鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

74 旅人の靴

2019-01-31 15:56:20 | 日記
昨年にも旅の装束や詩人の風姿には触れているが、2年目はもう少し細部まで突っ込んで考察しようと思う。

今の日本では本来の意味での冒険の旅は難しいだろうが、詩情や画趣を求めてうろつくのはかなり冒険の旅に近い気がする。
詩画人でなくともひとり気ままに世界の神秘を探して彷徨う旅は、一度味わうと病みつきになる。
例えそれが隣町への小一時間の散歩でも、自分にとっての小さな奇跡を発見した時などの達成感は無上の喜びだ。
皆にも是非その楽しさを知って欲しい。
とは言っても中高年になるとどうしても腰が重いので、まず形より入るのが気軽で良いだろう。

(近場や街中散歩にはミドルカットのワークブーツが向いている)
大抵のRPGゲームのスタートでは、故郷の村で最低限の装備を揃えてからでないと冒険に出られない。
我々の旅にもお供として頼れて愛着を持てる装備が欲しい。
先ずは最も大事な足元から、ゲームではお馴染みの初期装備「たびびとのくつ」を手に入れよう。
選択肢はワークブーツあるのみ。
漂泊の詩人、深淵の探索者、魂の放浪者などの名に似合う靴は他に考えられない。
ワークブーツで人気があるのはレッドウィングやホワイツといったアメリカのメーカーだが、私のおすすめはブリティッシュロックのレジェンド達が履いていたドクターマーチンだ。
いずれにしても履き古して味わいが出て来るような色とデザインを選ぼう。
そんなブーツなら世界の果てだろうが夢幻界移転だろうが、自在に行けそうな気分にしてくれるだろう。

(山野の旅には断然ハイカット)
実際体験して見るとこの「たびびとのくつ」の効果は高く、ぶらりと外に出たいと思う頻度が自然と増える。
皆スニーカーから「たびびとのくつ」に履き替えて、いつもの健康の為の散歩道のほんの少し先にある異世界へ冒険に出るべし。

©️甲士三郎

73 神話的な春

2019-01-24 14:37:52 | 日記

鎌倉宮の河津桜が咲き出し荏柄天神の紅梅も膨らみ、春の近さを感じるようになってきた。
老病苦に痩せ細ったこの身には一際寒さがこたえるので、春の暖かさは天の恩寵そのものだ。
20世紀の物質主義文明は神話的な春を否定してしまい、古今東西至る国にも春を祝う風習があったのに、多分現代の都会人の殆どがその真の喜びを感じ取ってはいないだろう。
いや、人それぞれ多少は感じるのだろうが、マンションの年中20数度の温度管理下で自然の動植物から縁遠い暮しでは、どうしても待春の実感は薄れる。
厳しい暑さ寒さに耐えてこそ研ぎ澄まされる精神があるのだ。(鎌倉の暑さ寒さはたいして厳しくは無いが)

ボッチチェリのプリマビューラは中世カトリック教会支配下の陰鬱な千年に終止符を打つかのように、ローマの美神達の春を描いて正にルネッサンスの春を導いた記念碑だ。
宗教学者達は道徳を教えたと言う一点で多神教より一神教が優れていると断じるが、現代の社会秩序は宗教ではなく法によってもたらされる上に、一神教同士の対立は多くの戦争を生んで来たので、その論には賛成しかねる。
確かにギリシャ ローマの神々も八百万の神も道徳面では劣悪な所があるが、それでも私には多神教の自然神の方が恵みや恩寵を感じ易い。
一神教の神は遥か高みに在り、多神教の神々は身近に在る。

(ボッチチェリー プリマビューラ)
日本の八百万の神では佐保姫が春の女神で、一部誤解があるようだが木花咲耶姫は桜の女神だ。(富士の神は石長姫)
旧平城宮の東に佐保の地名が残っているので、その辺に摘草遊びに出向いたのかもしれない。
現代のゲームやアニメにさえも飽きてしまった私のような人間でも、自然の中の芽吹や動物達の誕生は年々歳々新たな感動と詩情をもたらしてくれる。
皆も身近な散歩道に春を探し当てれば、神話の再発見も出来るだろう。
---神話ごと封印されし御陵の 木々の冬芽に滲み出る赤---

©️甲士三郎

72 焦土の花器

2019-01-17 14:37:55 | 日記

(火災で焦げた信楽壺)
月に一度でも良いから自室に花を飾ってみると、暮しが明るく潤うのに異論はないだろう。
第二次大戦後のGHQの将校が、焼跡のバラック暮しでも空缶に野の花を飾る日本人の心に感銘し日記に書き残している。
隠者もそんな気持ちで稚拙な花を活けている。
上の写真は戦禍の焦土に咲く強靭な美と生命力を想って、幕末頃に作られた後に大火をくぐって来た種壺に待春の玉椿を活けてみた。
元々花器でない物でも少しの水さえ入れば、古び汚れ壊れたような物と花の取り合わせは実に効果的なのだ。
他にも古い真鍮や木製の器物など家にあれば試してみると良い。

花を飾るのは特に一人暮らしの男性にお勧めだが、活花の作法を知らないからと敬遠する人が多い。
投入れ花においては流派花の作法は寧ろ邪魔で、先述の空缶の花のように心の赴くままにやるのが正道だ。
野の花の一輪挿しに最も適しているのは実は花瓶より徳利で、先ずはその辺から始めるのも良い。

(小徳利に虫喰い玉椿)
楽しさがわかって来たら、そろそろ魂を込められるような花入が欲しい。
和花を活けるには花の色と喧嘩するような絢爛豪華な色絵磁器は禁物で、特に年配の男性なら無骨な陶器にこそ荒ぶる天地の色を観ずるべきだろう
理想は伊賀、信楽、備前あたりの古陶器で、歪んで自然釉の吹き荒ぶような物が欲しいが、その選定は初心者には難易度が高い。
現代作家の物もネット上の価格はかなりこなれているので、贋作の多い著名作家さえ避ければ中堅新人の作は安心して買える。
低予算で最も面白さが味わえるのは、江戸後期〜明治期の無銘の作品だ。
19世紀の伊賀信楽備前に美濃の土物は結構数も出回っていて、ネットや骨董店でもよく見る。

最後に付け加えると、投入れの花は洋花より和花に限る。
隠者にとって、洋花はどうしても季感や詩情に乏しい。
最近の花屋は洋風の暮らしに合わせてカタカナ名の洋花ばかりなので、気を付けたい。

©︎甲士三郎

71 神々と酒精

2019-01-10 13:48:03 | 日記

(ピューターカップ ドイツ 1930年頃)
私が宿痾の血糖の呪いで断酒してから幾星霜、遂に糖類ゼロのアルコールが売り出され、正月に目出度くも酒精達と再会を果たせた。
その記念にヴィンテージピューターの酒杯を買ってきた。
装飾のレリーフはアダムとイブの楽園追放の場面なので、神をも恐れぬ隠者はそれに合わせて林檎風味の缶チューハイだ。
久闊を叙して酒精達は眼前を乱舞し金光が飛び交う。
酒宴ならディオニュシオスにお供のニュムペーも呼び出して、とことん混沌に堕ちて行こう。
酒と混沌の神ディオニュシオスは、スキュポスと呼ぶ古代の酒杯と葡萄園のレリーフを一緒にしておけば、御機嫌よろしく手酌で楽しんでくれる。
私の禁酒期間中は我家の神々も年に数度しか酒のお供えがなかったので、みな狂喜乱舞だろう。
BGMはキース ジャレットのケルンコンサートで行こう。
ソロピアノの即興のカオスから宗教的陶酔感にまで登り詰める三曲目が圧巻だ。
ついでに和室の衣通姫も御相伴。
どの国の神も酒好きなので仕方ない。

(中心ディオニュシオス 右下スキュポス ギリシャ時代 著者蔵)
隠者が神々に祈る時、何かのお願いをする事は無い。
「我、神と共にあり」
神々と共に夢幻界に遊ぶところに、祈りの要諦はある。
それだけで少なくとも孤絶感はなくなる。
鎌倉の鶴ヶ丘八幡宮は正月の御賽銭だけで何十億円と聞くが、数百万人の我欲を毎年聴かされてさぞかし八幡の耳は穢れているのではないか。
祈りと願いは別物で、神に私利私欲のお願いをしている内は魂の安息は訪れないだろう。

と言う訳で年末年始の隠者は酔って夢幻界に転移していたので、先週のブログ更新が遅れてしまった。

©︎甲士三郎

70 陰暦の暮し

2019-01-04 09:19:07 | 日記

正月の鎌倉は参拝客で埋め尽くされ何処に出るにも普段の倍の時間がかかるので、大抵の地元民は外に出ず家に籠ってゆっくりしている。
まあ私は通年家に籠りきりだが。
昨年も話したが、隠者は陰暦を墨守して生活している。
四季の美を楽しむにも、作品に季語を活かすにも陰暦の方が都合が良いのだ。
したがって我が家の正月は立春の時になる。
そうは言いつつ一応今も賀客のために最低限の正月飾りはしているので、立春時の旧正月と合わせて正月休みが2度あると思えば楽しい。

世間の慶事に水を差すつもりは無いが、隠者は偏屈なのでこの寒中に迎春と言われても何が目出度いのか実感出来ない。
自然の季節感に従った旧暦の正月なら梅も咲き出し鶯の初音が聞こえて、冬を生き延び春を迎えた喜びを素直に感じられる。
そもそも将軍家直参旗本の鎌倉鬼門守護職である私の立場から見ると、薩長明治政府の太陽暦導入は政経面では仕方ないとしても、季節の行事まで自然を無視して切り替えたのは愚策と言いたい。
真冬に賀春、梅雨の最中に七夕では、句も歌も季感がずれて気持が込め難いのだ。

(庭の侘助)
私が思う日本人の暮らしの理想形は、明治頃の各地方の郷士豪農のライフスタイルだ。
自然の中で季節季節に応じた暮らしは、例えば古き良き18世紀アメリカのアッパーミドルの生活様式にも近い。
そこから悪しき因習を取り払って、現代文明の便利さと調和出来れば言う事無しだった。
穏当な自然神信仰も取り戻して各家で節々の行事を行えば、現代生活に失われた厳粛さも返って来るだろう。

西洋の太陽暦の元はアポロン信仰だ。
捻くれ者の隠者は参拝までに1〜2時間並ぶ八幡宮へは行かず、我が家のアポロンを拝んで済ます。

(アポロのイコノグラム ローマ時代 著者蔵)

*更新遅延陳謝*

©️甲士三郎