仕事の合間のコーヒーブレイクなどに聴く音楽はそれぞれ好みのポップでもロックでも良いが、己が魂を浄化する離俗の茶時にはそれなりの清澄な音楽を選びたい。
例えば紅茶ならピアノ曲か上品な管弦楽が合うのだが、珈琲にはもう少し重厚な響きが欲しい。
休日の朝の静謐な珈琲時にはチェロ曲をお薦めしよう。
一昔の老若クラシック音楽ファンは、チェロと言えばカザルスかヨーヨーマかの論争を熱心に繰り広げていた物だ。
私は演奏自体はカザルスに軍配を上げるが、録音技術まで含めた総合力ではヨーヨーマを買っている。
曲は定番のバッハに変えて、春の雰囲気でネッラファンタジア(エンニオ・モリコーネ版)にしよう。
花入は英国のレナード・ストックリー作のフラワードラゴンのピッチャーにイングリッシュローズのドライフラワー。
この取合わせなら夢幻世界での休日を始めるのにふさわしいだろう。
夕食後の読書思索時の珈琲には蒼古たるドイツ古典派のシンフォニーだ。
交響曲は例えばブラームスなら伝説のフルトヴェングラーのベルリンフィルと言いたいが、いかんせん第二次大戦頃の録音は雑音が酷い。
一般的にお薦め出来るのは同じベルリンフィルの後任の指揮者カラヤンの録音だろう。
クラシック音楽は曲はそれぞれの好みで良いが、同じ曲の中でも最上の演奏や録音を選ぶ事だ。
本は鎌倉の歌人、木下利玄の遺歌集「李青集」初版。
信楽の珈琲碗に益子焼の水差で、戦前昭和の民藝の武骨さが19世紀ドイツの荘重な音楽に合うようで気に入っている。
春宵は古き良き時代の交響曲と歌集で、深沈と古人先達の世界に浸るのだ。
さて我家には女の子はいないが、今日は気分だけでも雛祭りを味わおう。
以前の桃の節句で家伝の享保雛を紹介しているので、今年は大正風の和洋折衷でピカソのフローラ(リトグラフ)に雛あられと抹茶を御供えしてみた。
菓子皿は鎌倉彫、茶碗は絵志野で共に大正頃の作。
花は丁度良く咲いた桃の枝がなかったので菜の花で御勘弁。
こんな感じで暗い世相の中でもここだけは別世界に出来る。
今週からはだいぶ暖かい予報で本格的な花時が始まり、鳥達の囀りと良い音楽で至福の珈琲を味わえる季節だ。
皆もいろいろ工夫してこの春を心から楽しんで頂きたい。
©️甲士三郎