鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

307 英国の浪漫派(3)

2023-07-27 13:09:00 | 日記

今回はスコットランドの国民的大作家で妖精学の始祖、サー・ウォルター・スコットを紹介しよう。

今やゲームや映画で大人気の中世ファンタジー物の元祖とも言える作家だ。


まずはイギリス騎士道浪漫の代表作であるこの本。



(アイバンホー ウォルター・スコット 19世紀版)

アンドルー・ラングによる装丁も美しいアイバンホー上下2冊揃いだ。

スコットはこの他にも「獅子王リチャード」「湖の貴婦人」など今でも世界中で人気の高い物語を幾つも書いていて、英国騎士道を世に知らしめた功績は大きい。

日本では大佛次郎の翻訳本がありその初版本も持っているのだが、装丁が余りにも貧相なので原典と並べるのは御勘弁だ。


そしてこれぞ妖精学の聖典、スコット詩集。



(スコット詩集 ウォルター・スコット 19世紀版)

この中のスコットランドに伝わる妖精譚やケルト伝説を集めた吟遊詩歌集は、後の浪漫派k作家や妖精学者らに多大な影響を与えた労作だ。

厚革の浮彫り模様に三方金の重厚な装丁が如何にもサーの称号にふさわしい。

男爵だった彼のアボッツフォードの壮大な城館とその蔵書家具装飾品などは、ゴシック〜ビクトリア期の英国文化を象徴する物として今も保存公開されている。


もう一冊は我家にある洋書では最も古い本。



(最後の吟遊詩人 ウォルター・スコット 1806年版)

「最後の吟遊詩人」はスコットの初出版物でコールリッジの詩形をモデルにした叙事詩だ。

友人のワーズワースも絶賛していて、この作品で彼の名は一気に高まった。

初版は1805年だが写真の本はそれに加筆修正した改訂初版となっている。

英国の猟書家達が初版とか刊行年より装丁の方を重視するのは英国貴族達が蔵書をその家毎に装丁していた文化の名残で、内容も刊行年も全く同じ本に装丁違いの物が沢山あるのも楽しい。


夏の土用のこの時期は昔から暑かったが、今月の首都圏の猛暑日数は新記録だそうで諸賢も御自愛されたい。

スコット卿に因んでゴシックロマン調の歌を一首。

ーーー老鶯が山気を呼ばふ荒庭の 荒れ行くままを諾ふ詩魂ーーー


©️甲士三郎


306 英国の浪漫派(2)

2023-07-20 13:08:00 | 日記

今回はいよいよ英国浪漫派の2大巨頭、コールリッジとワーズワースだ。


S.T.コールリッジはヨーロッパでの名声の割に日本では意外と知られていないが、後の指輪物語やハリーポッターに繋がる英国ファンタジーの始祖と言っても良い巨匠だ。



(コールリッジ詩集 19世紀版 老水夫の詩 ギュスターブ・ドーレ挿絵版)

この詩集こそ英国浪漫主義の金字塔にして、その荘重たる韻律は彼の幻想世界に侵し難き聖性を加えている。

後述のワーズワースとの共著「リリカルバラード」は多分英国詩中の最高傑作だろう。

コールリッジの世界観の影響は文芸だけに留まらず後世のブリティッシュロックにも及び、伝説のレッドツェッペリンの歌詞やケルト的な響きにも受け継がれている。

挿絵のドーレは先週の失楽園に続いての登場で、当時の彼の人気の高さがここにもうかがえる。


今ではその詩よりもイギリス湖水地方の作家として有名なウィリアム・ワーズワースだが、ピーターラビットのビアトリクス・ポターもハリーポッターのJK・ローリングも彼の詩に憧れて湖水地方に移り住んだのだ。



(ワーズワース詩集 1897年版 湖水地方案内日本語訳)

夏の1日を詩画の水辺で涼しく過ごそうと、画は池大雅の清江遊船図を掛けた。

ワーズワースの田園詩には東洋の古詩にも似た多神教的な自然への祈りがあり、異国の叙景ながらこの隠者にも親しみ易い。

また彼が隠遁中の金策のために書いた「湖水地方案内」は、その後のナショナルトラスト運動の契機にもなった。

ただ残念ながらワーズワースの詩集も日本語版は大衆向けの口語訳しか無く、例によって原典の格調は失われている。


もう1人英国浪漫派で忘れてはならないのがアンドルー・ラングだ。



(ラング編纂装丁本の数々 19世紀)

ラングは有名なフェアリーブックス(神話伝説童話集)の編纂を始め、19世紀のファンタジー界をリードした大賢者だ。

彼の本には文も絵も装丁も含め、古き良き英国ビクトリア朝の文化芸術が凝縮されている。

世界の猟書家垂涎のフェアリーブックス類は全部で25冊あり、全て集めれば子々孫々まで残る偉大な文化資産となろう。

また随筆集「書斎」(The Library)は世のブックハンター達の聖典とも言うべき名著で、彼の古書蒐集を巡る逸話は尽きない。


梅雨が明けて鎌倉もだいぶ暑くなったが、晴耕雨読ならぬ晴れた酷暑日こそ家に籠って読書しか無い。

せめて屋内だけでも美しく、涼しげな風情で過ごしたい。

ーーーこれ着れば我も浪漫の歌人たり 藍地に白き蛾の舞ふ小袖ーーー


©️甲士三郎


305 英国の浪漫派(1)

2023-07-13 13:04:00 | 日記

ーーー残鶯の声に始まる詩人伝ーーー

先日ようやく見つけたワーズワースの抒情詩集が届き、数年かけて集めていた18〜19世紀イギリス詩の原書がある程度揃った。

英語に強い若い家人の助けも借りてこの夏は英国浪漫派に浸りきるので、その状況をまた何度かに分けて報告しよう。



夏は昼間が暑ければ暑いほど、ひと息つける夜涼の時間が貴重に思える。

そんな夜を夢幻の英国ファンタジーで過ごすなら、先ず取り出すべきは文字通りシェークスピアの「真夏の夜の夢」だろう。



(真夏の夜の夢 ウィリアムシェークスピア 1908年版 同アーサーラッカム挿絵集)

英国浪漫派の先駆けとなるシェークスピアの作品は全て定形韻文詩で書かれているが、残念ながら日本語版は口語訳しか無くその荘重たる気韻は原書で味わうか、Youtube等には英国人俳優の朗読も出ているのでそちらをお薦めする。

翻訳詩では神話や妖精世界の神聖古代語までは無理としても、英文学を代表するシェークスピアが子供向けのような口語訳しか無いとは思わなかった。

もしや日本の翻訳家は英語は堪能でも、肝心の日本語の文語韻文が書けないのかも知れない。

英国の妖精達は中世キリスト教によって貶められたギリシャローマの神々や土着の自然神達だと言う説が主流で、我が国の八百万の神々や精霊とも似通う所がある。

挿絵のアーサーラッカムは妖精画の名手として今でも愛好者は多く、シェークスピアのファンタジー世界のイメージを詩情豊かに伝えてくれる。

ーーー風鈴は夢の中まで届く音ーーー


英国浪漫派でシェークスピアに続くのはミルトンだろう。



(失楽園 ジョンミルトン ギュスターブドーレ挿絵 1880年版 同日本語版)

画家のギュスターブドーレはこの失楽園やダンテの神曲の挿絵でその名を不朽の物とした。

彼のオリジナルエッチング(銅版画)は以前紹介したので省くが、現代のファンタジー映画やゲームのビジュアルもドーレの創り上げた神話世界のイメージの影響を強く受けている。

ドーレやラファエロ前派の19世紀幻想画はどれも、物質主義全盛だった20世紀よりも今世紀になって人気が再上昇している。

写真の日本語訳本も近年ようやく出たのだが、原典と並んでしまうと現代日本の書籍の安っぽさは否めない。


もうひとりは原典が高価過ぎて手が出せないブレイクだ。



(ブレーク選集 山宮充訳 初版 大正時代 青南京小瓶 瑪瑙獅子 中国清時代)

ウィリアムブレイクは画家であり詩人であったので、書中の世界全てを自分だけで完結出来た人だ。

なのでそのオリジナル版となると大変貴重で高価な物となっている。

この隠者も一応詩画人なので、画文双方による世界創造の万能感は良くわかる。

この大正の袖珍本(小型本)訳詩シリーズは立派な文語韻律の名訳が揃っている上に、恩地孝四郎装丁の絹張り天金の書と来れば全巻集めたくなる。

当時の日本人の英国詩に対する憧れが良くわかる豪華本だ。

ブレイクの画集の方は昔持っていたはずなのに、呪われた我が画室の混沌の海に沈んで見つからない。


ーーーこれだけは世捨人とて手放さぬ 明窓浄机天金の古書ーーー

次回はコールリッジとワーズワースの予定。


©️甲士三郎


304 清涼の花器

2023-07-06 13:11:00 | 日記

夏越の祓も過ぎこの先の梅雨明けから9月末まで続く暑さにどう対処するか悩ましい。

エアコンが有れば済むと言うのは単なる物理的な話で、昔より1ヶ月長くなった酷暑の時期の美しき暮し方を勘案すべきだろう。


まずはいつもの机辺に涼風を呼ぶような花を飾りながら、あれこれ検討してみよう。



大正〜戦前昭和頃の色硝子の花器を取り出して、窓の外に吊るした風鈴の音色とも合うような設えを考えよう。

白障子にそよぐ風鈴の影と音色は古人達の美と叡智の結晶で、これほど夏の夢幻を誘う装置はなかなか無い。

あいにく今日は風も無い曇日で風鈴の影の写真には不適だったが、晴れた日の午後に書院窓に花を置けば風鈴と共に楽しめる。

花器は西洋風の硝子器なら現代作家にも良作が沢山あるのだが、いざ和花に合う物となると壊滅的に見つからず、結局大正頃のアンティークに行き着くのだ。

水辺の涼感も加えようと清朝末期江南のシノアズリの陶魚を添えてみた。

ーーー水無月や玻璃の花入陶(すゑ)の魚ーーー


桃山〜江戸時代の花入は古格ある重厚な物は多いが、夏に涼しげな物は少なく染付か青磁あたりを使っていたようだ。

明治以降はより涼味のある硝子器や緑釉青釉の花入が出て来て、隠者の和洋折衷の部屋にも似合いそうな物が結構見付かる。



あまり有名では無いが小杉焼の緑釉は隠者好みの夏色で、簡素な形ながら隠れた花器の名品だと思う。

明治後期から昭和初期は各分野で職人芸が頂点に達した時期で、各地の民芸窯も多様な技術を競い合っていた。

その中で生まれたこの緑釉は織部の緑より涼しげで青磁より濃厚なので、見付ければついつい買ってしまう魅力がある。

他には青薄や夏草を入れるなら竹籠も良いし、8月の立秋以後の草花なら破れ壺も涼風を呼んで良いだろう。

ーーー緑陰の窓に緑の花瓶もて 祈るが如き花の一色ーーー



だいぶ前に聞いた「東京はエジプトのカイロより熱くなった」と言うショッキングなニュースも、今では常態化してメディアの話題にも登らなくなった。

鎌倉の谷戸の木陰は東京より4〜5度は涼しく、朝のうちならガーデンティーも楽しめる。



アール・ヌーヴォー調の大正硝子の花器を持ち出し、谷風通う荒庭でコーヒータイムだ。

朝涼に夏鶯や蛾眉鳥の声を聴きながら小さな詩集(写真は芳水詩集)でも開けば、今日一日は高雅な気持ちで過ごせるだろう。

対面のタンブラーは卓上の浄域に谷戸の夏姫を招いての献茶(献珈琲)だ。

四季の姫神を幻視の中に訪れる風雅の友とでも思えば親しみも湧く。

ーーーよき人のよき友を訪ふ白日傘ーーー


本朝開闢以来類を見ない程長く蒸し熱い夏となり、先人達の積み上げて来た美しき暮しの知恵もこれまで以上に工夫しないと精神の清涼は保てない。

難題に悩みつつも、この夏の東京の戸外で働く人々の健勝を祈るばかりだ。


©️甲士三郎