻想と言うのは用意されている物ではなく、自らが描き出す物だ。
皆も鎌倉に来たなら、ぜひ中世的幽玄さを味わって欲しい。
食べ歩くだけなら鎌倉より東京方面を勧める。
他の場所ももっと紹介したいが、またの機会にしよう。

©️甲士三郎

26 春愁の遊戯

2018-03-02 05:21:28 | 日記
---眼をつむり白羽に光沁み込ます 梢の二羽に春の夢あれ---

文人歌人なら春は愁いに沈め!
愁いは詩歌の重要な武器だ。
花は咲き鳥は歌う野道に一人沈鬱に佇めば、少しは格好もつく。
惜春と比べ春愁は大雑把に言えば、明るい光の中での孤独感だ。
多かれ少なかれ人は誰でも孤独なので、この感覚は普遍性があると思う。
さらに孤独を味わうには群衆の中に行こう。
春愁の人のスナップでも撮ろうと思って街に出たのだが、観光都市鎌倉には春愁のかけらも無かった。
ストリートフォトは個人の顔が特定出来てはいけないので、後姿やシルエットだけでも良いのだが、憂いに沈む乙女なんて影も形も見当たらない。
そこで私は天与の裏技を使う事にした。
宗教音楽数百年の金字塔、聖ジャッキー エヴァンコ(当時11歳)のアヴェマリアを聴きながら古都を彷徨うのだ。
我、神と共にあり!
聖女の歌声で雑踏の街を浄化しよう。
---音曲は俗世の音を掻き消して 春の陽射しは廃都に染みる---

駅前に行くとケーキ屋も寿司屋も雛祭りの曲を流している。
まあ廃都だから仕方ない。
それに釣られて買う客もまあ………。
我が家には女の子もいないので何も買わず、帰って古雛でも飾って遊ぼう。
昭和以後の雛人形の顔立ちはとても可愛いらしくて良いのだが、江戸雛の方が賢そうに見える。
昔は相当貴重だった金襴が古色を帯びた様子は重厚かつ格調も高い。

(享保雛 江戸時代 探神院蔵 女雛の台座は消失)

そんな事を思いながらの家路の途中、小池に白梅が散っていた。
今日はここで有終の美の一首を詠もう。
ラストシーンはあくまでも哀しく、それでも明るく美しく生きて行く隠者の歌にしたい。
映画の手法でも哀しいシーンを引き立てる明るい音楽と美しい背景は、かなりの効果を上げている。
良い作品が出来そうな気がしてきたぞ。

---もう何も起こらぬ所水底は 冷たく保つ花の白妙---
(結局良いのが浮かばなかったので、旧作で御勘弁を)

©️甲士三郎