鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

64 古格の文机

2018-11-22 14:18:08 | 日記
---身に沁むや古き木目の文机に 美醜の染みの混ざり分かてず---
先人達が数百年間も使い込んだ黒光りする文机の前に座ると、自分も少し賢くなった気がしてくる。
古格を備えた小さな文机は何処にでも置けて、仕事机とは別の精神世界を作り出せるのが良い。

この江戸初期の文机はもう三〜四十年使っている。
若い頃の仕事に追われ雑然と汚れた部屋の中でも、この机の上だけは知的美的な物しか置かぬようにして、精神の浄化のための聖域を保ってきた。
暮らしの中の何処かに真善美とか叡智の宿る空間があると、魂の拠所になってくれる。
古書でも美術品でも、そんな物をこの卓上に置いて想いに耽るだけで俗塵を祓える。
家の一角だけでも俗に染まらない聖域や祭壇を造るのは世界中のどの民族にもあった風習だが、現代はそれを忘れて精神の問題に鈍感になったようだ。
宗教心の無い現代人でも精神の穢れは浄めたいだろうに。

両脇に巻物の転がり止めの突起があるものを経机と呼び、主に学僧や武家の子弟の勉学に使われた。
江戸時代の全人口のうち武士階級は2%で、そこに公家僧侶を加えた3%程の人間が高等教育を受けた知識層だった。
そんな人達の苦学の跡が染み込んでいる。

幕末頃の普通の平らな文机は俗に寺子屋机と言う。
この手の小机は洋間でも壁際に置けば「置き床」と呼ぶ即席の床の間になる。
壁に書画の軸や額を掛け、卓上に花や香炉を飾り茶時を楽しむのに便利な道具だ。
明治頃の物なら古道具屋やネットオークションでも安く手に入る。
古格、精神の重厚感、その辺を味わうには手頃な机なので、見つけたら皆も迷わず購入するべし。

©️甲士三郎