近年ネット上での古書の売買が盛んになり、老舗の古書肆も手をこまねいてはいられず参加し出した。
そこにコロナ禍の巣籠もり需要が重なり、稀覯本の価格が去年1年で5〜10倍に急騰してしまったのだ。
泉鏡花の挿絵入り初版本など去年の今頃まではせいぜい1〜2万円だったのが、今や10万越えが当たり前になっている。
隠者は長年日本の詩句歌の黄金時代である明治後期〜昭和初期の古書や書画を集めて来たが、もう名作の初版本は無理かもしれない。
(金色夜叉絵巻 続金色夜叉 初版 尾崎紅葉 鏑木清方)
地元の鎌倉文士物が一段落したら鏑木清方とも親しかった尾崎紅葉一派(硯友社)の作家達を集めようと思っていて、尾崎紅葉、永井荷風、江見水蔭、巌谷小波らは価格急騰の前に代表作だけは入手出来た。
泉鏡花、石橋思案、柳川春葉、小栗風葉、山田美妙はほとんど買えなかった。
中でも柳川春葉の鰭崎英朋の挿絵本は人気沸騰で50万以上にもなっている。
もうこの隠者風情には永久に手が届かないだろう。
世間一般で言えば詩集句歌集より小説の方が人気があり、また装丁や挿絵に凝っている美麗本ほど高価になっている。
硯友社の作家達はみな俳句が大好きで数十年も毎週のように集い句会(木曜会)を楽しんでいて、その色紙短冊や掛軸は結構入手している。
(向かって右から尾崎紅葉、永井荷風、柳川春葉の直筆短冊)
今でも直筆物が本より安値なのは、当時の書体が読める人が少ない上に真贋判定が一般人には難しいからだろう。
また幸運な事に俳人は元々地味な人種で豪華な装丁の句集など皆無だからまだ価格高騰も無く、硯友社諸氏の初版本も句集だけは集まりつつあるから揃ったら報告しよう。
尾崎紅葉は早逝してしまったので、彼の句集は残された仲間達によって没後に出された。
(直筆色紙 泉鏡花 紅葉句帖 尾崎紅葉)
私に取っては紅葉一派の小説よりも俳句に興味がある。
当時の俳壇で正岡子規の日本派と並び称されていたが、子規達が真面目な俳句だったのに対し紅葉達はあくまでも遊俳と自称していたようだ。
硯友社の作家達が本業を忘れて句会を楽しんでいた光景は、いかにも詩仙郷を見るようで憧憬の念に駆られる。
日々のティータイムに好きな音楽をかけ古人先達の句歌集を捲るのは、この隠者の至福の時となっている。
古本初版本は作者が生きていた当時に転移する為の魔導具となる。
詩歌の黄金時代、遊俳達の楽園、我が夢幻界もそこに繋がっているのだ。
©️甲士三郎