鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

204 光輝の病眼

2021-07-29 16:39:00 | 日記

今日は2度目のワクチン接種やら何やらで、本稿の更新が遅れてしまい御勘弁。


この夏は白内障が少し進んで、光が綺麗に滲んで見える。

室内で眼鏡を掛ければ画作書見に問題はないが、明るい屋外の光はさすがに眩しい。

おまけに飛蚊症なので、たまに妖精が視界をうろつく。


ーーー病眼に昼顔は野を埋め尽くすーーー

白内障に加え元々乱視気味でもあり、昼顔が倍に見えて美しい。

ここの昼顔は毎年種が零れて広がって行く。

晩春に草刈するので昼顔の繁殖には都合が良いらしい。


また白昼の白花は光が滲み出して後光を放っている。


ーーー咲くや花夏野の光より白くーーー

あえて滲みの出るオールドレンズでは無く、現代のレンズを使って隠者の肉眼心眼との違いを自覚出来た。

病眼の方が美しい世界が見えるので、白内障の手術は出来るだけ先送りにしよう。


最近は明治大正の新体詩ばかり読み込んでいて、己れの歌作がやや疎かになっていた。


ーーー俯いて咲く百合あれば仰向けに 落ちし百合あり天地同逆ーーー

梅雨の間は書見三昧で句歌共に作は低調極まっていたので、リハビリがてらもう少しやろう。


ーーー町中が寝静まる夜時は満ち 暗黒詩界銀河直立ーーー

鎌倉の海辺は光害で星はほとんど見えないが、隠者には輝く銀河が幻視出来ている。

ワクチン接種も済んだので、これからはもっと外に出掛けられるだろう。

夢幻界への吟行も増やせると嬉しい。


©️甲士三郎


203 隠者の冷茶

2021-07-22 13:36:00 | 日記

私は血糖の呪いによって酒類と清涼飲料のほとんどが飲めない。

甘味料は糖分カロリーゼロの物があるので困らないが、炭酸類はゼロコーラしか無い。

よって茶事の趣向を凝らす事によって飽きないようにしている。


アイスコーヒーは書院の窓辺で。


(ファイアーキング キンバリーオーロラマグ アメリカ1950年代)

杏仁豆腐は見た目だけ味わって、あとは家人が食べる。

眠れる美女の博多人形は大正頃の作。

和洋折衷に中国水菓子を加えて日米中が揃った。


午後はアイス烏龍茶でガーデンティーにした。


(染付急須 茶杯 小皿 清朝末期 煎茶盆 明治頃)

庭のブルーベリーの実が色付き始めたのを背景に、風通しの良い場所で梅雨明けの雲を眺めながらの冷茶だ。

暑い日にも多少は日光を浴びるべきだろう。

詩人なら尚更肌で暑さ寒さを感じる事を疎んじてはならない。


夜はノンカフェインのルイボスティーかゼロコーラにしている。


(拳骨ガラスコップ 青磁四方皿 明治時代)

明治時代の雑誌を読もうと思い、茶器も明治物で揃えた。

写真左は風俗画報の明治29年版で尾形月耕の木版の口絵が付いている。

エアコンの無かった時代の処暑の工夫は、今見るとみな風流で良い。

皆も歳時記に残っているような古き良き風習は、是非一度お試しあれ。


血の呪いに冒された隠者でも、このように涙ぐましい工夫で夏の茶時を楽しんでいる。

普通に清涼飲料や冷菓子を食べられる人は、それだけで幸福な夏なのだと知るべきだ。


©️甲士三郎


202 鎌倉文士物の蒐集 俳書編

2021-07-15 13:16:00 | 日記

これまでに句集は何度かやったので、今回は俳書を紹介しよう。

鎌倉の俳人を語るなら高浜虚子は外せない。

我が師有馬朗人の師の師でもある。


引き篭り中の最大の娯楽であるネットオークションで入手した虚子直筆の色紙。

少しシミがあるので格安で落札できた。


(こがねむし擲つ闇の深さかな 高浜虚子)

鎌倉の夏に飾るには打って付けの句だ。

山際にある我家にも黄金虫はよく飛んでくる。

下の本は同じく虚子の「小諸雑記」。

これを飾っている窓外の闇に100年前の鎌倉の様子が浮かんで来る。


次は久米正雄と久保田万太郎の短冊。


「三汀」は久米正雄の号。

右の本は久保田万太郎が戯曲化した鏡花の「歌行燈」。

万太郎の書はうまいのだが、小さくて細くて解読に難儀する。

他にも芥川龍之介はじめ鎌倉文士の大抵は俳句好きだったので、句の短冊も結構集まりそうだ。


秋桜子は鎌倉文士では無いが、私が若い頃お世話になった東大俳句会の始祖なので疎かには出来ない。


(瀧落ちて群青世界轟けり 水原秋桜子)

如何にも涼しげな軸で、簡素な青紙の表具も気が利いている。

秋桜子の中では隠者の最も好きな句で、我が精神の清涼剤とでも言うべきか。

下は最近増えてしまった鎌倉文士達の古書のために、やはりネットオークションで安く買えた大正時代の小降りの本棚。


私は鎌倉文士達が活躍した大正頃の暮しを手本に、こんな感じで引き篭りの夏を楽しんでいる。


©️甲士三郎


201 鎌倉文士物の蒐集 挿絵編

2021-07-08 13:27:00 | 日記

ーーー強き陽の当たればいつか消え去らん 古き挿絵の純情少女ーーー

明治大正の書籍で欠かせないのが木版の挿絵だ。

西洋では銅版と石版が主力だったが、日本では浮世絵以来の高度な技術で木版画が盛んに用いられた。


当時の挿絵画家の最高峰は、前回も紹介した鏑木清方だろう。

私も若い頃にこの清方と上村松園の美人画技法を研究した事がある。


(尾崎紅葉 金色夜叉の挿絵 鏑木清方画 初版)

この本は木版のほか石版画やコロタイプなどの最先端の製本技術をふんだんに使っていて、カラー写真が無かった時代には格別美しく思えたに違いない。

ところが当時の帝展では美人画や挿絵は俗な物として虐げられていたと言うから驚きだ。


また文芸雑誌の折込の口絵木版画は、本から切り離して額に入れて飾れるので今やかなりの高値が付いている。


(美人画 鏑木清方 木版画)

卓上左の古びた雑誌は新小説大正2年版で、その中に上の額絵のような木版画が入っている。

他にも近年人気沸騰の鰭崎英朋らの美人画もある。

あとは前回触れられなかった菊池寛、久保田万太郎、大佛次郎ら鎌倉文士達の本。


鎌倉の小町通り脇の路地を入った所に、清方の旧居を改築した鏑木清方記念館がある。


(鏑木清方記念美術館の入口)

挿絵を卓上芸術と言って生涯大事にした作家の館らしく、他館には無い挿絵の企画展をたびたびやっている。

大佛次郎はじめ鎌倉文士達との関わりも強く、前回の苦楽表紙なども地元の鎌倉文庫の刊だった。

ここに来ると誰もが古き良き時代の日本人の情感を呼び覚まされるだろう。


©️甲士三郎


200 鎌倉文士物の蒐集 詩歌編

2021-07-01 15:08:00 | 日記

前回に続きブックハンティングの詩歌編(俳句は何度かやったので省く)

詩集歌集は何度でも読み返し愛唱できるので、猟書家の恰好の獲物となる。


まずは詩集から。(以下の写真は一応全て初版本)


明治大正頃の詩集は凝った装丁が多く、木版の挿絵なども豪華だ。

手前の蒲原有明と薄田泣菫の格調高い象徴詩は殊に隠者好みだ。

本立て左のぼろぼろの背表紙が堀口大学の「月下の一群」、隣が上田敏の「海潮音」。

さらに右に並ぶ島崎藤村も晩年湘南で静養していたので、御近所の住人と言えよう。


次は句集と共に昔から集めていた歌集。


吉井勇、北原白秋、吉野秀雄ほか最も多く集まったのが与謝野晶子だ。

与謝野晶子は鎌倉の住人ではないが頻繁に訪れていた。

隠者に取ってはあまりに高価な「みだれ髪」以外は初版で揃っている。

夢二の木版画の表紙は吉井勇の「祇園歌集」で、京都で遊び回っているのが気に入らないが何せ伯爵様だから仕方ない。


鎌倉の地元民として忘れてはならないのが文芸誌「苦楽」だ。


戦後間もなく鎌倉文士や画家達の協力で出来た当時としては豪華な月刊雑誌で、特に鏑木清方の表紙は名作揃いだった。

清方記念館は近所なので買い物がてら寄れる。

「苦楽」表紙の原画展の時は思いのほか人気が高く混んでいた。


禍々しき俗世を忘れて夢幻界に浸るのに、古き良き時代の詩集歌集ほどふさわしい物は無いと思う。

特に詩集は今年入手できた物が多く、これからの長い夏を引きこもってじっくり読むのを楽しみにしている。


©️甲士三郎