伊豆半島東岸の網代から小田原まで、海岸線を走り歩いたことがあった。
30年も前のことだったろうか、その時に一緒に走り歩いた奴の電話番号がひょんなことから出て来て、懐かしさから茨城の家の方に電話をしてみたら、なんといきなり本人が出てきてこっちが驚いた。
・・・わかるかい?
・・・わかんね~な
一個年上だが、信託銀行の不動産の時の同僚だった。
もともと金融の世界で真面目に生きて来た奴で、埼玉の農家の末っ子で、酒だけが愉しみという爺ィ臭い奴だったが、なんども席をもうけて結婚相手を紹介してやっても、上手くいかなかった頑固な変わり者だ。
その後、俺の方はまたいろいろと激流の中を泳ぎ続けてきて、それ以来は互いに音信不通だった。
俺の世代には物欲・消費欲がなくて、メンドクサイ形式が嫌いで、過去は忘れ未来もなく、黙って今をコツコツと生きてるだけの男が多いけんども、話してるうちにナニも互いに変わってないことに笑い、来月会おうと約束しておいた。
生き方はぜんぜん違って正反対ともいえるけんども、昔から気心は通じ、30年も前でも、向かい合って黙って酒を飲んでおっても苦にならないオモシロイ男だった。
俺の方は話して説明することは山ほどあるが、彼にはたいしてないだろう。
それでも結局は男一匹変わらずに、不器用に独りで自分らしく生き抜いて来たという意味では、おなじことだろう。
当時、父親が死んで兄弟間の相続で揉めて嫌気がさし、相続放棄までして家を出て、コツコツ一戸建てを買ってそのまんま独身を通して昨年定年、いまは女房に死なれて身体が不自由になった年の離れた兄貴を引き取って二人で暮らしてると言う。
それを聞けば・・・侘しい人生だな、寂し過ぎる・・・人はそう言うのかも知れないが、彼はそれを愉しんでおったろうと俺には解る。
こんだけ身体がボロボロになるまで激しく動き回って生きて来た俺には、よく解る。
ほとんど酒を飲まない生活になってるが、久しぶりに飲んでみたいと想った。
言ってることや、その日常の価値観がコロコロ変わる男が多い現代では、30年も変わらずに貫いてるだけでも、興味は湧いてくる。
彼は彼で俺に、おなじ想いを抱いてるようでもあった。
・・・変わらね~で、黙ってそのまんま自分を通して生きてるだけでも、凄いことだぜ
奥山で、珍しい化石を見つけたような気分だ。