オストメイトで山賊と海賊・・・銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話

去年は100の山を愛し、今年は108の山に恋をする。
夏は太平洋の大波で泳ぎ続け、日本の自然を愛して66年。

ミズナラの森を歩き源泉に浸かる

2023-05-22 11:39:27 | 銀座の周旋屋

 

 欺瞞だらけのG7が終わり、外資頼みの日経平均株価も、お役御免となる。

 いよいよ世界覇権は中国の元に歩み寄って行ってるようなもので、G7なんてまとめて籠に入れられた鳩みたいなもんだ。

 伝書鳩として、アメリカから中国へと飛び立つ先を変えて行くのは目に見えているがな。

 

 一芸に秀で、専門性に特化して、全体には興味を持たない猿の時代の構築は、ある目論見を隠してどんどん進められてしまい、一芸馬鹿は掃いて捨てるほどに幼児期から量産されるようになったが、それが原因で人類は呆れ返るほどに幼児なまんま、退化することになってしまった。

 社会を見渡してごらん、人としてあまりにも不完全な幼児のような大人が溢れかえっている惨状が、貴方の目の前に拡がっている。

 その日常の生きて居る価値観は、大正・昭和のまんま、哀れな浪漫主義を踏襲したまんまだ。

 阿呆かいな、アホかいな。

 

 人間が社会で生きて行く上で起こり得る日常の全ての事柄について、自分の言葉で即断即決して、悠々と行動を起こせる者を、大人という。

 いちいち親や先生や先輩や仲間の意見を必要とし、受け売りや丸暗記した方程式で解答を導こうとするガキどもは多いが、屁の役にも立たない猿だ。

 コロナ禍で、怯えて自粛し、ワクチン接種に励んでいた連中などは、すでに大人の世界では用無しの能無しだと痴態を晒け出してしまった。

 哀れ提灯なガキどもだよ。

 自分の命のことですら、自分で決断を下せない無力な群れは、言われるがまんまに怪しい注射に腕を差し出していた。

 俺なんざ、怪しいと思えば即時に叩き返してやるものだ。

 仕事ではなんでもアリの世界を自由自在に生きているが、それ以外では、会話をしていて愉しいと想える大人だけ、俺は選んで日常を過ごすようになっている。

 ワクチンうったの? それで答えは出てしまう。

 随分と簡単な時代になった。

 

 不動産の売買契約時には、いろいろと小難しい書類をたくさん作って、偉そうに時間をかけて契約説明と締結をするのが業界の恒例となっているが、これは人間関係を構築出来てない、人間不信な当事者たちの気持ちを満足納得させるための方法であって、売主と買主の間に入る不動産屋の責任逃れの下準備と言っても過言ではない。

 俺が行う売買契約は、当日には面倒な説明などはせずに、アッと言う間の世間話のうちに完結する。

 和気あいあいと、それは終わり、互いの人間性や日常の話へと話題は移って行くようにしている。

 もともと乱暴至極な営業の、全国展開をしていた訪問販売会社で俺は営業を始めた訳だが、こんな暴力的な獣の取引じゃ~ダメだと20代半ばに取締役就任依頼を断って退職し、信託銀行の不動産で勉強をし直し、そこからバブル期には日本一の負債を抱えて豪快に突っ走っていたデベロッパーの東京支店開設から独立自営と、自分に足りないことは学び盗むことで経験を積んで来ているから、いまでは肝心なことはナニか? それだけで簡素化してしまい、大手不動産会社のような自己満足で煩雑難解な契約実務は出来るだけ省略をして来ている。

 こういう実務のやり方は、日本では無頼漢のやることだという風潮や価値観はいまだにあるが、顧客の皆さんとの長年のお付き合いと信用の上での話だから、仕事は生きて日常にやり過ぎるほどにやってあるという自負がある。

 生きて見せ、生きてアドバイスして、生きて答えを実行している。

 だから法定の報酬以外でも、別名目で利益をいただくことも多いが、それにはそれなりの濃い仕事の報酬としてだから、よく報道に出て来ている賄賂や仲間内での安易な利益の自転車操業なんて、よその国の物語。

 一人の人間が社会で生きて行くうえでのコンサルタント、そういう生き方を何十年も続けていると、誰もやらない嫌がる汚れ仕事であっても笑ってこなして行くし、働き方改革だとか過剰労働だとか甘ちゃんたちがほざいてる以上は、死ぬまで仕事には困らないだろうが、その源にあるものは酒や薬やギャンブルはやらず、群れて大騒動もせず、常に独りで悠々と笑って生きて居る、厳しい節度と自戒があるからこそ出来ることでもある。

 そうして週末は奥山の頂に登り、太平洋で沖に泳ぎ出る。

 それを何十年も続けることで、信用というモノは身について来る訳だ。

 理解されなければ、そこまでのお付き合い。

 無理して追いかけることもしない。

 ただ、ここまで貫いて来ると、天下の王道のド真ん中を、大笑いしながら自由自在に歩いて居れることになる。

 ご縁はいっときのこと、機会があればまたご縁に結ばれることもある。

 この繰り返しではある。

 神経衰弱にひとつのモノを追いかけ続けるなんて、興味も無い。

 

 ここんとこ、私用の介護や看護が忙しくって、キチンと山に登れてなかったので、雲が気になってはいたが、健康の為にと出掛けて来たら、案の定、山頂では雲の中だった。

 下山していたら晴れて来て、日焼けした顔や首がヒリヒリしていた。

 ま~、大汗かいて、新緑の広葉樹の森を歩いて、帰りに馴染の源泉にたっぷり浸かり、エエ塩梅だった。

 肺を目いっぱい使い、体内から滲み出る汗がサラサラになるまでゼ~ゼ~絞り出し、全身運動をして来ただけだが、それでも身体は軽くなり、帰路の中央高速の渋滞も避けて悠々と山道で戻って来て、都内で美味いモノを喰らい、いつもの愉快な週末になった。

 酒飲んでサウナに入ってマッサージして、極楽ゴッコばかりをいまだにやってる中高年とは、身体の作りがぜんぜんに違ってる。

 

 さ、仕事すんべ。