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看護婦が近寄ってきた。美智の担当でベッドサイド・ラーニングの時にたいそう世話になった人で、さっきもずっと美智の傍らにいて、僕に的確な指示を出し続けてくれた女性だった。たぶん僕と年齢はそんなに変わらないはずなのに、病棟ではすでに中堅どころを担っている。
「このカルテを読んでみてください。田口先生の、不定愁訴外来専用のカルテです」
彼女が手にしていたのは、さっきまで田口先生が書き綴っていたものだった。
カルテを開いた途端、紙面から文字があふれ出した。膨大な記述の中から美智の姿が浮かび上がる。悪態が正確に書き留められている。僕のベッドサイド・ラーニングの様子も描写されていたが、思わず赤面したくなるくらいの忠実さと正確さだった。
そこに田口先生の言葉はなかった。ただひたすら、美智の言葉だけが書き留められていた。
そこには美智がいた。
美智は僕の手の中で命を失った。だけどそのぬくもりは今も手の中に残っている。同じように、今も美智はここにいて、このカルテの中で息づいていた。
罵倒の言葉が羅列されている中に一粒、真珠が交じっていた。
それは僕に向けられた言葉だった。
――天馬は必ず、立派なお医者さまになろうもん。
医療は、こんなことまでできるのか。
海堂尊 『輝天炎上』より 角川書店
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例によって、抜粋部は本の筋立てには関係ないところ。
美智というのは、末期ガンの患者。老女。何かにつけ、悪態をつく。
この抜粋部は美智の臨終の場面。
天馬は落第を繰り返してきた医学生で、美智とは過去に因縁がある。
早くに両親を失くした天馬にとって、家族のような親近感を感じている。
偶然に、天馬のベッドサイド・ラーニングの受け持ち患者となった。
田口は患者の精神面を見る内科精神医。
医療はこんなことまでできるのか?
というつぶやきはこの場面で二度目。
一度目のそれは、心肺停止になった美智を、看護婦に教えられながら天馬が心臓マッサージを施し、一度蘇生した時につぶやかれる。
この二度のつぶやきは、本来の医療とはイメージが違うように思えるが、天馬をして医師へなることへの強い意思を植え付ける。
この小説自体は、無理な仕掛けが多すぎるのと、なまじテレビ化などされた関係か、若者に媚を売るような文体が目立って、徳さんの評価は余り高くなかった。
抜粋部の周辺では泣いてしまったけど、、、、。
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