ここ3ヶ月、ほどほどに早起きして出掛ければ余裕で高速を走れ、山の中のオリジナルな登山口まで片道3~400キロを悠々とこなし、奥山を登り降りしてのんびり戻ってこれておったが・・・昨日は朝の6時台、渋滞まではいかなくとも、関越は花園までは多かった。
滅多に出掛けないミ~ハ~家族やカップルらは、サービスエリアでは高い食い物にお買い物、成金・田舎者丸出しで大混雑になるから、そうなると俺は小さなパーキングエリアにしか停まらなくなる。
良い子にして自粛しておった間抜けどもが、ストレス解消で大挙して同じ混む場所に集中する、だから小雨の下仁田で高速は降りて、R254で群馬・長野の県境を越え、長距離トラックのドライバーたちと並んで早朝に佐久平に出た。
内山峠の前後は酷い霧の中だった。
浅間連山は頂を雲の中に隠して居ったが、天気は佐久に出ると急変して、さわやかな景色に空気も美味かった。
もっと北西へと走り、ドピーカンの日差しを浴びながら下道のまんま、真田郷の山家神社へと到着した。
奥社は、俺の好きな菅平から登る四阿山の山頂にある神社だ。
このところ、ロクでもないストレス満載の仕事ばかり続いておるから、前日の土曜は午後から時間を作って富士の忍野八海に出掛けて汚れを落とし、昨日は連日の遠出で長野の上田まで走った。
途中、海野宿と白鳥神社にも立ち寄ったが、昨年秋の豪雨被害で千曲川にかかる橋が流されておって、閑散とした状況になっておった。
阿呆みたいなコロナ自粛の影響もあるんだろう。
上田城も少し歩き、信州の鎌倉と呼ばれる塩田平に抜け、里山を歩き登り、龍光院と前山寺にも寄り、人気のないあじさいの小径も歩いたが、まだ早かったな。
これからの時期の里山は小虫が多いし、結構あちこち刺されたが、すぐに腫れや痒みはおさまる身体になっておる。
コロナとおなじで、免疫と抗体が山仕様に完成してると、なんということもない。
蜘蛛の巣も多く、頭と顔が糸で雁字搦め、ミイラ状態になるとこだった。
また、酷く日焼けした。
よく歩いたもんだった。
脂汗が、サラサラの汗にかわるまで、暑い日差しを浴びて、重いザックを担いで登り歩いた。
日本人の祖は、定住して農耕で暮らすまで、どう暮らしておったのか?
禅宗が入ってきたのが鎌倉時代、そこで宗教観や寺の風情は大きく影響を受けて居るが、もっとはるか前の時代を考える機会にもしたかった。
俺の毎週末は仕事よりもハードになってるが、帰路、関越がすでに渋滞し始めておったから、のんびり様子を見ながら軽井沢から流して下り、いよいよ混んで来たので嵐山で高速を捨て、下道で飯を喰って悠々と戻ってきた。
ま~た渋滞大好き・集団混雑組が外出を始めたから、山への往復はオリジナルな行程に戻した方がエエだろう。
今週末は新潟まで行きたいと、想ってる。
酒飲みは行動範囲は狭くなり、体力・精力も減退する。
そうして敗戦前の特攻隊のように、ヒロポンや麻薬を打って出撃してたのとおなじように、アルコールの勢いだけでモノの本質を考えることもなく、習慣化した奴隷生活に喜々として埋没してゆく。
酒は百薬の長? 酒は潤滑油? 雄弁になり、大声をあげ、違う自分になれる?
幼稚園児の言うことだ。
さ、電車でゆらゆら仕事に出掛けてくるっぺよ。