「スマイルください」♪
「じゃあ、7時にシネコンの入り口でな」
「うん、わかった」
友紀は大学の2年生。
授業の合間を縫って、びっしりとバイトを入れている。
両親ともに健在で、自宅から通っている。
苦学生というわけではないが、学費くらいは自分で稼ごうと決めていた。
家庭教師と、ファーストフードの店員。
一週間があっと言う間に過ぎていく。
でも、カレシの正也との時間だけは、できるだけ取るようにしている。
付き合うようなって一年半。
たまたま入学してすぐの教養科目の授業で、席が隣になったのがきっかけだった。
3回目の授業で、「付き合ってくれない?」と言われた。
「なぜ?」と聞いた。
そんな問いをするのもおかしなものだ。
しかし、正也は真面目に答えた。
「うん、笑顔がステキだから!」
あまりキザな台詞で笑ってしまった。
すると、「ほら、その笑顔」と言われた。
友紀は、顔が真っ赤になったのを覚えている。
高校時代の女友達からは「おくて」とバカにされるが、正也が始めてのカレシだった。
それまで、「付き合う」って、どんな感じか想像が付かなかった。ドキドキした。
そして、この一年半でわかったこと。
「男って、甘えん坊なんだ」ということだった。
こちらがバイトで忙しいのに、「今度いつデートできる?」と聞いてくる。
別に離れ離れに暮らしているわけじゃない。
選択科目を入れても、授業の三分の二は一緒に受けている。
週に二回は学食でランチもする。
なのに、「ディズニーランドに行こう」とか「海までドライブしよう」としつこい。
最初は、マザコンか?!と思った。
でも、友達に聞くと、それが普通らしい。というよりも、「友紀のほうが、あっさりして男っぽいんじゃないの?」と言われてしまった。
(たまには付き合ってやるか・・・)
ということで、友紀はバイトが早く引ける今晩、正也と一緒に映画を観に行ってやることにした。
午後4時20分。
店が駅前にあることから、このくらいの時間になると、店内は制服の学生でいっぱいになる。
レジで笑顔を作る。
もう慣れてしまった。
どんなに疲れていても笑顔でいられる自信があった。
(あと少しで上がれる)
そう思った瞬間だった。
「ちょっとアナタ!中身が違うじゃないの!!」
「え?」
「え!?じゃないのよ。私はテリヤキを頼んだのよ。なのにコレ、普通のバーガーじゃないの」
五歳くらいの男の子を連れた母親だった。
「申し訳ございません」
母親は、食べかけのハンバーガーを友紀の前に差し出して見せた。
たしかに、これはテリヤキバーガーではない。
「ちゃんと私は、テ・リ・ヤ・キッて頼んだはずよ!」
「申し訳ございません。すぐに、お取替えさせていただきます」
「取り替えれば済むってものじゃないのよ」
「・・・」
友紀はパッと記憶をたどった。
たしかに、この女性は普通のハンバーガーを頼んだはずだ。
(間違いない)
でも、けっして言い返さないこと。
これが店のマニュアルだった。
ここで、「言った、言わない」と議論しても仕方がない。
とにかく、何かあったら「謝れ」と教えられている。
「本当に申し訳ございません」
「この子をこれから塾に連れて行かなくちゃならないのよ。今から注文しなおしていたら、間に合わないじゃないの!」
「はい、最優先でお作りいたしますので」
「時間がないのよ、もういいわ、できたらテイクアウトにしてちょうだい」
「はい、テリヤキバーガーですね。今すぐご用意します」
女性は、プイッと顔を外に向け、子供のいる席に戻った。
友紀が奥に「急ぎでテリヤキ一つお願いしま~す!」と呼びかけた。
キッチンから、すぐに小声で、「これ先に持っていってよ」という返事。
他のお客様の注文で作っていたものに違いない。
(助かった)
ホッとして、差し出された包みを手にした瞬間だった。
レジの近くのテーブルに座っていた中年のサラリーマンらしき男性が大声で叫んだ。
「おいおい、それ俺のテリヤキじゃないのか?」
「・・・」
「なんで、このオバサンのために俺が待たされなきゃならんだよ」
口調はビジネスマンらしく落ち着いてはいたが、目つきは怒りに満ちていた。
「いいえ・・・」
当たっているだけに、返す言葉がなかった。
騒ぎを耳にして店長がレジの外へ飛び出してきた。
「何よ、私が悪いって言うの?」
「うるさい、ババア~。いちゃもん付けて。俺は聞いてたゾ。お前はテリヤキなんて注文してなかったゾ!もうボケてんのか」
「何よ、アンタ!」
店内は騒然とした。
「ここは僕に任せて、次のお待ちのお客様をお願い」
と言う店長に促されて、友紀はレジの仕事に戻った。
何度も怒鳴られ、怯えで身体が震えた。
涙がとめどもなく流れてきた。
涙を見せないようにと、下を向きつつ一人、二人・・・。
注文をこなすが、まだ涙が止まらない。
そして、三人目のお客さん・・・。
「スマイルください」
「え?」
「だから、スマイルください。そこに書いてあるでしょ」
とメニューの「スマイル〇円」を指差した。
顔を上げると、そこには笑顔の正也がいた。
友紀は、なんとも器用に、涙を流しながら最高の笑顔を作った。
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