鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

182 花時の始まり

2021-02-25 14:23:00 | 日記

ーーー年年に言葉の意味が軽くなり 鳥が囀るやうな晩年ーーー

ここ数日の暖かさで鎌倉の梅、桃、緋寒桜が一斉に満開となってしまった。

水仙と椿はとっくに咲き出していたので、我が楽園はまだ2月中にも関わらず春爛漫の様子だ。


我家の前の早咲きの桜にも早速鵯が来て蜜を舐めている。

もう長年見ている桜なので、この木の花精は毎年訪れる旧知の友人だ。


眼病を患ってからなかなか小鳥の撮影でピントが合わないが、今回はそう酷くない程度には撮れた。

ただ今年は鶯の姿が少なくて心配している。

藪に隠れてちちっちちっと鳴く笹子も激減している。


我が荒庭の紅梅を剪って白梅模様の花入に活けてみた。


(瑠璃陽刻梅図瓶 李朝時代 黒織部茶碗 江戸時代 織部小皿)

菓子は鶯餅にしたかったが売切れだった。

紅白の梅の間を桜餅のピンクで繋ぎ、赤の補色の抹茶の緑で引き立てる趣向だ。

花時となればこう言った日常の茶飯事にも、生命感溢れる彩りの工夫が出来て楽しい。


桃の節句には少し早いが、すでに桃の花も咲いている。


(笠間瓶 幕末頃 木彫彩色観音像 明時代)

家には女の子がいないので、観音像を代わりに置く。

古び傷んだ花入と木像に、可憐な桃の花の色が好対照で気に入った。


春野の七種はまだ先だが室内にいち早く春色を取り入れれば、気候変動で春が短くなった今も富貴長春の暮しを楽しめるだろう。


©️甲士三郎


181 超現実主義の猫

2021-02-18 14:09:00 | 日記

ーーー隙間から猫の手が出る日永かなーーー(旧作)

2月は恋猫の季節である。

だが最近鎌倉では野良猫撲滅運動のせいで、朧夜の恋猫達の騒ぎもあまり聞かなくなった。


私は動物は好きな方だが、我家は美術品が転がっているので屋内では飼育出来ない。

その代わりに猫神様(前出)ほか動物物の絵や像を飾って楽しんでいる。


(織部猫型水滴 幕末頃)

日当たりの良い洋間で揃ってお昼寝中。

背中の穴を指で押さえたり離したりして、耳の穴から出てくる水量を微調整する仕掛けだ。

漫画のようなデフォルメがなんとも可愛らしい。


こちらはつい最近我家に住み着いた超現実主義の猫。


(猫のダンサー レオノール フィニ エッチングに部分手彩色 1950年頃)

シュールレアリズムの女性旗手、レオノール フィニの得意の猫の絵。

我が楽園にふさわしい夢幻界の踊子だ。

たまたま鎌倉の古書店にバーゲンプライスで出たのを見つけ、急いで確保した。

猫関連のグッズは特に人気があって、まごついているとすぐに攫われてしまう。


さっそくライティングデスクの脇に飾れば、部屋中を楽しい気分にしてくれる。


畳の部屋に英国製ライティングデスクと超現実主義の猫で、我が和洋折衷様式もここに極まったのではないか。

絵や置物は飾りっぱなしにしてしまうと、目が慣れて感動も薄れて来る。

せめて月ごと季節ごとには入れ替えるべきだろう。

絵画彫像などもある程度の数が揃ってくると、今月はどれを飾ろうかと悩むのも楽しくなってくる。

隠者は毎年梅と桜の間の時期は、この猫達と戯れて過ごすようにしている。


©️甲士三郎


180 襤褸の聖衣

2021-02-11 13:24:00 | 日記

ーーー襤褸纏ふ老いたる画家の探梅の 行ける限りを照らす春の陽ーーー

隠者の衣服は襤褸でなくてはならない。

鎌倉仏教は地蔵菩薩が地獄遍歴で纏ったようなぼろぼろの糞掃衣を金蘭の袈裟より遥かに尊しとした。


キリスト教の聖人もまた同じだろう。


(木彫聖人像 フランス? 1617世紀頃 七宝鴛鴦 清 19世紀)

この聖人像はカトリックの布教で17世紀頃ベトナム辺りに持ち込まれた物が、幕末に九州のキリシタンまで流れ着いたらしい。

寡聞にして聖人の名は不明だが、私のイメージでは小鳥達と会話していた聖フランチェスコだ。

花は日本伝統の玉椿を西洋アンティークの水差しに活け、中国清朝の小鳥を遊ばせてみた。

元々襤褸の修道服の像自体がさらに壮絶に傷んで、崇高な美しさを醸し出している。


気の利いた襤褸さえ纏えば脱俗の気分が出て、いかにも晩生を清貧に暮す賢人と言った雰囲気にもなれる。

また若い精神世界の冒険者達にとっても、歳月に耐え旅塵に塗れた襤褸こそが聖衣となるだろう。


(バブアー製オイルドコート イギリス 1970年代)

よく見るとあちこち擦り減り傷んでいて、かなりの貫禄がある。

21世紀に入ってからは使い古した服の風合いを好む人も増えた。

古び痛み風化したような物に美を見出すのは日本が世界に先駆けた美意識で、中世の侘び寂びを経て現代に繋がる。


今のファッションブランドでは新品でもダメージ加工してある物も多くあり、襤褸で街中を歩いても奇異な眼で見られる事は無い。


(M65レザージャケット FMH  キャシージェーン 現代)

隠者よりもう少し若い冒険者達には、ダメージ加工されたフィールドジャケットが人気がある。

デニムを中心にエイジングやダメージ加工を施した物の方が、無傷の新品より手間を掛けている分高価なのは仕方ない。


人生の終盤の装束は己が精神が姿形を成すような物で、その風姿は当人の死後まで人々の記憶に残る。

読者諸賢も今一度己が晩生の姿形を省みて、子孫達の記憶に残るような装いを考慮しては如何だろう。


©️甲士三郎


179 立春の祭典

2021-02-04 13:58:00 | 日記

隠者は旧暦の暮しなので立春が真の正月となっている。

寒入り前に新春を祝う新暦の正月には、真の春の訪れの喜びは無い。

読者諸賢もせめて個々で立春を祝う事をお薦めする。


私は一応鬼門守護職なので追儺の夜は破邪の儀を司る。


建て前としては篝火と火の粉で邪を祓い、伝世の護法剣で幕営の丑寅(北北東)を護る訳だ。

今年は病魔退散の威も加えて、マスク姿の隠遁形となった。


ーーー立春の光の窓を曇らせて 菜を煮る湯気に温まる厨ーーー

明けて春立つ日。

屏風を冬用の水墨花鳥図から華麗な伊勢物語に変え迎春の飾りを添えれば、家中がぐっと明るい雰囲気になる。


(伊勢物語図屏風 土佐派 江戸時代)

屋外も温かい日が続いて椿の蕾もふくらんで来た。

この飾りを前に春の祝ぎ歌を詠み、後は春菜が主菜の宴となる。


恒例の和歌の女神衣通姫絵姿を祀り、もう一つ和洋折衷の洋の祭壇も築いた。

春にふさわしく、花の女神像だ。


ピカソのオリジナルリトグラフで、花飾りの女(フローラ)

御供物は古萩茶碗の抹茶に鶯餅で和の要素を加えてみた。

リトグラフで気を付けるべき点は写真製版の物で、特に原画のタブロー(日本画や油絵等の本画)をフルカラー印刷したのはポスターとしての価値しかない。

本来のリトグラフ(石版画)とはあくまで作者本人が数色の版を重ね、自分で刷った物を言う。

さらにサインは版の外に一枚一枚手書きで入れる。

版の中にサインがある物は写真製版なので複製画の扱いとなるが、悪質な業者はこれをオリジナルと偽って高額で売付けている。


花咲き鳥の歌う春の訪れは、人間にとっても最も自然に喜びを感じられる時だ。

年中行事の筆頭に据えるべき立春の祭典を、子子孫孫忘れてはいけないと思う。


©️甲士三郎