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* 人との付合いは少なく、趣味というものもなく、会合の類には顔を出さないから、作らなければ外出の機会はほとんどないということになる。近所の買い物や小さな所用だけでは世間にも疎くなるだろう。
だ
から、少々の雨や雪でも必ず外に出た。恭一郎はさまざまな天候に応じて、街の路面や、橋の下をほとんど流れるともなく流れている水、建物の壁の色合いなどが変わるのを見るのが好きだった。晴天の時だけが町ではない。冬の早い夕暮れの中で変化してゆく曇った空の色調や、張りめぐらされた電線が次第に濃くなる空の暗さに溶け込んでゆくのを見ているのが好きだった。
* 三日目の晩、前からの小さなラジオを耳に当てるようにして聞いていて、その曲が私の方まで少し聞こえてきました。ちょっと変わった曲、どこか外国の民謡だろうかとわたしが思った時、彼は急に怒ったような顔になって、ラジオを畳の向こうに投げつけました。
そんなことをするのを見るのははじめてでしたから、どうしたのとわたしはびっくりして声を掛けました。
「あんな曲やるから」と彼はまだ興奮して言いました。
「あんな曲って?」
「ハヴァ・ナギラ。イスラエルの歌」
「嫌いなの?」と何も知らないわたしは聞きました。
「あの曲をがんがん鳴らしながら、みんなを殺しにきた」
「ええ、どこの話?」
「ベイルート。難民キャンプ」
池澤 夏樹 『バビロンに行きて歌え』より 新潮文庫
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パレスチナゲリラ兵士が祖国にいられなくなって東京へ密入国する。
彼に係わる何人もの日本人によって東京が描かれるという仕組み。
最初の引用は都会に住む人間の孤独を良く表現している。
孤独を生きる方法その1。といった感。
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次の引用部は徳さんがいささかショックを受けた所。
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高校時代、周りの連中がビートルズに熱狂してた頃、一人拗ねるようにしてベラフォンテに夢中になっていた。
高校生のこずかいではかなり負担なLPレコードを、かなり無理して買った覚えがある。
その中のいくつかは、イスラエル民謡だった。
ベラフォンテは中南米やイスラエル民謡を発掘するのが上手だった。
ブーブー教の歌だって、取り入れ、何千人の聴衆を巻き込んで競演しちゃったりしている。
「ハヴァ・ナギラ」はユダヤ教の信仰心に根ざしたイスラエル民謡だ。
旋律が良くて、徳さんも部分的には今でも口ずさめる。
内容は単純。喜ぼう、喜ぼう、みんな一緒になって喜ぼう。元気を出そうぜ!見たいな意味らしい。ただ、その根っこにはユダヤ教があるという訳だ。
音楽ってのは、孤立した民族意識と合体すると怖ろしい。
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