ーーー薔薇真紅雨に四方が消える中ーーー(旧作改題)
気候変動で近年は長い梅雨と長い残暑が当たり前となったようだ。
この時期の心地良い過ごし方を工夫しないと、古人旧来の処暑のやり方では精神の安寧は保てそうもない。
まだ暑くはならない梅雨の間なら文人幽居の基本、買い漁った古書で晴耕雨読だ。
そして引き篭りがちな者こそ広い世界へ目を向けるべきと、今回は西洋詩の翻訳本を読みたいと思う。
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(海潮音 初版 上田敏訳 青南京双耳瓶 清時代)
訳詩なら先ずは上田敏の「海潮音」を知らねばなるまい。
この本ほど当時の若き詩人文人達に強い影響を及ぼした訳詩集は無いだろう。
翻訳と言うより創造と言って良いくらいに品位ある日本語の詩になっている。
この詩集によって後続の詩の様式が決まったような気にさせられるほど完成度が高い。
次は日本の詩にはあまり無い英雄叙事詩を見てみよう。
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(オデュッセーア 初版 土井晩翠訳 ピューターマグ 19世紀イギリス)
窓外の雨音を聴きながら読むべき本は土井晩翠訳の「オディッセア」だ。
晩翠の格調高い文語韻律なら、荘重たるギリシャの英雄叙事詩に浸りきれる。
草庵に雨籠りの陰鬱な日々も、時空を超えて古代エーゲ海のリゾートライフの気分だ。
あの「荒城の月」の大詩人が後半生をかけて直接ギリシャ語の原典から訳した労作で、これを凌ぐ物はもう到底出て来ないだろう。
夜は永井荷風訳の訳詩集「珊瑚集」を読もう。
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(珊瑚集 永井荷風訳 呉須赤絵壺 明時代 織部小服茶碗 幕末〜明治時代)
永井荷風自身が気に入った詩だけを訳しているので粒揃いだ。
荷風は小説家としての名が高いが実は詩や俳句の方が好きだった様子で、米仏に留学していた事もあり語学にも堪能だったから西洋詩の翻訳は適任だった。
この「珊瑚集」は韻律、格調、情感全てに気配りの効いた名訳だ。
戦後の翻訳詩は口語散文ばかりになってしまい、韻律無くしてもはや詩とは言えないだろう。
今やゲームやライトノベルでさえ魔法の詠唱は神聖古代語で行う。
日本語の韻文詩が書けない人に外語韻文の翻訳をさせる方が間違っているし、古語韻文を口語散文に変えて意味だけを読んでも仕方ないと思うのだが…………。
©️甲士三郎